大好きだ!

nano ひにゃ

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大好きだ!

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 独りぼっちになったと思ったら、目の前に僕より絶望を背負ってそうな男が現れた。

 天涯孤独の23才、魚座の男、鈴木羊太。
 羊柄の毛布に包まれていたから羊太だと名付けた施設長が言っていた。施設長は別に悪い人ではない、多忙と資金難に長くさらされていて、他に頭を使うのが難しいだけ。
 両親のいる普通の家庭とはやっぱり違う人生だったけど、施設育ちでは当たり前に起こることを乗り越えてきただけの普通の男が僕だ。
 ただ一点違うのは、恋人が男だったこと。
 施設にいた一つ上の兄貴的存在の人が恋人だった。高2の時から付き合って、高校卒業で働きだしてからも、それこそ昨日まで一緒にいた。
 でも結婚したいんだそうだ。
 家庭がなく育ったから、仕方がないとも思う。
 僕との関係も誰にも言ってないし、ばれてもいない。同じマンションの部屋に住んでいたけど、お互い施設出で身寄りなく働いていたから、ルームシェアだと言えば誰も疑わない。
 まだ彼女ができたわけではないらしいが、婚活するために別れを切り出された。
 あの人らしい、妙な誠実さだ。
 僕も、結婚したい人を無理やり繋ぎ止めておけるほどの独占欲を持てなかった。いいお父さんになると思うんだ、あの人は……。高卒だけど固い職業に就いて、ギャンブルもタバコもしない。お酒は付き合いで飲むくらいで、大酒のみでもない。
 だから結婚してくれる女の人もきっといる。

「部屋を探さなくちゃ」

 施設は帰る場所じゃない、頼る場所でもない。
 親しい友人も作れなかった僕に頼れる人はいない。
 唯一の恋人を失った今、少しくらい途方にくれる時間があってもしょうがないと自分で自分を慰めるくらいしかできない。
 そんな想いで、夜の公園でぼーっとしていた。
 まだ帰れば元恋人がいる。でもその人はもう別の部屋を見つけていて明日にはいなくなる。その抜け殻の部屋に住み続けることはさすがにできない。
 社会人五年目、一人で暮らすだけのお金はちゃんと稼げてる。
 気持ちを封じて探しさえすれば、新しい部屋もすぐに見つかるはず。暮らしの心配をせずに済むだけマシだと、また自分を慰めた時だった。
 そう広くはない公園の向こうから、すごい勢いで走ってくるスーツ姿が見えた。
 秋の色が濃くなった今日この頃は運動会のシーズンでもあるが、夜九時前にそれをしている成人男性がいるとは思えない。
 となれば追われているのかもしれないと、思ったときには男はもう僕の目の前にいた。

「大好きだ! 付き合ってもらいたい!」

(あー、罰ゲームですね)

 それが僕の感想だった。
 職場では制服があるから、仕事帰りでも僕は無難なカジュアル服を着てそこに座っていたし、容姿も大学生に間違えられても仕方がないやや童顔の凡庸なものだし、だからこそこんな罰ゲームをしかけても切れて暴れたりはしないと思われたのだろう。

「すみません、他を当たってください」

 僕にできる最大限の同情の返事だった。
 公園でも防犯のためか街灯がやたらと多いおかげで、昼と変わらないくらいあたりが見える。罰ゲームを観察している人は見当たらなかったが、スーツの男は僕より年上に見え三十前後だろう。その人が全速力で走ってきて初見の男に告白なんて、同情してやらなければどうしろというのだろう。
 まさか良いですよ、なんてからかえるほど僕の精神も穏やかじゃない。
 逆上したって許されるくらいの事情を抱えてるんだから、素晴らしい優しさだと褒められてもいい。
 でも男は違ったようだった。

「無理だ! 他なんて考えられない」

(ヤバイ男だ! 逃げなくては)

 それが次に僕が思ったこと。
 怖い以外に考えられない発言に、逃げようとリュック握りしめた。
 そのせいで僕の行動が読まれてしまい、男は少し焦った様子を見せた。

「待って、話を聞いてほしい。絶対に君に危害を加えたりしない」

(信用できるわけないだろう)

 立ち上がり掛けて、目の前の男の隙を伺うが、それがない。
 昔、高校の体育でバスケ部エースとバスケをさせられた時のディフェンスの威圧感に似てる。人間どころかボール一つ通さないというオーラ。素人に潜り抜けれるわけはなく、さっさとボールは奪われた。
 今、ボールはない。下手に逃げようとして何を奪われるのか……、それが怖くて逃げられなくなった。

「わ、分かりました。話は聞きましょう。そのかわり僕にこれ以上近づかないでください」
 
 そう言う以外に上手い切り抜け方が思いつかないかったんだから、しょうがない。
 男はほっとしたように頷いた。

「ここではなんだから、コーヒーでも奢らせてほしい」

(逃げるチャンスかも)

 けれど男は付かず離れずの距離で僕を逃がさない、何せ走るスピードを見てしまってるゆえ、自分の走力じゃすぐに追いつかれるって分かるから尚更逃げれなかった。

 すぐ近くにあったファミレスに入り、とりあえずドリンクバーを男は頼んだ。
 長居するつもりなのかと警戒を強めたが、コーヒー単品なんてファミレスにはないと思いなおして、早く解放してもらおうと話を促した。

「それで話というのはなんですか?」
「私は昨日すべてを失ったんだ」

 それは僕の話ですかと言いそうになったが、僕が失ったのは恋人だけですべてではなかったと口をつぐんだ。
 男は先を続ける。

「会社を経営していたんだが、共同経営の相手に金を持ち逃げされて潰れて仕事の信用も無くした」

 それはご愁傷様ですと一応言ったが、男からそんな悲壮感は感じられない。

「そのおかげで、進んでいた見合いが破談になった」

 それもご愁傷様です、と今度は言わずに思うにとどめた。やっぱり男からそれを悲観する想いは感じられないからだ。
 淡々と話す男は下手すると愉快そうにも見える。高ぶるテンションを理性で押さえて話しているといった感じだろうか。
 そこでようやく僕はこの男のルックスがすごく良い部類に入ることに気が付いた。
 走ってきたせいで髪もスーツも少々乱れているが、それさえも魅力になるほど俳優顔負けの男だ。そしてさっきバスケ部エースを彷彿とさせたことだけはある長身。
 残念なことにそれを僕に吹っ飛ばせるほどの狂気性というか変態性というか、そんな感じのものが漂ってるところはあるが、それが今だけであることを世間の女性たちのために祈っておこう。
 僕は男と付き合っていたが、元彼は別にカッコいい男でもないし、ルックスに惚れたわけでもない。
 一時でも見合いが進むような男がこれではもったいないだけと純粋に同情しただけだ。

「その破談のせいで、親から縁切りされた。それが今の私だ」
「分かりました」

(だからどうした)

 と言ってやりたかったが、言ってどうなるものでもないから言わせたいだけ言わせる方を取った。
 確かに話だけ聞けば、すべてを失った哀れな男だろうが、やっぱりそう思えない雰囲気がある。
 絶望しすぎて可笑しくなったのだろうか、そう考えれば辻褄は合う気がした。
 奇行に走るほど絶望しているのなら、僕が相手にしても僕もより不幸になるだけだから、早めに次の縋り先を探してもらいたい。

「そのあなたが僕に告白して何をしたいんですか?」

 ファミレスの明るさと騒々しさが、攻めの姿勢をもつ余裕をくれた。何か起こっても誰か警察くらい呼んでくれるかもという気構えが生まれたからだ。

「付き合ってもらいたい、ただそれだけだ。今の私に捧げられるものは何もないが、迷惑をかけるものもなくなった。できればこれからの私に期待してもらえると嬉しい」

 そこで初めて男は笑った。
 僕もさすがに心が一瞬跳ねるほどの笑顔で、イケメンってこういう時得なんだと初めて思い知った。
 でもだからって絆されるほど、僕も擦れてないわけじゃない。

「付き合う気はありません。僕はあなたの事を何も知らない、それが理由です」
「これから知るというのはできないだろうか」
「ダメです、僕はそんな風に恋愛しません」

 これは嘘だ。正確には未知だ。
 僕の人生で恋愛と言えるのは一つだけ。終わってしまっているから、次にする恋がどんなものなのか分かるわけもないのだけど、この男とはないとだけはっきり分かる。
 だから強い意志を持って男に言った。

「本気だとしても、もう諦めてください」

 暗にからかっているならもう解放しろという意味も込めた。
 でも男はめげなかった。
 一息つこうと言って席を立ち、コーヒーを二つもってきた。
 万一毒でも入れられていた嫌だから絶対口をつける気はなかった。

「僕はもう帰りたいのですが」

 本当は帰りたくなんかない、会いたくて会いたくない相手がいる家なんかに帰りたくない。でもこの男といつまでもいるのも嫌だった。

「帰りたいのか、そうだな、別に迷惑を掛けたいわけじゃないんだ」
「ではもういいですか?」
「最後に君に声をかけた理由を言わせてくれないかな」

 それは少し気になってしまったので、仕方なく頷いた。

「私は君を何度か見かけたことがあるんだ。働いているホームセンター、このファミレスやファストフードでも、駅の向かいのホームにいるのをみかけたこともある。勘違いして欲しくないが、探していたわけでもましてや後をつけたりしたことも断じてない。よく見かける顔だと思っていただけなんだ、でも五年も続けば勝手に親近感も湧いてきた。年に一、二回の時もあれば、二日連続でとか週一でとか、本当にいろんなところで見かけたんだ」

 全く気が付かなかった。嘘ではなかろうかと思ったが、そんな気持ち悪い嘘をつくメリットは一体何だ。

「それでも好きだと気だ付いたのはつい最近だ。すべてを失う過程で、私は君を思い出した。そして昨日告白しようと決めた。次に君を見かけたら必ず声をかけて、好きだと言おうと。そう思った矢先に出会えてしまってつい興奮してしまったんだ」

 どうして好きになったのか全く分からない。
 男がいいなら他にいくらでもいるだろう。

「自暴自棄なのは分かりましたが、やはり気持ちは受け取りません」
「そうだね、すぐにとはいかないのは分かっている。でもまた偶然会ったなら好きだと言うよ」
「……偶然」
「そう、偶然」

 男はまた笑った。

「名前だけでも覚えておいて、萩沼泰史(はぎぬまたいし)だ」

 そしてそれは決して忘れられない名前になった。絶望を背負っているはずのその男は、僕の人生に勝手に入り込んでいく。
 この時はそんなこと思いもしなかったが。

 ファミレスで男と別れた後変な人間に絡まれたものだと帰宅したが、その変すぎる男のおかげか、部屋にいる元恋人のことを意識のすべてにせずに済んだ。
 引っ越しの準備を進めながらも、表情はとても申し訳なさそうにして、僕に何か言いかけてはやめるというのを繰り返していた。
 さっき会った男のことを言ったらどうするだろうか。
 でも言わなかった、そんなこと仕返しにもならないと思ったから。
 僕はすぐに寝ることにした。
 僕は明日も仕事だ。

 それから一週間、萩沼を見かけることはなかった。職場を知られているから、もしかしたらすぐにでも来るかもしれないと構えていたのは数日。
 偶然を待つ男は、そんなことはしないのだろうと悟りを開いた僕だった。
 そして一週間目の金曜日、仕事帰りに不動産屋の前の広告をなんとなく眺めている時だった。

「やっぱり会った」

 聞き覚えのある声に振り向くとやっぱり萩沼だった。

「本当に偶然ですか?」

 僕はついそう聞いたが、萩沼は笑って答えた。

「私も仕事帰りだよ。新しい事業を始めたんだ。今度は私一人きりの会社だから、忙しくはあるがやりがいも前の比ではなくていい」

 何をアピールしているのかと、疑いの眼差しの僕だったが萩沼は気にした様子もなく妙に楽しそうだ。

「部屋を探しているのか」
「ええ、まあ」

 誤魔化すこともできたかもしれないのに、部屋探しが思いの外難航していたので、あれこれ考えるのが面倒でつい正直に言ってしまった。
 部屋を借りるには保証人がいることをすっかり忘れていて、今の部屋は元恋人の親族の人がしてくれていたから、一人の親戚もいない僕が探すとなると少々大変であることがこの一週間で知れた。
 僕のシフトでは月、木が休みだから昨日ももちろん不動産情報を求めて、出かけたり、ネットを見たりしていたけど、希望通りの部屋だとしっかりした保証人が必要だったり、家賃が想定より高かったりして、良い物件にはまだ出会えていない。
 すぐに出ていく必要もないけど、幸い更新も近いのでできるだけ早く決めてしまいたい焦りは正直あった。

「この辺で探しているのかな?」
「職場に行きやすければ、街は特定していません」

 車はもっていないから、精々自転車で通える範囲だとそれほど広域にはならない。
 もう男のことはどうでもよく、目の前の広告を詳しくみることに集中していて、どんな表情で話しているかなんて興味もなかった。
 あとでとびきりの笑顔でいたなんてこの不動産屋に聞いた時には、自分の軽率な行動を反省した。

「良ければ、部屋を紹介できるけどどうだろうか」

 さすがにすぐには頷かなかった。
 私の部屋なんて言ったらぶっ飛ばすと心の中で宣言して、萩沼を睨み付けた。
 萩沼は案外真面目な顔をして、僕の気持ちを当然汲んだうえで話を切り出した。

「私の友人が管理人をしているアパートで、少々古くはあるが生活するに不便な点はなく立地も悪くないと思う」
「萩沼さんもそこに住んでいるんですか」

 萩沼は苦笑したが首を横に振った。

「私は新しく事務所を借りてそこに住んでいるんだ」
「事務所に……」
「だから心配しなくていい、良かったから考えてみて」

 そう言って萩沼は名刺を一枚、差し出してきた。

「作ったばかりの名刺だ、アパートが気になったら連絡して。もちろん今度偶然に会った時でもいいよ」

 そして萩沼はあっさり去っていった。
 まさか連絡するものかと、やけくその様に目の前の不動産屋に僕は入ることにした。 
 そして、男の笑顔を店員から聞くことになった。

 一月後。
 部屋探しは難航。
 保証人はネックだけど、それ以上になんか部屋のめぐり合わせが悪い。
 選り好みしているつもりはないが、長く住むつもりでいるからか、妥協点が見つからないんだ。
 だから弱気にもなってくる。一人になった部屋は思ってるより寂しさが助長されて、やっぱり帰りたい気持ちも湧かず、居心地も悪い。
 だから思ってしまう。
 電話してみようかな、なんて。

 萩沼とはあの不動産屋以来会っていない。
 やっぱり偶然なんて、そうそうないんだろう。

「掛けないぞ!」

 それから二週間後。
 俺はコーヒーショップで萩沼と同席している。

「久しぶりだね」
「……そうですね」

 休日、未だにしている部屋探しに疲れ、適当に近くにあったコーヒーショップに入ったら、萩沼がいた。
ちょうど前に並んでいて、本当に驚いた。こんなの偶然以外にあり得ない。
 驚きすぎて、誘わせるままに同じテーブルについていた。

「部屋は見つかった?」
「いえ、あー、まだです」
「見つかりそう?」

 なんと答えたものか……。
 引っ越したいのに、部屋を探すのが面倒になってきているのが本音だ。

「なんとも……です」
「前言ってたとこまだあるけど、どうかな?」
「それは、罠ですか?」
「ストレートだね」

 そう言いつつ萩沼は楽しそうに笑っている。

「もちろん、下心がないとは言えない。もう偶然だけに頼りたくないからね。でもあなたの生活を脅かすつもりはないし、友人止まりになってもいい。今は少しでも私のことを知ってもらうチャンスが欲しいだけだよ」
「どうして僕なんですか? ただ見かけただけですよね? それだけで運命感じちゃったとか言うんですか?」
「多少は感じてるよ、でもあなたが私を認識しないところにまず惹かれたんだ。私はどうやら何もしなくても少し目立つようで、3回も会えば向こうからアプローチが来ることがある。でもあなたは私のことなど知らなかったよね?」

 自慢してるのかと思いそうになりながらも、言われれば確かにイケメンオーラは人目を惹きそうだと理解する。

「あの夜、公園で会ったのが僕の中では初めてです。それだけですか?」
「優しく笑う顔も好きだよ」
「それなら僕がとんでもない性格かもしれないですね」
「それもないかな。丁寧に生活しているのが見てれば分かるよ」
「見かけたぐらいでそんなこと」
「分かるよ」

これだからイケメンは。顔が良いと説得力があるように感じるから悔しい。
でも確かに育った環境のせいかあまり取り乱すこともないし、怒る事なんて記憶にもない。はずだったのに、萩沼とは出会い方が悪すぎたせいで、動揺させられっぱなしだ。

引っ越し先は結局勧められたところにした。
試しにそのアパートがどんなところか聞いたら、思ってる以上に良かった。
罠だとしても探し疲れていたのもあって、条件が良いのだから意地を張るのをやめて、心機一転する方を選んだ。

すると言っていたとおりそのアパートには住んでいなかったが、すぐ近くに萩沼の事務所があって僕の仕事の行き帰りに事務所前で毎日挨拶してくるようになった。

罠だった。
けど、萩沼はどこまでも真摯だった。

偶然ではなく会えるようになっても急に距離を縮めて来ることはなく、挨拶だけする関係から、少しの雑談をするようになって、たまに好きだと伝えられる。

たまに食事に誘われて始めは断っていたが、そのうち3回に1回応じるようになる。頑なに奢られて食費も浮くから行くようになった。
特に喋らなくても萩沼が勝手に喋ってくれるから楽だし、それ以上に誘われることもないから美味い飯のために3回に1回誘いに乗る。

誘いがたまにだったのが毎日になり、つまり3日に1回確実に食事を一緒にするようになって、時々好きだと言われて、流石に絆され始めた。

恋愛感情よりまだ不信感はあるけど、僕に向き合う根気だけは受け入れられた。

でも付き合う前に確かめておかなくてはならないことがある。
萩沼が本当の意味で男を好きがどうか、つまり抱けるかどうかってことだ。

別にプラトニックでもいいんだろうけど、生憎、僕にも少しは性欲がある。
恋人だと名乗りたいなら、そこも受け入れてもらわないと困る。

「できますか?」

唐突な僕の誘いに最初は戸惑っていた萩沼も、ベッドの上までくれば覚悟してくれたようだ。

「愚問だよ」

萩沼の事務所にも自室にも初めて入り、すぐにベッドまできた。準備は自分でしてシャワーも浴びてきたからこっちは万全な体制だ。
あとは向こうの本気度だけだ。

「無理そうだったら早めに言ってくださいね、その方がお互い傷口広げずに済みますから」
「こちらこそ、まだ手加減が分からないからちゃんと教えて」

男は初めてだと言うが、逆に言えば女性経験は豊富だと分かるようなスマートな流れに、不思議な苛立ちがあった。
それは嫉妬というよりは、自分の未熟さを顕(あらわ)にされてるような感じなのだと思う。

体中への愛撫で知らない快感を教えられ、翻弄されてるのは当たり前に僕だ。
そして躊躇いなく、挿入のために萩沼は指をそこへ運ぶ。

「んっ…………ッ……ン」
「痛くはない?」

ゆっくり頷く。
大きな指は一本でも存在感がある。久しぶりの刺激なことも相まって、余計に意識させられる。
しばらく様子を伺いながら指は動き続ける。

「増やすよ」

そう実行されても痛みはなく、むしろ焦れる。身体がというより、心がだ。
気を使われているのは本来感謝するところなのだろうが、相手の冷静さを見せ付けられているようで、沸き立つような焦燥感だ。

「はぎ、ぬまさん」
「痛かったかな?」
「もういいから、いれて」

多少の痛みや苦しみより、この人は口だけじゃないと早く証明して欲しい。むしろ駄目なら駄目で早く結論を。

「あなたを傷つけられない、もう少しだけ」
「そんなこと言って、もう止めたいってっん」

言葉を遮るようにキスで塞がれる。
しばらく口内を貪られ、戸惑う内に離れていく。

「手際が悪くてごめん、僕も大概余裕なくてね。もっと夢中にしてあげられればいいんだけど」

(あっ、僕って言ってる)

気まずそうに笑う萩沼の細やかな変化だけど、急に僕の心は軽くなった。

「だいじょうぶ」
「もう少しだけだからね」

相変わらず丁寧に身体の中を探られるが、自分が冷静になったおかげで、萩沼の余裕のなさが分かってしまった。

(この人は本当に、僕を抱きたいんだな)

それでも強引に事を進めないのは、僕を想ってくれているから。

僕は生まれて初めて心の底から安心できたように思う。
ここに居ていいって、居ることが誰かに望まれているってこんなに心を安らかにしてくれることなんだって。

前は慰め合ってるような、同じ様な境遇でも同情されてるようなそんな気がしてた。
僕みたいな天涯孤独って珍しいらしい。それが最も辛いことかと言えば、下手に親族がいることで傷ついてる人がいることも知っている。

だから。
僕は、敢えて過去のことは考えないようにしてた。
でも知らぬ間に未来のことも考えないようにしてた。僕にあるのは今だけで、今の衣食住を確保することだけをみて生きてきた。

それはそれで楽しかったし、自分で大切な物を増やしていけることは幸せでもあった。
でも人に関しては、期待することはしなかった。

別に裏切られるのが怖いとか、そんなんじゃなく、僕は本当の自己中心だったんだ。
だって初めから一人なんだからそれ以外のことを考える必要はなかった。自分一人で生きていけばいい。

でも萩沼はそんな僕の人生に唐突に入り込んできて、一緒に居ようと言ってくる。
それなのに無理やりじゃなく、僕の横を並んで歩くように気持ちを伝え続けてくれている。

僕のこれは恋愛じゃないのかもしれない。
恋しい相手に安心するっていうのは、なんか違う気がするけど、萩沼は許してくれるだろうか。

「ねえ」
「辛いかい?」

気遣ってそっと指を抜いてくれる。

「あなたの好きとは違うかもしれないんだ。それでもいいの?」

萩沼は一瞬キョトンとして、そしてとてつもなく嬉しそうに笑ってから僕を抱きしめた。
そういえは初めて会った時もこんな表情だったかもしれない。

「違うって、もうどこか好きになってくれたのかい?」
「たぶん」
「そりゃすごいぞ! 僕をある程度信用してもらえたとは思っていたけど、もうどこかしらは好きだと思ってくれているんだね。こんな幸せなことはない」
「そうかな」
「そうだよ! でもこんな場面でそんな。歯止めが効かなくなりそうだ」

萩沼は僕をぎゅうぎゅう抱きしめる。
そうなると萩沼の硬い部分が当たるわけで。

「いいよ、本当にもう大丈夫だから」
「本当に?」
「そんなに、やわじゃないよ。僕もあなたを感じたいんだ」

萩沼が息を呑んだのが分かった。
そして当たる高ぶりが反応したのを感じる。
どうして僕なんかでこんなに煽られるのか、正直よく分からないが、それが面白くて、そして嬉しい。

「好きだ、ヨウくん」
「うん」
「大好きだよ、ヨウくん」
「うん」
「大好きだ!」
「あははは」

それから。
萩沼は最後までちゃんと優しかったけど、すごく気持ち良くて、蕩ける僕の頬を嬉しそうに撫でではキスをしてくれて、ずっと続けばいいのにって思うぐらいで、僕は優しいのは罪だと思ったよ。
だって、うっかり好きだって言ってしまった。
恋愛的な意味合いだとは思われてないだろうけど、優しさに応えてしまいたいたくなるだろう。

明くる日。

「あの好きは違いますから」
「分かっているよ」

幸せそうにうなずかれるとなんとも気まずい。
でも僕はこれからも好きだと言ってしまうだろうし、そのうち大好きだと返してしまう日も来るだろうと、そんな気がしている。






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