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第二章
13 消滅
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どれほど時間がたったのか、体感ではなく事実長い時が流れていた。
彼は突然何も見えないはずの空を見上げた。
少ししてカジュは視線を二人に向け言った。
「お前たち本気で使い魔になりたいのか?」
「は?」
「え?」
今までの冷酷な雰囲気が少しだけ和らいだような声に悪魔二人は、素で驚いてしまった。
カジュは、つかの間マクリルとしてではなく、カジュとして話し出していた。
「自由にしてやることもできなくはないぞ」
時間が僅かばかり回復させた体力で会話だけはまともにできるようになったフォレストは思ったままを口にしていた。
「……どういう意味だ?」
「下手に力を持っているから狙われるんだよ、それを削いでやればいい」
「そぐって、どうやるの?」
捕まれたままのリリーも自由になるという言葉に期待の目で仰ぎ見る。
「俺が奪ってやるよ、全部じゃさすがにお前たちも生活しづらいだろうから最低限残してはやる」
まるで悪役のような台詞にリリーが首をひねった。
「そんなことできるの?」
その問いにカジュは簡単に頷く。
「聞いたことないか? 力を奪われた魔族がそれを奪い返そうと勇者と戦う話」
「ある」
大抵魔王と言われていたり、世界の破滅を望む者だったりが正義の誰かの手によって封じられたり弱らせられたりしたが、その時は消滅せずに、復活を目論みそれを阻止しようとする正義の味方の物語。
子供が読むような話から大人向けの物まで、巷で人気の小説などでは、たくさんの設定でそれはフィクションからノンフィクションまで、いろいろあった。
そんな伝説のようなお伽噺のような内容だが、マクリルは大魔道士で存在そのものがそうなのだから、当然のようにそれができる。
「だからできないことはない。そのかわり狙われたら戦う力もなくなるんだから、人間やなんかに絶対に見つからないように二人でひっそりと暮らすんだぞ」
「見つからないようにか……」
フォレストはその可能性をほんの僅かな時間考えて、あっさりと答えを出した。
「そんな場所はない」
「ないことないだろう、魔獣なんかはそうやって大人しく暮らしてるのも沢山いるぞ」
「それは探されないからだ、俺たちは有名になりすぎた」
それには頷けてしまった。軍をも動かして討伐させようとしている二人のことは魔道士ならずとも、よほど世間に疎い者以外は誰もが知るところとなっている。
言ったと通りに術を掛け逃がしたとして、そのことをマクリルが死んだと軍に嘘の報告をしたとしても、死体がないので軍はそれを世界に知らしめることができない。
それでも消滅させたのだと言ってのければ、しばらくの間は平気だろう。しかし、今のこの世界に誰とも顔を合わせず暮らせる土地など探すことが難しい。人間が住んでおらずとも、精霊や魔獣がいたり、天使の出入りするところさえある。
それを避けるには完全に封印してしまうしかないが、それでは眠っているのと変わりない。死ぬまで眠っていては本末転倒だし、それにその封印が解かれたあとまた今と同じ状況になることも予想できる。長期的な一時凌ぎには違いない。
それならばと幾ら力を削いでも気配までは変えられない。するとどこかで知っているものに遭遇でもすれば、もうひっそりとなどは暮らせないだろう。
「それに俺の力が弱まれば、こいつも弱ってしまう」
「ああ、見栄えは悪くなるかもしれないな。活動も低下するかもしれんが、死にはしないだろう?」
フォレストは首をゆっくり横に振る。そしてリリーをあらためて優しく抱きしめた。
「お前は俺と知り合う前のリリーを知らないからそんな事が言えるんだ。あのころのリリーに戻すわけにはいかない」
「そんなに酷い状態だったのか」
「フォレス……カジュ……」
確かに以前のリリーを知らない。されど多くの魔物たちを排除してきた過去の中で想像を絶する体験をしてきているマクリルにはその状態がどんなものだったのかフォレストが思う以上にイメージできていた。
今、体と心の苦しみに表情を歪ませているリリーだが、本来は溌剌と能天気といえるほどの明るさを持っている。それを全て失ってまで生きながらえることがリリーはもちろんフォレストにとっても辛いに違いなかった。
カジュはそれがよく分かっていた。そしてそれ以上に二人で幸せに暮らしたいと思っていることも分かっている。
彼らに与えられる安らぎは、もうこの世にはないのだろう。それが三人の共通の意識になっていた。
カジュは、ほんの間俯き、数回微かに首を振った。
そして顔を上げた彼の目はやはり何も映していない闇。
「じゃあやっぱり死ね」
腕を振り上げ、一気に振り下ろしたその手には術杖が握られていた。
彼の背丈と同じほどの長さでちょうど握りこめる細さ。彼の体に良く馴染んでおり、長く使っているものだと見て取れた。そして余計な飾りの無い凡庸なデザインだが、杖の先には低級な魔物など目にしただけでダメージを追うほどの魔石が埋め込まれている。
闇に支配されているような瞳。
光も無いのに輝いているように見える例えようのない定まらない色をした魔石。
マクリルの目にその石の色が映る。
たちまちそれが瞳に模様を刻んでいき渦を巻くようにして彼の目の奥に吸い込まれていく。
何が起こっているのか、何が起こるのかわからない二人は痺れるような感覚の中、不思議な心地良さを感じ始めていた。
薄暗い視界の中で、音も無く、風もほとんどない。
それなのに、仄かに温かさを体のあちこちが感じている。
何も触れていない。
いや、触れている…………空気…………世界…………。
ああ……そうか、溶けている…………混ざる。
そうやって終わりが来ることを二人は悟った。
痛みも恐怖もない。
そんな最後を二人にくれる彼はやはり何も感じていないかのような無表情だった。
逆にあの森にいたころのように穏やかな心を手に入れた二人の表情とは対照的だった。
そしてリリーは最後に笑顔で尋ねた。
「ねぇカジュ、どうしてリリーたちを助けてくれようとしたの?」
「気まぐれだ」
「それ嘘だよね? リリーたち逃がしたらカジュ怒られちゃうでしょ、カジュは怒られるの嫌いだもん」
「…………」
「それに魔道士も嫌だって言ってた。どうして嫌いになっちゃったの?」
浜辺に作った砂の城が波にゆっくりと攫われていくように姿を失っていくフォレストとリリー。フォレストはただリリーを抱きしめそこにいるだけ、リリーはすっかり楽しそうにいつかのようにおしゃべりを楽しんでいるようだった。
リリーは彼の返事を待つ。
リリーは知っている。そうしていれば彼が答えをくれることを。
そしてそれは間違っていなかった。
「俺は別に魔のものは嫌いじゃないんだ」
「悪魔とか魔獣とか?」
「誤解を恐れずに言うならば、この世に存在しているものすべて嫌いじゃない」
「とんだ博愛主義者だな」
そう言ったのはフォレストだった。
マクリルの表情が微かに動いたように見えた。
「だがすべてが嫌いでもある。全てが煩わしい」
「だからあそこで一人で暮らしてるんだー、でもいーっぱい住んでるんだよね、あんまり見られなかったけど精霊ちゃんとか動物達とか」
「…………正確には自分が生きてきた時間が嫌い……だから俺は俺をやめたんだ」
「カジュはカジュをやめちゃったの?」
「リリー違う、こいつがやめたのはマクリル・トトティルの方だ」
「? わかんないよー、カジュはマクリルでしょ? だからここにいるんでしょ?」
「やめ切れなかったんだろう、中途半端な奴め」
「…………分かってる」
「どうして嫌いになっちゃたの?」
相変わらずリリーの質問は素直で率直で、カジュを逃さない。
本当なら曖昧なまま自分の中で留めておきたいことを、言葉という他者にも捉えられるものにする行為は、カジュの感情を確かなものにしてしまう。
だから普段はのらくらと言葉を放つのに、リリーには紡いだ言葉しか届かない。
そしてあと僅かな命だというのに、そうだからこそ、カジュは誤魔化せなかった。
「本当の俺はたぶん魔物を殺すことを善しとしていなかった。ちゃんと共生していけると思ってたんだろうな、でもそんな事を忘れて楽な方に逃げたんだ」
カジュが過去のことを語り、とんだアマちゃんだなとフォレストがいつもの皮肉気な笑みを浮かべた。
「逃げた自分が許せないってところか、それでマクリルを消そうとしてし損ねたってことだな」
彼はそのフォレストの言葉にハッとした。初めて明白に表情が変わった瞬間だった。
「どうしたの?」
「思い出した」
「なんだ急に?」
二人の姿はもう蜃気楼のように儚いものになっていた。
フォレストはその自分達をみて、笑った。
「そろそろ時間切れか、せっかくだ最後に答えろ。何を思い出した?」
カジュは二人を真正面から強く睨み、はっきりした声で言った。
「それを何の容赦もなくただ消滅させるのは納得できなかっただけだ、自分自身も含めてな」
そして彼の前から二人の姿は消えた。
彼は突然何も見えないはずの空を見上げた。
少ししてカジュは視線を二人に向け言った。
「お前たち本気で使い魔になりたいのか?」
「は?」
「え?」
今までの冷酷な雰囲気が少しだけ和らいだような声に悪魔二人は、素で驚いてしまった。
カジュは、つかの間マクリルとしてではなく、カジュとして話し出していた。
「自由にしてやることもできなくはないぞ」
時間が僅かばかり回復させた体力で会話だけはまともにできるようになったフォレストは思ったままを口にしていた。
「……どういう意味だ?」
「下手に力を持っているから狙われるんだよ、それを削いでやればいい」
「そぐって、どうやるの?」
捕まれたままのリリーも自由になるという言葉に期待の目で仰ぎ見る。
「俺が奪ってやるよ、全部じゃさすがにお前たちも生活しづらいだろうから最低限残してはやる」
まるで悪役のような台詞にリリーが首をひねった。
「そんなことできるの?」
その問いにカジュは簡単に頷く。
「聞いたことないか? 力を奪われた魔族がそれを奪い返そうと勇者と戦う話」
「ある」
大抵魔王と言われていたり、世界の破滅を望む者だったりが正義の誰かの手によって封じられたり弱らせられたりしたが、その時は消滅せずに、復活を目論みそれを阻止しようとする正義の味方の物語。
子供が読むような話から大人向けの物まで、巷で人気の小説などでは、たくさんの設定でそれはフィクションからノンフィクションまで、いろいろあった。
そんな伝説のようなお伽噺のような内容だが、マクリルは大魔道士で存在そのものがそうなのだから、当然のようにそれができる。
「だからできないことはない。そのかわり狙われたら戦う力もなくなるんだから、人間やなんかに絶対に見つからないように二人でひっそりと暮らすんだぞ」
「見つからないようにか……」
フォレストはその可能性をほんの僅かな時間考えて、あっさりと答えを出した。
「そんな場所はない」
「ないことないだろう、魔獣なんかはそうやって大人しく暮らしてるのも沢山いるぞ」
「それは探されないからだ、俺たちは有名になりすぎた」
それには頷けてしまった。軍をも動かして討伐させようとしている二人のことは魔道士ならずとも、よほど世間に疎い者以外は誰もが知るところとなっている。
言ったと通りに術を掛け逃がしたとして、そのことをマクリルが死んだと軍に嘘の報告をしたとしても、死体がないので軍はそれを世界に知らしめることができない。
それでも消滅させたのだと言ってのければ、しばらくの間は平気だろう。しかし、今のこの世界に誰とも顔を合わせず暮らせる土地など探すことが難しい。人間が住んでおらずとも、精霊や魔獣がいたり、天使の出入りするところさえある。
それを避けるには完全に封印してしまうしかないが、それでは眠っているのと変わりない。死ぬまで眠っていては本末転倒だし、それにその封印が解かれたあとまた今と同じ状況になることも予想できる。長期的な一時凌ぎには違いない。
それならばと幾ら力を削いでも気配までは変えられない。するとどこかで知っているものに遭遇でもすれば、もうひっそりとなどは暮らせないだろう。
「それに俺の力が弱まれば、こいつも弱ってしまう」
「ああ、見栄えは悪くなるかもしれないな。活動も低下するかもしれんが、死にはしないだろう?」
フォレストは首をゆっくり横に振る。そしてリリーをあらためて優しく抱きしめた。
「お前は俺と知り合う前のリリーを知らないからそんな事が言えるんだ。あのころのリリーに戻すわけにはいかない」
「そんなに酷い状態だったのか」
「フォレス……カジュ……」
確かに以前のリリーを知らない。されど多くの魔物たちを排除してきた過去の中で想像を絶する体験をしてきているマクリルにはその状態がどんなものだったのかフォレストが思う以上にイメージできていた。
今、体と心の苦しみに表情を歪ませているリリーだが、本来は溌剌と能天気といえるほどの明るさを持っている。それを全て失ってまで生きながらえることがリリーはもちろんフォレストにとっても辛いに違いなかった。
カジュはそれがよく分かっていた。そしてそれ以上に二人で幸せに暮らしたいと思っていることも分かっている。
彼らに与えられる安らぎは、もうこの世にはないのだろう。それが三人の共通の意識になっていた。
カジュは、ほんの間俯き、数回微かに首を振った。
そして顔を上げた彼の目はやはり何も映していない闇。
「じゃあやっぱり死ね」
腕を振り上げ、一気に振り下ろしたその手には術杖が握られていた。
彼の背丈と同じほどの長さでちょうど握りこめる細さ。彼の体に良く馴染んでおり、長く使っているものだと見て取れた。そして余計な飾りの無い凡庸なデザインだが、杖の先には低級な魔物など目にしただけでダメージを追うほどの魔石が埋め込まれている。
闇に支配されているような瞳。
光も無いのに輝いているように見える例えようのない定まらない色をした魔石。
マクリルの目にその石の色が映る。
たちまちそれが瞳に模様を刻んでいき渦を巻くようにして彼の目の奥に吸い込まれていく。
何が起こっているのか、何が起こるのかわからない二人は痺れるような感覚の中、不思議な心地良さを感じ始めていた。
薄暗い視界の中で、音も無く、風もほとんどない。
それなのに、仄かに温かさを体のあちこちが感じている。
何も触れていない。
いや、触れている…………空気…………世界…………。
ああ……そうか、溶けている…………混ざる。
そうやって終わりが来ることを二人は悟った。
痛みも恐怖もない。
そんな最後を二人にくれる彼はやはり何も感じていないかのような無表情だった。
逆にあの森にいたころのように穏やかな心を手に入れた二人の表情とは対照的だった。
そしてリリーは最後に笑顔で尋ねた。
「ねぇカジュ、どうしてリリーたちを助けてくれようとしたの?」
「気まぐれだ」
「それ嘘だよね? リリーたち逃がしたらカジュ怒られちゃうでしょ、カジュは怒られるの嫌いだもん」
「…………」
「それに魔道士も嫌だって言ってた。どうして嫌いになっちゃったの?」
浜辺に作った砂の城が波にゆっくりと攫われていくように姿を失っていくフォレストとリリー。フォレストはただリリーを抱きしめそこにいるだけ、リリーはすっかり楽しそうにいつかのようにおしゃべりを楽しんでいるようだった。
リリーは彼の返事を待つ。
リリーは知っている。そうしていれば彼が答えをくれることを。
そしてそれは間違っていなかった。
「俺は別に魔のものは嫌いじゃないんだ」
「悪魔とか魔獣とか?」
「誤解を恐れずに言うならば、この世に存在しているものすべて嫌いじゃない」
「とんだ博愛主義者だな」
そう言ったのはフォレストだった。
マクリルの表情が微かに動いたように見えた。
「だがすべてが嫌いでもある。全てが煩わしい」
「だからあそこで一人で暮らしてるんだー、でもいーっぱい住んでるんだよね、あんまり見られなかったけど精霊ちゃんとか動物達とか」
「…………正確には自分が生きてきた時間が嫌い……だから俺は俺をやめたんだ」
「カジュはカジュをやめちゃったの?」
「リリー違う、こいつがやめたのはマクリル・トトティルの方だ」
「? わかんないよー、カジュはマクリルでしょ? だからここにいるんでしょ?」
「やめ切れなかったんだろう、中途半端な奴め」
「…………分かってる」
「どうして嫌いになっちゃたの?」
相変わらずリリーの質問は素直で率直で、カジュを逃さない。
本当なら曖昧なまま自分の中で留めておきたいことを、言葉という他者にも捉えられるものにする行為は、カジュの感情を確かなものにしてしまう。
だから普段はのらくらと言葉を放つのに、リリーには紡いだ言葉しか届かない。
そしてあと僅かな命だというのに、そうだからこそ、カジュは誤魔化せなかった。
「本当の俺はたぶん魔物を殺すことを善しとしていなかった。ちゃんと共生していけると思ってたんだろうな、でもそんな事を忘れて楽な方に逃げたんだ」
カジュが過去のことを語り、とんだアマちゃんだなとフォレストがいつもの皮肉気な笑みを浮かべた。
「逃げた自分が許せないってところか、それでマクリルを消そうとしてし損ねたってことだな」
彼はそのフォレストの言葉にハッとした。初めて明白に表情が変わった瞬間だった。
「どうしたの?」
「思い出した」
「なんだ急に?」
二人の姿はもう蜃気楼のように儚いものになっていた。
フォレストはその自分達をみて、笑った。
「そろそろ時間切れか、せっかくだ最後に答えろ。何を思い出した?」
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