愛玩パラノイア 〜今世、飼うか飼われるか〜

BAD-FACE

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第5話 食えない牧師と愛猫家

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「はいはい、いつものね」

ジズからの催促に、ベヘモットが呆れたように顎を動かす。使い魔たちがサーブを始めた。

コルク栓の抜かれる、小気味よい音が響く。
ワインがグラスに注がれ、ケーキカバーが開けられる。顔を覗かせたのは黒いザッハトルテだ。

夜の水面のように艶めくグラサージュの上には、相変わらずの金箔がきらめいている。ベヘモットの趣味なのだろう。流石のレヴィも見慣れてきた。

ベヘモットは金色のフォークを一つ取ると、ケーキ皿に添えてレヴィへ差し出す。

「レヴィも適当に食べてて良いよ。コイツの話、長いから」

正直、あんな果物を食べたばかりで食欲は湧かないが……。レヴィは黙って斜め横のソファへ座り、耳を澄ませる。

ジズと名乗る魔族。
彼の話から、何か情報を得られるかもしれない。

「貴方の話だって、オチも無いのに無駄に冗長でしょう?」

ジズが軽口を返す。

「ほら、あの……お気に入りの彫刻についての、一方的な惚気話ですとか」

「そうだっけ?」

ベヘモットはしらばっくれながら、ケーキを口に運ぶ。

ジズもグラスを手に取った。赤いワインが、グラスの中で揺れる。

しかし――

(あの頭、擬態だとするなら……
どうやって飲むんだ?)

レヴィは抑えられぬ好奇心から、こっそりとジズの動きを観察した。彼がペストマスクを外す様子は、ない。

そして次の瞬間。奇妙な光景を目にすることになる。

グラスのワインが、ひとりでに波打ち始めた。まるで見えない何かが吸い上げているかのように、液面が不自然に揺れ動く。そして、ワインが減っていくのと同時に――

レンズ越しに見える景色が、赤い海の如く波打った。

レンズの奥で、赤い液体がジャブジャブと揺れている。ペストマスクの内側が……ワインで満たされていくかのように。

およそ、中には――…
『人間らしい頭部など入っていない』
ことが察せられる、おぞましい光景。

レヴィは、顔が引きつるのを感じた。

高位魔族が奇妙な擬態をするという話は、スカラー時代に文献で読んだことがある。しかし、実際目の当たりにすると……奇怪な見世物を見てしまったかのような感覚に陥る。

ベヘモットとジズは、まるで人間の友人同士のように……世間話をし、軽口を叩き合う。しかし時折混じる内容は、明らかに人外のものだった。

「最近……君のほうの街、移住者増えたよねぇ。例の鉱山開発?」


「ええ。お砂場遊びをなさるのは結構なんですが……無茶は程々にして頂きたいものです。診察しようにも、手遅れでした――なんてケースが多すぎる」

……診察?

レヴィは眉をひそめた。魔族が人間を診察するとは、どういう意味か。

「壊れたパーツだけ持ち込まれましても……ねぇ?手の施しようがないんですよ。まっ、残留生気は頂きますし。埋葬のお手伝いくらいなら、承りますが」

「ははは……でも君は儲かるし、いいんじゃない?」

「儲かるのは生気だけです。
金銭面では赤字ですよ、赤字。
貧しい患者も断わらぬ主義でやって参りましたが……んん、理想は程々にすべきでした。従業員に払う金くらいは……確保しておきませんと」

レヴィは悟った。魔族が――医者のふりをして、市中に溶け込んで暮らしているのだ。もしかすると、レヴィが過去、世話になった医師の中にも……そんな奴が紛れていたかもしれない。

ベヘモットが思い出したように、グラスを揺らしながら言う。

「こないださ、君の患者が一人。僕の縄張りに迷い込んできてたよ」

「ああ、あの方ですか。申し訳ない」

「別にいいけど。もう骨と皮だけだったし」

「ええ、末期でしたからね。せめて苦痛なく看取って差し上げたいと思いまして」

看取る。その言葉の裏に潜む意味を、レヴィは察した。恐らくは、生気を吸い尽くすことの婉曲表現だろう。

「ただ……あのお薬は失敗でした。痛みは軽減されたようですが、足取りまで軽くなられて……」

「脱走しちゃったかー……」

「折角、フワフワのベッドに寝かしつけて差し上げたのに。最期の場所として、あのような廃村を選ぶとは……人間の帰巣本能も侮れませんね」

探る視線を気取られないように。  
レヴィは時折、手つかずの皿のケーキのコーティングに映った景色へと、視線を落としつつも。二人の会話に耳を傾け続けた。

「そういえば北の教会の結界も、最近弱ってるよね。数年前張り直したばっかりじゃない?」

「司祭が代替わりしたそうで。若い方はどうも術式が甘くて、助かります」

「……どうする?押さえておく?
お祭りの日とか、人も集まるし丁度良いよね」

「もう少々、外堀を埋めてからでもよろしいのでは?こちらが手を汚すより、自滅を狙ったほうが――…」

不穏な会話が続いている。レヴィがフォークを握りしめた、その時……

「ところで」

ジズがグラスを置き、レヴィの方を向いた。

「レヴィ嬢は、魔術師でいらっしゃった……とか?」

丁寧だが、どこか値踏みするような口調だ。

「ああ。……別に辞めたつもりはない。
魔術学会所属のスカラーだ」

「ほう、それは素晴らしい。
どのような研究を?」

ジズの声音は、どうも本心ではなさそうだ。

「特に変わったことはない。
魔導薬の調合や、魔族への対抗術式の構築。その辺の魔術師なら……誰でもやっていることだ」

あえて挑発的に答えると、ジズは愉快そうに笑った。

「コココ……それはそれは。私どもにとっては少々、物騒なお話ですねぇ」

鳥のような笑い声が、応接間に響く。  

「ですが、今はこうして仲良く茶飲み話。世の中、分からないものです」

ベヘモットが横から口を挟む。

「レヴィはね、ペットや使い魔じゃなくて……僕の新しい愛人なんだ。それならいいでしょ?」

「なるほど。愛人、ですか」

『それならいい』とは、一体どこへ向けた了解であるのか。レヴィにはやや話が見えてこない。

ジズのレンズが、意味ありげに光る。

「まあ……貴方にしては、随分と」

言いかけて、言葉を切る。そして優雅に肩を竦めた。

「いえ、失礼。お似合いだと思いますよ」

嘘だ、とレヴィは直感した。この魔族は、何か別のことを考えている。

「それにしても全く、平和な時代になりましたね」

ジズは皮肉を込めて呟く。

「つい数百年前であれば――…
貴女様のような方は立派な『魔女』ですよ。

手頃な良く効く薬なんぞ拵え、魔族を退け。
『許可なく人間を救えば』――

安っぽい奇跡を行使した者として、教会にも目の敵にされ……めでたく村八分コースでしたのに」

どこか遠い目でもするかのように。ペストマスクを軽く上に向け、虚空を眺めている。

「それが今や学士様とは。烙印も鞭打ち痕もなく。綺麗なお身体のまま……今まで生きてこられたのでしょう?結構なことです」

「うん。お肌きれいだったよ」

にへら、とベヘモットが嬉しそうに答える。

「貴様……」

暗に裸体を見たことを仄めかされる。この前も、寝ている間に着替えさせられていたから当然なのだが。その悪びれもしない態度に、レヴィは苛立ちを覚えた。

「レヴィ嬢?
よく覚えておくことです。教会の掌は気まぐれですよ。なにせ、寿命も数十年しかない小童共が、コロコロ代替わりして経営しているのですからねぇ……

その点、魔族は信頼できますよ?」

ジズは膝の上で長い指を組み、商談めいた姿勢で語りかけてくる。

「何が言いたい」

「ですから――
その聡明なオツムで考えてごらんなさいな。
長い間、世俗を俯瞰してきた我々と、目先の利益に釘付けだった聖職者ども。
真に教えを乞うべきは、どちらなのか……とね」

「……医者のフリをして、人間の生気を掠め取っているような奴と、仲良くしろと?」

レヴィは鋭く睨み返した。

「ホホホ、随分な褒め言葉ですこと。
誤解なさらないで下さい。彼等は、私が囲ってやらねば……金もなく、道端で鴉に突かれ、余命数日で野垂れ死んでいたような見切り品です」

ジズの不穏なセールストークは続く。

「私は迷える子羊を連れ帰り。苦痛を癒やし。終の棲家を提供し。そして……
彼等が儲けた分の『お命』から、無理のない範囲でマージンを頂戴しているだけです。

効くかも分からぬ、お高い免罪符にベットするよりも――よほど、堅実な余生だとは思いませんか?」

「十分掠め取っているではないか……」

完全に人間を家畜扱いしている。  
だが何も知らぬ市民の目には、ジズは……慈善事業に勤しむ、立派な医者として映ることだろう。

タダより高いものはない――患者は知らぬ間に、魔族の食卓に寝かされ、残り僅かな命を啜られていくのだ。

レヴィが身構えると――
ベヘモットが急に眉を吊り上げ、言った。

「もージズ? そのくらいにしてよ。
僕のレヴィにゃんが怖がってる」

「は?」

耳を疑った。
自分の名前に、これまで経験したことのない、不釣り合いな接尾辞がついている。

「『レヴィにゃん』……?
ほう……?」

ジズも、ベヘモットの言葉を反復し、二度見するようにペストマスクの嘴をレヴィの方へチラチラ向ける。まるで『普段はそう呼び合っておられるんですか?』と面白がるかのように。

「ち、違うぞ!
おい、やめろベヘモット! 誤解されるだろ!」

レヴィは慌てて、ベヘモットに向かって吠えた。

「そろそろ僕のことも、『ご主人様』って呼んでくれないかなぁ……レヴィにゃん……」

ベヘモットは否定せず、さらに欲望をこぼす。
拾ってきた、なかなか甘えてくれない元野良猫に対して、穏やかに見守るような目で。

「私も『先生』と呼ばれると、愚かな人間共にも優しくしてやるか~という……仏の如き気持ちが芽生えて参ります。不思議ですよねぇ」

ジズは脚を組み、気怠くワイングラスを揺らす。言葉は辛辣だが、その声音には奇妙な愛着が込もっていた。
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