核は人の夢を見る

白雪慧流

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 聖教国テンプルム。ここには、聖騎士と呼ばれる役職がある。
 聖騎士とは、魔物やそれを生みだす核を、倒すのが目的となる。

 この核が厄介なもので、見た目は木だが、何一つとして同じ色はなく、その神秘的な様は魅了される者が後を絶たない。
 そのため、聖騎士となる者は精神訓練をする。魅了され、核を破壊できないとなれば本末転倒だからだ。

 私、ユーリス・ティオは、侯爵家の次男。ティオ侯爵家は聖騎士を排出する家系であり、子供の頃より精神を乱さない訓練を受けた。
 もちろん私も受けている。だから滅多なことでは心は動かされない……が、一人だけ、私の心を乱す存在がいた。

「はぁ……」
「副団長~、またため息ついてますねぇ、諦めてないんです?」

 学園を卒業して七年。聖騎士団、副団長まで上り詰めた私だが、ずっと探している男がいた。
 ヴィステリア・カミアン。カミアン子爵家の次男で、六年前、彼の卒業と同時に行方不明になった青年である。

 学園に通う三年間内の二年。何かと世話をし、彼も私のことを兄様と呼び、慕ってくれていた。
 どうやら、爵位を継ぐわけでもない次男はほったらかしにしていたようで、彼は酷く愛情に飢えていた。

 ヴィステリア……ヴィスに話しかけたのは偶然だ。いくら、何事にも動じないよう訓練を受けていたとしても、辟易することはある。
 特に、自分に群がる令嬢達をいなすのは、精神をすり減らすものだ。喧嘩をしない当たり障りのない返事が一番難しいのである。

 疲れた私は、人気のない場所を求め、裏庭へと足を進めた。
 そこはあまり日が当たらず、暗い場所ではあったが、故に人がいなかった。
 ようやっと楽に呼吸ができると安堵した時、ベンチに座る彼を見つけたのだ。

 漆黒の髪に、息を飲むほど綺麗な深い青緑の瞳。私の顔を見ても、何も感情を持たないかのように、足元へと目線を戻す。
 静かな場所を求めたはずなのに、いつも人に囲まれていると、返って話しかけられないの方が興味を惹き付けられる。

「君、いつも一人でこんな場所にいるの?」
「……はい。人とあまり話すなと言われてますので」
「話すな? なんでかな?」
「……僕が記憶に残るといけないから?」

 なんだそれはと、言ってしまうのは当たり前だ。貴族社会とは横の繋がりが重要。記憶に残るなという指示は真逆だと言える。
 その辺のおかしさに、ヴィスは気付いていないようで、この日からよく話しかけるようになった。

 一応自己紹介はしたが、ヴィスは私のことを兄様と呼ぶ。まるで、それ以上の関係は望まぬように。
 呼び方以外では、彼は普通に話し、無邪気な笑顔を見せてくれる。打算も悪意もない、彼の隣は安心できた。

 特別な感情を抱くのは早かった。次男であるため、子を残す必要はないし、私が自然体でいれる相手が伴侶であればいい。
 ヴィスがいつも家で待ってくれたらいいと思う。

 まぁ、その願いは叶わぬままだ。
 ヴィスと最後にあったのは己の卒業式。それからは聖騎士として、各地を駆け回っていた。屯所にヴィスが来たら、自分の場所に通すようにと言っておいたが、来ることはなかった。
 そんな一年を過ごし、彼が卒業したと同時に迎えに行こうとしたが、彼は直ぐに行方不明となった。

 そして、隣国との国境境に核が現れた。その核の力は強大で、六年経った今、ようやく核まで辿り着く道筋が出来上がったのだ。
 明日には、騎士団が動く。此度の件が収まれば、ヴィスを探しに遠出しようか。

「あんまり、気を散らなさいでくださいよ? 恋煩いで失敗するとか、洒落になんないです」
「失礼な。任務には集中する」

 はいはいと、聖騎士団の一人、ミスリルは呆れたように言う。
 ヴィスについて知っているのは、この幼馴染であるミスリルと、騎士団長……叔父の二人だけだ。
 そして二人ともいい加減諦めろと言う。そんな簡単に諦められたら苦労しない。

 会ってもいないのに、日に日に、彼に対する恋情は増すばかりで、一体何処にいるのかと問うが、誰も応えはしないのだ。

 核があると思われる森は、長い間瘴気に晒され、暗く澱んでいる。
 陽の光が入らず、中に入れば霧に覆われ、視界は狭まる。

 魔物も多く、背後を取られないよう殲滅しつつ進まなくてはいけない。正直、ただの魔物討伐とは比にならない緊張感だ。
 それでも、核を破壊しなければこの戦いは終わらない。周辺の村々への被害も甚大だ。

 慎重に、しかし手早く核の場所まで向かう。
 奥に行くにつれ、魔物の数が増え、核の存在が身近になる。

 二時間ほどだろうか。ミスリルが核を見つけた! と知らせる。
 周辺の魔物を掃討し、声の場所へ行くと、そこには団長とミスリル、そして核があった。

 中心に水晶が嵌った黒色の幹に、深い青緑色の葉。ヴィスの色と同じ核。
 瘴気を纏っているはずなのに、何故かそれは輝いて見える。

 核は人を魅力する。幻覚でも見せられているのかと思う程、なぜか目の前に彼がいるようで。

「ユー……ユーリス! ユーリっ!」
「っ……!」
「しっかりしろ! 精神を保てアホ!」
「……すみません、団長」

 団長に名を呼ばれ現実に引き戻される。
 そうだ、今は任務の最中。核に引っ張られるわけにはいかない。

 ザワザワと核が揺れる。瘴気が溢れ、魔物が生み出される。
 核を壊さなければならない。ここで思いとどまるわけにはいかない。

「ユーリス、俺とミスリルで魔物を倒す、核を頼めるか?」
「了解しました。お任せ下さい」

 二人が道を作る。その隙に、核に近付くと、その剣を、核の中心にある水晶に突き立てる。
 核の仕組みは分からないが、木の何処かに必ず水晶がある。それを壊せば討伐完了だ。

 ピキッと、水晶が割れる。一瞬瘴気が溢れたが、それもすぐに収まる。
 核が消えた証だ。

「どうやら、終わったみたいだな」
「いやー、魔物の数は多かったですけど、それさえなきゃ核は呆気ないほど簡単に壊せますね」

 二人の声が遠くに聞こえる。確かに核は消えた、消えたが。
 核があった場所に、人が現れた。それは漆黒の髪で、可愛らしい顔立ちの青年。

 見たことがある。いや、ずっとみたいと思って、探してた人の姿。

「……ヴィス……?」

 そんなわけがないと、なぜ、核が消えた場所に彼がいるのかと。
 頭の中での否定と、目の前にある現実との折り合いが付かない。

 彼の体の中心からは、どす黒い血が流れていて、生きていないのは明白である。
 震える手で、その顔に触れる。そっと、瞼を開くとそこにあるのは、青緑色の瞳。

 あの頃のように光はなく、どろりと濁った瞳は、何も映さない。
 恋焦がれた、最愛の変わり果てた姿が、目の前にある。

「副団長? って、なんで人の死体がそんな場所にあるんですか?」

 背後からミスリルが不思議そうに聞いてくる。そんこと、私が聞きたい。
 これは違う、ヴィスではないと必至に言い聞かせているのに、上手くいかない。
 ヴィスだと、お前が間違うはずないだろう? と、誰かが自分に語りかけてくる。

「ユーリ、おい、大丈夫か。顔色が悪いぞ」
「大丈夫……です。それより、団長……一つ、お願いがあります」

 お前が頼むのも珍しいなっ! と団長は笑う。
 カミアン子爵家、あそこに全ての答えがあるはずだ。


 光の入る明るい室内。ステンドグラスから差し込む明かりは、色とりどりに輝き、幻想的に見せる。
 レッドカーペットがまっすぐ引かれた道を、ゆっくりと歩くと、漆黒の棺桶が一つ、鎮座されている場所へ行き着く。

「ただいま、ヴィス」

 棺桶に語りかけ、その傍に座る。
 ガラス張りの蓋からは、目を閉じまるで寝ているかのようなヴィスの姿。

 あの日から四年が経った。
 核から出てきたヴィスを抱き、森を出た私は、叔父の力を借り、カミアン子爵家を徹底的に調べた。

 そうしてわかったのは、人工的に核を作り出せることである。
 核には水晶が必ずある。それを壊せば核は消滅するが、水晶だけを取り出すことが可能なのだ。
 その場合、木は無くなるが、核そのものは消滅せず、水晶が置かれた場所から魔物が現れる。

 カミアン子爵領は辺境で、魔物が昔から多かった。しかし、その原因が領主邸にあるなど、誰も思わなかったのだ。
 子爵は、核に魅力された人間で、自分が望む最高の核を作るため、水晶を持ち帰り研究していた。

 そして、己の息子を使って核を新たに作り上げた。
 水晶とヴィスを長い間一緒にいさせることで瘴気を馴染ませ、学園卒業と同時に、水晶をヴィスに飲ませたのだ。
 あの大きさをどうやって? という話だが、水晶は己の器に合わせ大きさを勝手に変えるらしい。つくづく、不思議な生態である。

 そうして水晶はヴィスを取り込み、隣国境に根を貼った。
 人間を取り込んだ核は、類を見ないほど力が強く、子爵はお気に召したらしい。

 子爵邸に捜査に入った時、幾つかの核が描かれた絵画が見つかった。
 中でも、ヴィスを取り込んだ核が描かれた絵画は数十点あり、画家共々捕まえることとなった。

 私の希望で、子爵の尋問を行ったが、彼の言い分はふざけたものだった。

「美しいモノを作って何が悪い! 子は親の所有物だ! アレは生まれた時から種として育てていたのさ、本人だって望んで瘴気の中にいた!」

 その場で斬り殺そうとして、周りに止められた。
 ヴィスは、恐らく己が種だと気付いていた、もしかしたら、子爵から直接言われていたのかもしれない。

 頑なに、兄様としか呼ばなかった理由を垣間見た気がした。
 愛に飢えながら、愛されることを望まなかったヴィス。人の記憶に残らないようにしていたヴィス。

 その行動の全てが、種という言葉に詰まっていた。

 ガラス越しにその顔を眺める。
 この棺桶には、保存の魔法が組み込まれている。中にある限り、半永久に腐ったり朽ちたりはしない。
 まぁ、扉を開けれもしないのだが。

「全て完了したよ。実に長かった」

 調べて、尋問して、処罰するまで四年かかった。
 叔父もコレが終われば引退する。そうすれば、次の団長は私だ。

「国民を守る正義の人……か」

 最愛一人守れずして、何が正義かと吐き捨てたくなるが、聖騎士を頑張るのも約束である。

「見ていてね、私が団長として足掻くところを」

 ちゅっと、顔辺りのガラスにキスを落とすと、来た道を戻る。

 ステンドグラスから入る光が、柔らかく棺桶を照らしていた。
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