1 / 12
第1話 夕食を囲む、ずれた家族の時間
しおりを挟む
主治医の先生が部屋を出てから、しばらく僕はベッドの上でぼんやりとしていた。
新しい制度の説明、同意書、そして“答えを出す”という責任。すべてが現実味を帯びているのに、どこか他人事のような感覚がつきまとって離れない。
起きてから時間は経ったというのに、体が重い。頭もぼんやりしている。
でも、考えないといけない。もう、子供のままじゃいけないから。
そう思っていると、病室のドアが軽くノックされた。
「綾瀬くん、入るわね」
まどかさん――看護師の桐野(きりの)まどかさんは、少し申し訳なさそうに僕の顔をうかがった。
「ご飯を持ってきたの。……ただ、今回は少し違ってて。」
「ご両親も一緒に食事したいと申し出てきたの。
当院としては許可はおりているけど、綾瀬くんは大丈夫?」
そう確認してくれた。この人は看護師の中でも優しい人だと思ってる。他にも優しい人なら居るんだけど、桐野さんは基本的に僕の意見を聞いて叶えてくれようとする。
他の患者からも人気は高いと個人的に思ってる人。
……それに、入院してからの両親はほとんど会いこなかった。だから聞いてくれたんだろう。
「……うん。いいよ」
僕がそう答えると、まどかさんは安心したように微笑んで頷いた。
「わかった。じゃあ、私はこれで。何かあったらナースコール押してね」
そう言って、彼女は病室からご飯ののったトレーを机に置き、静かに姿を消した。
数秒後、両親が揃って部屋に入ってくる。
「おはよう、朔也」
母さんは少しだけ口角を上げながらそう言った。明るく振る舞おうとしているのが見て取れる。
でも、その言葉に乗った声の調子や、ほんの少し泳いだ視線は、どこかよそよそしい。
父さんは「よう」と短く言って、すぐに手に持っていたコンビニの袋をテーブルに置いた。
中には、おにぎりやスープ、サラダにペットボトルの飲み物。どうやら僕の食事とは別に、二人分の軽食も用意してきたらしい。
本当に僕と一緒に食べる気で来たことに少し驚きが隠せなかった。
2人がご飯を取り出していく様子を黙って見ていると、母さんが僕の方を見る。
そしてトレイに乗った僕の食事を確認すると、スプーンに手を伸ばす。
当然の行動に思わず「えっ。」と声が出た。何をしようとしてるか分からなかったから。
けれど「はい、あーん」と言いかけるその動作に、僕は少しだけ肩をすくめて首を振った。
「それはいや、えぇ……。大丈夫だよ。僕、そんな年齢じゃないし」
「……そうよね。ごめんね」
母さんは少し戸惑ったように言ってスプーンを置いた。
その顔にはどこかほっとしたような色も見えた気がする。
自分がやるべき“母親らしいこと”をしたかったのか、それとも僕に断られたことで責任を肩代わりしなくて済んだという安堵か。
多分、どちらも正解なんだろうな。
父さんは無言でスープのフタを開け、ゆっくりとそれを飲み始めている。
誰も特別な話題を持ち出さないまま、時間だけがゆっくりと進んでいく。
それぞれの箸が動き、新たな包装を開ける音が交錯する中、母さんがふと口を開いた。
「そういえば……その、先生が言ってたのよ。近いうちに、もう一度説明に来るって」
「……うん、多分その話は朝に聞いた」
「そう……そうなのね」
出てきた会話はそこで止まり、空白のような間が流れる。
それでも母さんは何か話そうと口を開いたり閉じたりを繰り返し、父さんは何も言わずにその様子を見ている。
目線は時折僕へと向けられるけど、感情の色は読み取れない。
父さんは、何かを伝えようとしてる。でも、どうしてもそれが言葉にならない。
あるいは、言葉にしないことで、すべてを他人に委ねようとしている――そんなふうにも見えた。
ある程度全員が食べ終わり、ゴミの片付けもし出した頃。
母が声をかけてきた。
「……もう少しだけ、こうしていられるって聞いたの。だから……また来るから」
その声はかすかに揺れていた。
その“また来る”が、次もこうしてご飯を共にするという意味なのか、それとも残り少ない面会のひとつなのか、判断がつかない。
緊張して言葉が足りなくなってきている母さんをみて、父さんがようやく言葉を発した。
「ゆっくり休め。」
それだけだった。
父さんも大概言葉が足りない事を忘れていた。久々の会話からそんな懐かしい気持ちも思い出す。
けど、両親たちの態度やこうした今までならやってこなかった事をするということは。
きっと、この人たちは――
僕の“未来”のことを、もう決めている。
一緒にご飯を食べてるのに、どこか最後であるという意味あいが違ってみえたというか。
まるで、僕のこれからが、すでに“誰かの手で決まっている”みたいに。
きっと二人とも、何が正解かわからないまま、ここに来てくれたのだと思う。
そして、僕自身も、何を言えばいいのか分からなかった。
そうしてぎこちない会話を終了した僕たち家族。
両親が病室を出たあと、僕はなんとも言えない気持ちと違和感を感じたのだ。
新しい制度の説明、同意書、そして“答えを出す”という責任。すべてが現実味を帯びているのに、どこか他人事のような感覚がつきまとって離れない。
起きてから時間は経ったというのに、体が重い。頭もぼんやりしている。
でも、考えないといけない。もう、子供のままじゃいけないから。
そう思っていると、病室のドアが軽くノックされた。
「綾瀬くん、入るわね」
まどかさん――看護師の桐野(きりの)まどかさんは、少し申し訳なさそうに僕の顔をうかがった。
「ご飯を持ってきたの。……ただ、今回は少し違ってて。」
「ご両親も一緒に食事したいと申し出てきたの。
当院としては許可はおりているけど、綾瀬くんは大丈夫?」
そう確認してくれた。この人は看護師の中でも優しい人だと思ってる。他にも優しい人なら居るんだけど、桐野さんは基本的に僕の意見を聞いて叶えてくれようとする。
他の患者からも人気は高いと個人的に思ってる人。
……それに、入院してからの両親はほとんど会いこなかった。だから聞いてくれたんだろう。
「……うん。いいよ」
僕がそう答えると、まどかさんは安心したように微笑んで頷いた。
「わかった。じゃあ、私はこれで。何かあったらナースコール押してね」
そう言って、彼女は病室からご飯ののったトレーを机に置き、静かに姿を消した。
数秒後、両親が揃って部屋に入ってくる。
「おはよう、朔也」
母さんは少しだけ口角を上げながらそう言った。明るく振る舞おうとしているのが見て取れる。
でも、その言葉に乗った声の調子や、ほんの少し泳いだ視線は、どこかよそよそしい。
父さんは「よう」と短く言って、すぐに手に持っていたコンビニの袋をテーブルに置いた。
中には、おにぎりやスープ、サラダにペットボトルの飲み物。どうやら僕の食事とは別に、二人分の軽食も用意してきたらしい。
本当に僕と一緒に食べる気で来たことに少し驚きが隠せなかった。
2人がご飯を取り出していく様子を黙って見ていると、母さんが僕の方を見る。
そしてトレイに乗った僕の食事を確認すると、スプーンに手を伸ばす。
当然の行動に思わず「えっ。」と声が出た。何をしようとしてるか分からなかったから。
けれど「はい、あーん」と言いかけるその動作に、僕は少しだけ肩をすくめて首を振った。
「それはいや、えぇ……。大丈夫だよ。僕、そんな年齢じゃないし」
「……そうよね。ごめんね」
母さんは少し戸惑ったように言ってスプーンを置いた。
その顔にはどこかほっとしたような色も見えた気がする。
自分がやるべき“母親らしいこと”をしたかったのか、それとも僕に断られたことで責任を肩代わりしなくて済んだという安堵か。
多分、どちらも正解なんだろうな。
父さんは無言でスープのフタを開け、ゆっくりとそれを飲み始めている。
誰も特別な話題を持ち出さないまま、時間だけがゆっくりと進んでいく。
それぞれの箸が動き、新たな包装を開ける音が交錯する中、母さんがふと口を開いた。
「そういえば……その、先生が言ってたのよ。近いうちに、もう一度説明に来るって」
「……うん、多分その話は朝に聞いた」
「そう……そうなのね」
出てきた会話はそこで止まり、空白のような間が流れる。
それでも母さんは何か話そうと口を開いたり閉じたりを繰り返し、父さんは何も言わずにその様子を見ている。
目線は時折僕へと向けられるけど、感情の色は読み取れない。
父さんは、何かを伝えようとしてる。でも、どうしてもそれが言葉にならない。
あるいは、言葉にしないことで、すべてを他人に委ねようとしている――そんなふうにも見えた。
ある程度全員が食べ終わり、ゴミの片付けもし出した頃。
母が声をかけてきた。
「……もう少しだけ、こうしていられるって聞いたの。だから……また来るから」
その声はかすかに揺れていた。
その“また来る”が、次もこうしてご飯を共にするという意味なのか、それとも残り少ない面会のひとつなのか、判断がつかない。
緊張して言葉が足りなくなってきている母さんをみて、父さんがようやく言葉を発した。
「ゆっくり休め。」
それだけだった。
父さんも大概言葉が足りない事を忘れていた。久々の会話からそんな懐かしい気持ちも思い出す。
けど、両親たちの態度やこうした今までならやってこなかった事をするということは。
きっと、この人たちは――
僕の“未来”のことを、もう決めている。
一緒にご飯を食べてるのに、どこか最後であるという意味あいが違ってみえたというか。
まるで、僕のこれからが、すでに“誰かの手で決まっている”みたいに。
きっと二人とも、何が正解かわからないまま、ここに来てくれたのだと思う。
そして、僕自身も、何を言えばいいのか分からなかった。
そうしてぎこちない会話を終了した僕たち家族。
両親が病室を出たあと、僕はなんとも言えない気持ちと違和感を感じたのだ。
2
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる