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第1話 夕食を囲む、ずれた家族の時間
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主治医の先生が部屋を出てから、しばらく僕はベッドの上でぼんやりとしていた。
新しい制度の説明、同意書、そして“答えを出す”という責任。すべてが現実味を帯びているのに、どこか他人事のような感覚がつきまとって離れない。
起きてから時間は経ったというのに、体が重い。頭もぼんやりしている。
でも、考えないといけない。もう、子供のままじゃいけないから。
そう思っていると、病室のドアが軽くノックされた。
「綾瀬くん、入るわね」
まどかさん――看護師の桐野(きりの)まどかさんは、少し申し訳なさそうに僕の顔をうかがった。
「ご飯を持ってきたの。……ただ、今回は少し違ってて。」
「ご両親も一緒に食事したいと申し出てきたの。
当院としては許可はおりているけど、綾瀬くんは大丈夫?」
そう確認してくれた。この人は看護師の中でも優しい人だと思ってる。他にも優しい人なら居るんだけど、桐野さんは基本的に僕の意見を聞いて叶えてくれようとする。
他の患者からも人気は高いと個人的に思ってる人。
……それに、入院してからの両親はほとんど会いこなかった。だから聞いてくれたんだろう。
「……うん。いいよ」
僕がそう答えると、まどかさんは安心したように微笑んで頷いた。
「わかった。じゃあ、私はこれで。何かあったらナースコール押してね」
そう言って、彼女は病室からご飯ののったトレーを机に置き、静かに姿を消した。
数秒後、両親が揃って部屋に入ってくる。
「おはよう、朔也」
母さんは少しだけ口角を上げながらそう言った。明るく振る舞おうとしているのが見て取れる。
でも、その言葉に乗った声の調子や、ほんの少し泳いだ視線は、どこかよそよそしい。
父さんは「よう」と短く言って、すぐに手に持っていたコンビニの袋をテーブルに置いた。
中には、おにぎりやスープ、サラダにペットボトルの飲み物。どうやら僕の食事とは別に、二人分の軽食も用意してきたらしい。
本当に僕と一緒に食べる気で来たことに少し驚きが隠せなかった。
2人がご飯を取り出していく様子を黙って見ていると、母さんが僕の方を見る。
そしてトレイに乗った僕の食事を確認すると、スプーンに手を伸ばす。
当然の行動に思わず「えっ。」と声が出た。何をしようとしてるか分からなかったから。
けれど「はい、あーん」と言いかけるその動作に、僕は少しだけ肩をすくめて首を振った。
「それはいや、えぇ……。大丈夫だよ。僕、そんな年齢じゃないし」
「……そうよね。ごめんね」
母さんは少し戸惑ったように言ってスプーンを置いた。
その顔にはどこかほっとしたような色も見えた気がする。
自分がやるべき“母親らしいこと”をしたかったのか、それとも僕に断られたことで責任を肩代わりしなくて済んだという安堵か。
多分、どちらも正解なんだろうな。
父さんは無言でスープのフタを開け、ゆっくりとそれを飲み始めている。
誰も特別な話題を持ち出さないまま、時間だけがゆっくりと進んでいく。
それぞれの箸が動き、新たな包装を開ける音が交錯する中、母さんがふと口を開いた。
「そういえば……その、先生が言ってたのよ。近いうちに、もう一度説明に来るって」
「……うん、多分その話は朝に聞いた」
「そう……そうなのね」
出てきた会話はそこで止まり、空白のような間が流れる。
それでも母さんは何か話そうと口を開いたり閉じたりを繰り返し、父さんは何も言わずにその様子を見ている。
目線は時折僕へと向けられるけど、感情の色は読み取れない。
父さんは、何かを伝えようとしてる。でも、どうしてもそれが言葉にならない。
あるいは、言葉にしないことで、すべてを他人に委ねようとしている――そんなふうにも見えた。
ある程度全員が食べ終わり、ゴミの片付けもし出した頃。
母が声をかけてきた。
「……もう少しだけ、こうしていられるって聞いたの。だから……また来るから」
その声はかすかに揺れていた。
その“また来る”が、次もこうしてご飯を共にするという意味なのか、それとも残り少ない面会のひとつなのか、判断がつかない。
緊張して言葉が足りなくなってきている母さんをみて、父さんがようやく言葉を発した。
「ゆっくり休め。」
それだけだった。
父さんも大概言葉が足りない事を忘れていた。久々の会話からそんな懐かしい気持ちも思い出す。
けど、両親たちの態度やこうした今までならやってこなかった事をするということは。
きっと、この人たちは――
僕の“未来”のことを、もう決めている。
一緒にご飯を食べてるのに、どこか最後であるという意味あいが違ってみえたというか。
まるで、僕のこれからが、すでに“誰かの手で決まっている”みたいに。
きっと二人とも、何が正解かわからないまま、ここに来てくれたのだと思う。
そして、僕自身も、何を言えばいいのか分からなかった。
そうしてぎこちない会話を終了した僕たち家族。
両親が病室を出たあと、僕はなんとも言えない気持ちと違和感を感じたのだ。
新しい制度の説明、同意書、そして“答えを出す”という責任。すべてが現実味を帯びているのに、どこか他人事のような感覚がつきまとって離れない。
起きてから時間は経ったというのに、体が重い。頭もぼんやりしている。
でも、考えないといけない。もう、子供のままじゃいけないから。
そう思っていると、病室のドアが軽くノックされた。
「綾瀬くん、入るわね」
まどかさん――看護師の桐野(きりの)まどかさんは、少し申し訳なさそうに僕の顔をうかがった。
「ご飯を持ってきたの。……ただ、今回は少し違ってて。」
「ご両親も一緒に食事したいと申し出てきたの。
当院としては許可はおりているけど、綾瀬くんは大丈夫?」
そう確認してくれた。この人は看護師の中でも優しい人だと思ってる。他にも優しい人なら居るんだけど、桐野さんは基本的に僕の意見を聞いて叶えてくれようとする。
他の患者からも人気は高いと個人的に思ってる人。
……それに、入院してからの両親はほとんど会いこなかった。だから聞いてくれたんだろう。
「……うん。いいよ」
僕がそう答えると、まどかさんは安心したように微笑んで頷いた。
「わかった。じゃあ、私はこれで。何かあったらナースコール押してね」
そう言って、彼女は病室からご飯ののったトレーを机に置き、静かに姿を消した。
数秒後、両親が揃って部屋に入ってくる。
「おはよう、朔也」
母さんは少しだけ口角を上げながらそう言った。明るく振る舞おうとしているのが見て取れる。
でも、その言葉に乗った声の調子や、ほんの少し泳いだ視線は、どこかよそよそしい。
父さんは「よう」と短く言って、すぐに手に持っていたコンビニの袋をテーブルに置いた。
中には、おにぎりやスープ、サラダにペットボトルの飲み物。どうやら僕の食事とは別に、二人分の軽食も用意してきたらしい。
本当に僕と一緒に食べる気で来たことに少し驚きが隠せなかった。
2人がご飯を取り出していく様子を黙って見ていると、母さんが僕の方を見る。
そしてトレイに乗った僕の食事を確認すると、スプーンに手を伸ばす。
当然の行動に思わず「えっ。」と声が出た。何をしようとしてるか分からなかったから。
けれど「はい、あーん」と言いかけるその動作に、僕は少しだけ肩をすくめて首を振った。
「それはいや、えぇ……。大丈夫だよ。僕、そんな年齢じゃないし」
「……そうよね。ごめんね」
母さんは少し戸惑ったように言ってスプーンを置いた。
その顔にはどこかほっとしたような色も見えた気がする。
自分がやるべき“母親らしいこと”をしたかったのか、それとも僕に断られたことで責任を肩代わりしなくて済んだという安堵か。
多分、どちらも正解なんだろうな。
父さんは無言でスープのフタを開け、ゆっくりとそれを飲み始めている。
誰も特別な話題を持ち出さないまま、時間だけがゆっくりと進んでいく。
それぞれの箸が動き、新たな包装を開ける音が交錯する中、母さんがふと口を開いた。
「そういえば……その、先生が言ってたのよ。近いうちに、もう一度説明に来るって」
「……うん、多分その話は朝に聞いた」
「そう……そうなのね」
出てきた会話はそこで止まり、空白のような間が流れる。
それでも母さんは何か話そうと口を開いたり閉じたりを繰り返し、父さんは何も言わずにその様子を見ている。
目線は時折僕へと向けられるけど、感情の色は読み取れない。
父さんは、何かを伝えようとしてる。でも、どうしてもそれが言葉にならない。
あるいは、言葉にしないことで、すべてを他人に委ねようとしている――そんなふうにも見えた。
ある程度全員が食べ終わり、ゴミの片付けもし出した頃。
母が声をかけてきた。
「……もう少しだけ、こうしていられるって聞いたの。だから……また来るから」
その声はかすかに揺れていた。
その“また来る”が、次もこうしてご飯を共にするという意味なのか、それとも残り少ない面会のひとつなのか、判断がつかない。
緊張して言葉が足りなくなってきている母さんをみて、父さんがようやく言葉を発した。
「ゆっくり休め。」
それだけだった。
父さんも大概言葉が足りない事を忘れていた。久々の会話からそんな懐かしい気持ちも思い出す。
けど、両親たちの態度やこうした今までならやってこなかった事をするということは。
きっと、この人たちは――
僕の“未来”のことを、もう決めている。
一緒にご飯を食べてるのに、どこか最後であるという意味あいが違ってみえたというか。
まるで、僕のこれからが、すでに“誰かの手で決まっている”みたいに。
きっと二人とも、何が正解かわからないまま、ここに来てくれたのだと思う。
そして、僕自身も、何を言えばいいのか分からなかった。
そうしてぎこちない会話を終了した僕たち家族。
両親が病室を出たあと、僕はなんとも言えない気持ちと違和感を感じたのだ。
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