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終 いつか……

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それから実家とは正式に絶縁できた。
誰のおかげなんて言わずもがなだ。
そしてまだ仕事らしい仕事はしていない。これは煌弥のわがままのせい。煌弥はサラリーマンではないので定休がなく、スケジュールも複雑で毎週全く違う予定で動いている。だから俺が仕事をしていると時間が合わないと言って就活を止められている。
流石に全くの無給だと不安すぎるから、煌弥紹介の在宅のデータ入力みたいのでお小遣い程度だけ。
なんせ煌弥は仕事のフットワークが軽くて、色んなところに行って視察したり人に会ったりするから、俺もそれに付き合わされたりして、家という俺の概念が失われそうになっている。
ホテルや旅館にいる時間も長かったり、移動時間もある。
さらに煌弥は俺に色んな体験をさせたがるから、レジャーや観光もするから俺もなんだか忙しい。

そして祖父という人にも会った。
思ってたより若くて、でもやっぱり恐そうな人で、こんな大きな孫になんか会っても嬉しくないだろうと思ったんだけど、なんだろ、まだ子供だと感じるのか甘い物を食べさせたがったり、漫画を大量にくれたり、ゲームも贈られた。
煌弥に何故か聞いたら、子供の頃に我慢させられたことを知ってるからだろうって。
おじいちゃん……孫に甘すぎです……。
素直に喜ぶのが孝行だという煌弥の助言により、戸惑いは大きいけどそのまま受け取って、お礼だけしっかり言うようにしてる。

そんな暮らしに慣れるはずもなく、俺は未だ目を白黒させながら落ち着かない毎日だ。
一人になるとうっかりこじんまりと暮らす癖があるらしく、自分で煮出した麦茶か白湯を片手にボーッとしていたり、2、3着の服を着回して洗濯して畳んで掃除して、散歩がてらスーパーに行って食事は手軽な麺類ばかり。漫画読むのもゲームするのも慣れてないせいか、長時間はできず。それでも朝起きて3食作って食べて自分の周りだけの家事をして、仕事があるときはパソコンに向かって、ちょっと趣味の時間で、たまに散歩や買い物をすると一日は終わる。

煌弥が一人で出張に行ってる間、そんな規則正しい生活を送っていることがバレた時、煌弥は複雑そうな表情をした。

不健康な暮らしをしているわけでもなく、楽しみもほどほどにあり、穏やかな良い暮らしぶりだったからか、苦言を呈するわけにもいかず、されど人とのコミュニケーションは皆無なのは問題があるような気がするらしい。
だけど独占欲で親しい誰かができることも嬉しくないという。

「今のままで良いってこと?」

夕飯を食べならそんな話をする。

「いや、うーん」
「やっぱり働きに出ようか?」
「いや、今以上はまだ待って」
「SNSやろうか?」

コミュニケーションだけならそんな手段もあると提案するとさらに渋い表情になった。

「いやだ、人気者になったらどうする!」
「ならないだろ」

闇落ちしそうになった経験と面倒くささから本気でやる気はないけど、煌弥は意外と子供っぽいところもあると最近知った。
支配欲はないようで、俺がはっきり主張すれば譲ってくれる。だけど、迷っている時や自虐的な時もちろん、俺が一人だけで決断しようとした時もその意見はスルーされる。

だから、相談すればいいんだと気がついた。
それはすごい進歩だと自分でも思う。

煌弥は俺に会わせたくない人間がいる出張には連れて行かない。だから連れ回したがる煌弥でも俺を置いていくことが度々ある。
有り難いことだ。本当に。
割り切れてはいるが、吹っ切れているかは未だ自信が持てないから実家の人間はその周辺含め誰にも会いたくない。

だから一人の時間もそれなりにあって、やっぱり同じように生活している。
そしてそんな暮らしが落ち着くし、穏やか。煌弥と一緒のときとギャップがあるから余計かもしれない。
煌弥といるときも楽しいけど。

「煌弥はよく俺の名前を呼ぶね」

一応、煌弥の家であるマンションに珍しく煌弥も一緒に休日を過ごしていたとき、前から思っていたことを聞いてみた。

煌弥が休みだと別荘に行ったり、少しでも旅行とかに行くから留守番以外で俺がここにいるのも珍しいし、煌弥なんか寝るためだけって感じにしか使ってない部屋だ。
昼下り、おやつにと出張先で貰ったという焼き菓子とコーヒーを煌弥が出してくれた。

「そうかもしれないな、無意識な部分もあるけどね。振り向いてもらえるし、なんだか好きなんだ」
「威なんて名前ずっと嫌い」
「俺は好き」

惜しげなく煌弥は好きという。
苦いコーヒーでその甘さを流す。

「勇ましさの欠片もない俺には重すぎる」
「親の期待だと感じるんだな、そこを抜きにしたらカッコイイ名前だと思うけど」
「……確かに、他の人の名前だったらそう思うだろうけど」
「字面もカッコイイし、呼びやすいし。そういう風にだけ感じてればいい。俺はお前に付いてるもんなら好きになるから、他の名前でもいいけど」
「なんでもいいみたい」
「大事なのはお前の存在ってこと」
「それは、それで重い……」

そう言いながら俺は、この人からその重さをあまり感じない。そもそも内に篭りがちな俺だから最初に実家から自由になれない恐怖を感じた時が一番不安で、そこを解消してくれた実績だけで十分有り難いし、それ以上こちらから求めるものはないのが今の俺だ。

煌弥が口にする好きを信じれているわけじゃないけど、与えてくれる物に対して申し訳無さを感じさせないのが凄いとは尊敬している。
見返りなんて思わせない、嬉しそうな楽しそうな雰囲気は演技だとしても素晴らしすぎる。

「煌弥はすごいな」
「どうした?」
「一緒にいても疲れない」

煌弥はびっくりした表情のあと、わざわざ俺のそばまで来て嬉しそうに俺に抱きついてきた。

「ついにそこまで!」
「え……そんな喜ばれること言ってない」
「すごいことだって、一緒にいても大丈夫ってことだろ?」
「う……ん、まあ」
「これからもっともっと甘やかしてやるからな」

そういうと何故か俺を立たせて手を引く。
抵抗はしないけど、抗議はする。

「は?! これ以上とかないだろ!」
「暇だーとか、遊びに連れてけーとか、おれもこれも欲しいーとか、そこがスタートラインだろ」
「俺をどんな人間にしたいんだ」
「俺なしじゃ生きられなくしたい!」
「十分なってるだろ!」

たどり着いた先はベッドの上。
胡座で座る煌弥の上に向かい合わせに座らされる。

「何言ってんだ、俺がいなくてもほのぼの暮らしてるくせに」
「べ、別にほのぼのしてるつもり無いし、金は全部お前持ちだろ」

煌弥はなんとも渋い顔をした。

「そんなの威が仕事に就いたら一人暮らしするにはなんの問題もないだろ、もっと贅沢に慣れろ! 人肌恋しいくらいじゃなくて、もっと一人の気楽さを忘れさせないと威は耐えることに才能ありすぎだから」
「いや、それ別に才能じゃないし」

才能だとしたらいらんかった。
煌弥は珍しく不安げな表情をした。

「俺と暮らせてる時点で証明されてる」
「意味分かんないんだけど、煌弥と暮らしてて耐えてることなんてもうないし」

最初の強引なことだけ、それからは本当にない。
裏切られることとか、見捨てられる不安とか、不信感とか、自分の心のせいで感じることに辛さはあったけど、煌弥から何かされてってことはもう本当になにもない。

「普通はね、俺のわがままに振り回されてるって思うものなの」
「思ってたけど、最初そうだったじゃん」
「最初はわざと強引にしないと絶対無理だった」
「……そうだろうけど」
「その後のこと」
「あと? 仕事するなとか? ちょっとさせてくれてるし。そもそもそんなお金必要な暮らしさせてくれないのに」
「仕事しないでってのは、威に限ることだし、今まででこんなふうに好きになったことないけど、昔から俺の周りにいる奴らはずっとは無理って」
「え? いま過去付き合った人の話しされてる?」

嫉妬ではなく、混乱。
話についていけてない。

「そうだけど、大事なのはそこじゃない。それに付き合った相手だけじゃない」
「他って、家族とか友達とかってこと?」
「そんなところ。俺は相当自分勝手だ」
「……そうだろうね」

やっと言いたいことが分かった。
けど、付き合えない程だとは思えない。
俺は首をひねる。すると頬を撫でられた。

「威本当にそこは無理してない」
「全然分からないんだけど、色々連れてってくれること?」
「それもそうだし、予定が定まらないところとか。俺、思い立ったらすぐ行動するから」
「そうなんだ、行動力はあるなとは思ってたけど、それなりに思慮深いとも思ってるよ」
「なんでだろうね、威だけ、そう思うのは。落ち着かないってよく言われるのに」

客観的に見たら確かに規則性のない暮らしをしてるなとは思う。
急に予定が変更されるのもよくあることだけど、そういうのが大変なのか。
趣味に没頭しようとしてた俺は、むしろ振り回してるのはこっちだと思ってた。
ずっと思ってることだけど、自分で言うのは変だと思ってたことをこの際だから聞いてみることにした。

「そもそもさ、なんで俺を好きとか思った?」

伺うように聞くと、煌弥は俺をぎゅーっと抱きしめた。

「ジイさんに言われてちょっと調べてちょっと興味湧いた。頑張ってんなあーって。罠張ったらあの家簡単に引っかかって、差し出してくるし」
「まあね」
「どんな落ち込み方してるんだろうって少し心配して会ってみたら、緊張はしてるのに妙にスッキリした感じで、ヤケになってるのかと思ったら真剣に抱かれようとしてるし」

開き直ったってより、呪縛から自分で解き放たれるような気持ちだった。

「それで自由だと思ってたから」
「俺じゃなかったらどうすんだよって思ったらもう、好きだった」

急に? 分からん。

肩を離して、顔を覗き込む。
真面目な表情をしていて心情は読めない。

「……え、全然……どうゆうこと?」
「危なっかしい感じも、でも堅実なところも真面目なところも知ってるし、本来は慎重派だってのも分かってた。俺のことを好きになってくれたら、守れる楽しませられるって」
「庇護欲的な?」
「抱いたらもっと好きになった。可愛くて」

いきなりニヘラと笑うから、恥ずかしがっていいのか怒るべきなのか反応に困る。

「あ……そう……ですか」
「でもなんか、俺いなくても楽しみだしそうにされて焦って」
「あ、うん」

それはしょうがないと思ってほしい。

「俺いなかったらいなかったで、のんびり生活したりして」
「いや、それは」

俺が怒られる側? それはちょっと理不尽じゃなかろうかとさすがに訴えようとすると、煌弥は不安そうな泣きそうな困ったような顔で俺の肩を擦る。

「俺はそういうの見るたびに好きになっていって。威はちゃんと自立してるし。だから精神的な自立だけにしてもらわないと俺捨てられちゃうだろ?」
「そんなことしないけど」
「いや、するね。今の好きくらいだと別れても威は全然耐える。離れたら鬼電するくらいにしないと」
「それ迷惑だろ」
「そんな迷惑掛けてもいいって思ってくれないと心配ってこと」
「……それは」

煌弥はぎゅうぎゅう俺を抱きしめてきた。

「面倒だろ?」
「俺も大概自分の事の面倒だと思うから、そうでもないんじゃないか?」
「威はホント、そういうところも心配だ」
「心配ばっかりだな」
「俺といてしんどくないか?」

なんだか落ち込んでそうな気がして大丈夫って伝えたかった。

「ないし……それに」
「それに?」
「ちょっと面白いなって思うこともある」
「おお! 何か面白かった? 海行ったこと? スポーツ観戦とか? 良い映画でもあったか?」
「どれも普通に楽しかった」

けど、ちょっと疲れた。映画は家で観るのでもいいし、スポーツ観戦はちょっと人が多いからやっぱり家で応援するほうが落ち着く。海は眺めるくらいで入るのは少し恐い。
他のこともまだちょっと慣れないことばかりで、心から楽しむには時間かかりそう。
さっきは思わず否定したけど、家でのんびりしてるのが今はまだ落ち着ける。

そう思う俺を正しくよみきった煌弥は項垂れる。

「じゃあ面白いってのは?」
「煌弥のそういうところ」
「えッ」
「煌弥を見てるのは面白い」
「たっ、威~」

よく分からないけど俺のことを俺以上に考えて喜んだり落ち込んだり、他のことにはあまりそんなに感情の起伏がなさそうなのにそんな反応するのが不思議で面白い。
だから慣れないことでもチャレンジして煌弥がどんな反応するのか見たいから積極的にはなった。

今はまだそれくらいだけど、いつかはもっといろんなことをお返ししたい。
そうしたら煌弥はどんな反応してくれるかな。

少しは喜ばせることができるだろうか。

「俺、頑張る」
「いや、頑張るな!」

そうだった、自分でできるようになったら困らせるんだ。

「頑張らないように、頑張る!」
「え? え? ぅ、うん?」

この人を喜ばせるのはなかなか、難しい。
俺がなんて言えばいいのか迷うと、煌弥は笑いながら俺の頭を撫でる。

「そんなに考えすぎなくていいよ、俺は今、威がいて幸せなんだから」

俺はそう思えているだろうか。
煌弥がいてくれて俺は……。

「……そっか、俺も……幸せ……いいかな?」
「マジ! それはめっちゃ嬉しい!」

思ってるより簡単だったかもしれない。
本当のことを言うと幸せって口にするのは恐い。よく分からないし、そんなこと言っていいのか。
でもまずはそうだと思いこむことからはじめてみる。

煌弥だって、今俺が本当にそう感じているとは思っていないだろう。けど口先だけでもそういう俺を嬉しがってくれる。

本当に貴重な人だ。

いつか、そんなに幸せになってって煌弥に思わせてみせること、それを目標にしていこう。





おしまい

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