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第一章 不帰の森
襲撃者、或いは守護者(其の二)※R15
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※戦闘シーンにつき、R15程度の残酷・流血描写がございます。
人間たちが仲間同士で言い争っている隙をつき、青年は一旦暗がりへと退却した。不甲斐ないことだが、あの二者を同時に相手取るのは少々荷が重い。彼としてはどうにか引き離して、各個撃破する算段をつけたいところだ。
「長剣の奴、ありゃかなり場馴れしてやがるな。やっぱおびき寄せるなら髭の方か。上手いこと乗せりゃあ、向こうから飛び込んできてくれるだろうが……」
その前に。と口の中で呟き、正面の幹を素早く回り込む。カカッと乾いた音が続き、一瞬前まで彼の背があった場所に細い矢が二本突き立った。
「ビビって逃げたわけじゃねえ、ってか」
射掛けてきたのはもちろん、闇の中で獲りこぼしたあの弓使いだ。樹皮を裂いて食い込む鏃を注視し、距離と方角の見当をつける。遮蔽物の多いこの場所でなら、さほど離れることはできないはず。
「射ってきたのは東の……っうぉ!? 危ねぇ!」
刺さった矢の角度から射手の位置を割り出そうとした途端、第二射の襲撃を受ける。咄嗟に身を屈めてやり過ごしたが、頭上を抜ける風切り音は、彼の背すじに薄ら寒いものを残していった。
そしてそれはまたしても、背後からの射撃だったのだ。
「ウソだろ……この俺が二回も背中を」
青年が掠れ声で呻いたのとほぼ同時。彼が目をつけていたまさにその場所で、茂みが不自然にガサガサと揺れる。
風はない。
どう考えても、何者かがそこを通り抜けようとしている。迷いの感じられないその音は、まるで彼と同じく獲物が見えているかのようだった。
「……面白くなってきやがった」
今は彼自身が"狩られる側"。
そう認識を改めた青年は焦りを見せるどころか、ひどく愉しげに口端を吊り上げる。白刃の上で踊るような高揚感は、久しく得られなかったものだ。
一陣の風が鋭く大気を裂いて迫る。またしても背後を狙って。さすがに三度も続けば青年も慣れたもので、音を頼りに危なげなく躱してみせる。
四射目、五射目も余裕の表情。初手は思わず驚いてしまったが、落ち着いて見れば急所を狙うほどの腕でもなさそうだ。とはいえ、毎度背後を狙われるというのも気分のいいものではない。
「とっととこのカラクリを暴いて……っとぉ?」
一歩、二歩――すり足で後じさる彼の背が、ふいに何かにぶつかった。振り向けば、立派な巨木が行く手を阻んでいる。先程進行方向を確認した時には確かに、何も無かったはずだ。
「っんだよ、邪魔すんな!」
青年はその木に向かって、というより森を見渡すようにして、抗議の言葉を吐き捨てた。奇妙な現象に恐怖を抱いた様子もない。むしろその口調は、気安い仲間にかけるもののようだ。
だが、そんなひと幕にも狙撃手の矢は容赦なく降り注ぐ。彼は更に後退するため、障害物を回り込まんとゴツゴツした樹皮に手をかけて――付着した粉末に、気付いた。
「……へえ。そういうことかい」
―※―
焚火が不自然な消え方をした後、射手のエムは二人の仲間から危ういところを救われた。
一人は帝都から来たという神秘学者だ。確かブレイクという名だったか。視覚の一切が閉ざされた真闇の中、彼は機転を利かせて"輝螢石"を辺りにぶちまけた。それは自らほのかに発光する希少な宝石で、この依頼の報酬になる予定のものだ。
高価な石を捨てるような真似は滅多な人間では思いつくものではない。もちろん照明としては不十分だが、それでもエムはこの僅かな明かりのおかげで迫る凶刃を認識することができたのだ。
加えてもう一人。
敵を視認することはできたが、距離を詰められすぎている。このままでは斬られる――そう覚悟を決めた時、一陣の剣風が舞い込んできた。
「させるかよ!」
頼もしいダミ声と共に敵の刃を弾いたのは、道中で仲間に引き入れた薄汚い傭兵くずれだった。自身も雇われの身でありながら、内心でそいつを見下していたのは認める。せいぜい盾か囮程度には役立つんじゃないかと目していた者に、よもや生命を救われるとは。
「……援護、頼んだぜ。弓の名手さんよ」
「……!」
敵の視線を遮るように立ち塞がり、髭面の傭兵は彼だけに聞こえるよう低く鋭く囁いた。
直後、派手な雄叫びと共に曲剣が唸る。襲撃者は傭兵――オゾラの気迫に押されて防戦に回らざるを得なくなったようだ。金属を何度も叩きつける音、下生えを踏み散らして土を蹴立てる音。間を置かず隊長も加勢し、戦局はさらに慌ただしいものとなる。
死闘のさなかにある三対の眼は、ひとつたりとて無力な射手など写してなどいなかった。
この機会、活かさぬ手は無い。
激しい剣戟にくるりと背を向け、エムは一目散に燐光の届かぬ木立の闇へと躍りこんだ。その姿は、眼前の戦いに恐れおののいて無様に逃げ出したように見えるだろう。否、剣を交える三者は、そんな些事など気にかけてもいまい。
彼の狙いはまさにそれ――戦場にあって透明であることだった。
「さあ……狩りを始めようか」
より暗い方へと歩きながら、エムは首に掛けていたゴーグルを装着した。それには特殊な魔術が付与されており、あるものとひと揃いで効果を発揮するものだ。
準備は既に整っている。撤退のどさくさに紛れて投擲した小袋は問題なく敵の背中に命中した。相手は目の前の戦いに夢中で、気づかれた様子もない。
あとは、待つだけ。
闇の奥から輝螢石の撒かれた場所を臨み、手頃な樹木の陰に隠れて息を潜める。隊長とオゾラが片付けてくれるなら、それで構わない。自分の役割は、敵が木立へ逃げ込んでくれば仕留めること。もし仮に二人がやられてしまったならば――すぐに後を追わされるだけだ。
「どう出る……?」
握りを持つ手に力が篭もる。微かに聞こえる剣戟から狙撃に適したポイントを割り出し、じっとその時を待った。
「……来たッ!」
広場を正面に見据えて待つ彼の視界を、左手へ飛び出しゆく影がある。仔細な特徴は闇に溶けて判じないが、それが仲間でないということだけはすぐに分かった。
細く長く息を吸って、吐いて。
集中。
黒く塗り潰した鏃に感覚を預け、弦を引き絞る。
「……」
敵は既に、密集した闇に身を投じている。目を離したつもりはなかったが、肉眼で捉えることはもはや不可能だ。
そう――"肉眼ならば"。
漆黒の帷の中、魔術のレンズを通した先。緑がかった輝きがひらり、翻る。認めた瞬間、エムはつがえていた二本の矢をそれへ向けて同時に放った。
音もなく輝点が消える。倒したか、それとも単に角度が変わっただけか。じっと目を凝らしていると、それは何事も無かったように元の位置に立つ。
射手に気づいた様子は、まだない。
「――ッ!」
噛みしめた奥歯の間から鋭く呼気を爆ぜさせ、次の矢を放つ。狙いは目印のやや上、つまり"頭部があるべき場所"だ。
エムは勝利を確信した。至近ではないにしろ、人間が反応できる距離ではない。振り向く前に頭を射抜かれて即死のはず。
しかし。
「っうぉ!? 危ねぇ!」
――避けられた!?
狼狽の声に、驚いたのはむしろエムの方だ。
「ヒト……ではない、のか? いや、今はそれどころでは」
長くひとところに留まれば、居場所が知れる。エムは狙撃ポイントを変更すべく、慎重に移動を開始した。なるべく音を立てぬよう一度踏み固めた跡を通ったつもりだが、なぜか低木の茂みに突っ込んでしまう。不本意にもガサガサと自身の居所を敵に教えながら位置を変えつつ、ゴーグルが示す輝き目掛けて三射、四射、五射と立て続けに矢を放った。
「くそ、順応が早い」
倒れる気配のない輝きに焦りを感じながらも、エムは努めて冷静に次の矢をつがえる。矢筒に残る本数は心許ないが、吝嗇なことを言ってはいられない。全て撃ち尽くしてでもあのヒトモドキは仕留めておかねばならぬと、彼の本能がそう告げるのだ。
落ち着け。まだ機会はある――そう自身に言い聞かせたまさにその時。
胸の内を嗤うように、光塊がふたつに分かれた。とはいえ、片方はもとのものに比べてひと回りほど小さい。
「木にでもぶつかったか……これだけ密集していれば、それも仕方ない」
乱戦の中で襲撃者の背にぶつけたのは、単体では全く無害な粉末だ。しかし魔術加工を施されたゴーグルを通して見れば、それはまばゆく輝く目印となる。唯一の難点は定着力が弱く、擦ったり強く押し付けたりすれば写ってしまうこと。だがそれも、エムほどの射手であれば問題にもならない。
はずだった。
「……止まっている?」
油断なく弓を構え、じりじりと接近しながら、エムはふと疑問を口にした。つい先ほどまでチョロチョロと逃げ回っていた敵が、木にぶつかったと思しき場所からほとんど移動していない。ゆらり、ゆらりと光をはためかせ、その場で身を揺するように。
それは挑発か、それとも余裕の表れか。
「いや……」
何かがおかしい。
レンズに狭められた視界の中心で、大ぶりな輝点がこれみよがしに揺らめいている。お前の獲物はここにいるぞと、満面の笑みで誘うように。
「……!!」
突然、彼は弾かれたように残り少ない矢をつがえた。全く同じ軌道で三度射られた矢は、恐ろしく正確に目印を射抜き、
布地を跳ね上げて、闇の奥へ吸い込まれてゆく。
「なにっ……!」
その光景に弓を下ろし、そしてようやく違和感の正体に気づいてしまった。
「まさか、脱いだ服を囮に……」
「ご明察だ」
正答を口にしかけたエムの耳裏を、記憶にない若者の声がくすぐった。
悲鳴か罵声か、それとも仲間への警告か。
飛び出しかけたそれがいずれであるかも自認できぬまま。口を塞がれた彼が最期に感じたのは、喉を一文字に掻き切る鋭い熱のすじだった。
人間たちが仲間同士で言い争っている隙をつき、青年は一旦暗がりへと退却した。不甲斐ないことだが、あの二者を同時に相手取るのは少々荷が重い。彼としてはどうにか引き離して、各個撃破する算段をつけたいところだ。
「長剣の奴、ありゃかなり場馴れしてやがるな。やっぱおびき寄せるなら髭の方か。上手いこと乗せりゃあ、向こうから飛び込んできてくれるだろうが……」
その前に。と口の中で呟き、正面の幹を素早く回り込む。カカッと乾いた音が続き、一瞬前まで彼の背があった場所に細い矢が二本突き立った。
「ビビって逃げたわけじゃねえ、ってか」
射掛けてきたのはもちろん、闇の中で獲りこぼしたあの弓使いだ。樹皮を裂いて食い込む鏃を注視し、距離と方角の見当をつける。遮蔽物の多いこの場所でなら、さほど離れることはできないはず。
「射ってきたのは東の……っうぉ!? 危ねぇ!」
刺さった矢の角度から射手の位置を割り出そうとした途端、第二射の襲撃を受ける。咄嗟に身を屈めてやり過ごしたが、頭上を抜ける風切り音は、彼の背すじに薄ら寒いものを残していった。
そしてそれはまたしても、背後からの射撃だったのだ。
「ウソだろ……この俺が二回も背中を」
青年が掠れ声で呻いたのとほぼ同時。彼が目をつけていたまさにその場所で、茂みが不自然にガサガサと揺れる。
風はない。
どう考えても、何者かがそこを通り抜けようとしている。迷いの感じられないその音は、まるで彼と同じく獲物が見えているかのようだった。
「……面白くなってきやがった」
今は彼自身が"狩られる側"。
そう認識を改めた青年は焦りを見せるどころか、ひどく愉しげに口端を吊り上げる。白刃の上で踊るような高揚感は、久しく得られなかったものだ。
一陣の風が鋭く大気を裂いて迫る。またしても背後を狙って。さすがに三度も続けば青年も慣れたもので、音を頼りに危なげなく躱してみせる。
四射目、五射目も余裕の表情。初手は思わず驚いてしまったが、落ち着いて見れば急所を狙うほどの腕でもなさそうだ。とはいえ、毎度背後を狙われるというのも気分のいいものではない。
「とっととこのカラクリを暴いて……っとぉ?」
一歩、二歩――すり足で後じさる彼の背が、ふいに何かにぶつかった。振り向けば、立派な巨木が行く手を阻んでいる。先程進行方向を確認した時には確かに、何も無かったはずだ。
「っんだよ、邪魔すんな!」
青年はその木に向かって、というより森を見渡すようにして、抗議の言葉を吐き捨てた。奇妙な現象に恐怖を抱いた様子もない。むしろその口調は、気安い仲間にかけるもののようだ。
だが、そんなひと幕にも狙撃手の矢は容赦なく降り注ぐ。彼は更に後退するため、障害物を回り込まんとゴツゴツした樹皮に手をかけて――付着した粉末に、気付いた。
「……へえ。そういうことかい」
―※―
焚火が不自然な消え方をした後、射手のエムは二人の仲間から危ういところを救われた。
一人は帝都から来たという神秘学者だ。確かブレイクという名だったか。視覚の一切が閉ざされた真闇の中、彼は機転を利かせて"輝螢石"を辺りにぶちまけた。それは自らほのかに発光する希少な宝石で、この依頼の報酬になる予定のものだ。
高価な石を捨てるような真似は滅多な人間では思いつくものではない。もちろん照明としては不十分だが、それでもエムはこの僅かな明かりのおかげで迫る凶刃を認識することができたのだ。
加えてもう一人。
敵を視認することはできたが、距離を詰められすぎている。このままでは斬られる――そう覚悟を決めた時、一陣の剣風が舞い込んできた。
「させるかよ!」
頼もしいダミ声と共に敵の刃を弾いたのは、道中で仲間に引き入れた薄汚い傭兵くずれだった。自身も雇われの身でありながら、内心でそいつを見下していたのは認める。せいぜい盾か囮程度には役立つんじゃないかと目していた者に、よもや生命を救われるとは。
「……援護、頼んだぜ。弓の名手さんよ」
「……!」
敵の視線を遮るように立ち塞がり、髭面の傭兵は彼だけに聞こえるよう低く鋭く囁いた。
直後、派手な雄叫びと共に曲剣が唸る。襲撃者は傭兵――オゾラの気迫に押されて防戦に回らざるを得なくなったようだ。金属を何度も叩きつける音、下生えを踏み散らして土を蹴立てる音。間を置かず隊長も加勢し、戦局はさらに慌ただしいものとなる。
死闘のさなかにある三対の眼は、ひとつたりとて無力な射手など写してなどいなかった。
この機会、活かさぬ手は無い。
激しい剣戟にくるりと背を向け、エムは一目散に燐光の届かぬ木立の闇へと躍りこんだ。その姿は、眼前の戦いに恐れおののいて無様に逃げ出したように見えるだろう。否、剣を交える三者は、そんな些事など気にかけてもいまい。
彼の狙いはまさにそれ――戦場にあって透明であることだった。
「さあ……狩りを始めようか」
より暗い方へと歩きながら、エムは首に掛けていたゴーグルを装着した。それには特殊な魔術が付与されており、あるものとひと揃いで効果を発揮するものだ。
準備は既に整っている。撤退のどさくさに紛れて投擲した小袋は問題なく敵の背中に命中した。相手は目の前の戦いに夢中で、気づかれた様子もない。
あとは、待つだけ。
闇の奥から輝螢石の撒かれた場所を臨み、手頃な樹木の陰に隠れて息を潜める。隊長とオゾラが片付けてくれるなら、それで構わない。自分の役割は、敵が木立へ逃げ込んでくれば仕留めること。もし仮に二人がやられてしまったならば――すぐに後を追わされるだけだ。
「どう出る……?」
握りを持つ手に力が篭もる。微かに聞こえる剣戟から狙撃に適したポイントを割り出し、じっとその時を待った。
「……来たッ!」
広場を正面に見据えて待つ彼の視界を、左手へ飛び出しゆく影がある。仔細な特徴は闇に溶けて判じないが、それが仲間でないということだけはすぐに分かった。
細く長く息を吸って、吐いて。
集中。
黒く塗り潰した鏃に感覚を預け、弦を引き絞る。
「……」
敵は既に、密集した闇に身を投じている。目を離したつもりはなかったが、肉眼で捉えることはもはや不可能だ。
そう――"肉眼ならば"。
漆黒の帷の中、魔術のレンズを通した先。緑がかった輝きがひらり、翻る。認めた瞬間、エムはつがえていた二本の矢をそれへ向けて同時に放った。
音もなく輝点が消える。倒したか、それとも単に角度が変わっただけか。じっと目を凝らしていると、それは何事も無かったように元の位置に立つ。
射手に気づいた様子は、まだない。
「――ッ!」
噛みしめた奥歯の間から鋭く呼気を爆ぜさせ、次の矢を放つ。狙いは目印のやや上、つまり"頭部があるべき場所"だ。
エムは勝利を確信した。至近ではないにしろ、人間が反応できる距離ではない。振り向く前に頭を射抜かれて即死のはず。
しかし。
「っうぉ!? 危ねぇ!」
――避けられた!?
狼狽の声に、驚いたのはむしろエムの方だ。
「ヒト……ではない、のか? いや、今はそれどころでは」
長くひとところに留まれば、居場所が知れる。エムは狙撃ポイントを変更すべく、慎重に移動を開始した。なるべく音を立てぬよう一度踏み固めた跡を通ったつもりだが、なぜか低木の茂みに突っ込んでしまう。不本意にもガサガサと自身の居所を敵に教えながら位置を変えつつ、ゴーグルが示す輝き目掛けて三射、四射、五射と立て続けに矢を放った。
「くそ、順応が早い」
倒れる気配のない輝きに焦りを感じながらも、エムは努めて冷静に次の矢をつがえる。矢筒に残る本数は心許ないが、吝嗇なことを言ってはいられない。全て撃ち尽くしてでもあのヒトモドキは仕留めておかねばならぬと、彼の本能がそう告げるのだ。
落ち着け。まだ機会はある――そう自身に言い聞かせたまさにその時。
胸の内を嗤うように、光塊がふたつに分かれた。とはいえ、片方はもとのものに比べてひと回りほど小さい。
「木にでもぶつかったか……これだけ密集していれば、それも仕方ない」
乱戦の中で襲撃者の背にぶつけたのは、単体では全く無害な粉末だ。しかし魔術加工を施されたゴーグルを通して見れば、それはまばゆく輝く目印となる。唯一の難点は定着力が弱く、擦ったり強く押し付けたりすれば写ってしまうこと。だがそれも、エムほどの射手であれば問題にもならない。
はずだった。
「……止まっている?」
油断なく弓を構え、じりじりと接近しながら、エムはふと疑問を口にした。つい先ほどまでチョロチョロと逃げ回っていた敵が、木にぶつかったと思しき場所からほとんど移動していない。ゆらり、ゆらりと光をはためかせ、その場で身を揺するように。
それは挑発か、それとも余裕の表れか。
「いや……」
何かがおかしい。
レンズに狭められた視界の中心で、大ぶりな輝点がこれみよがしに揺らめいている。お前の獲物はここにいるぞと、満面の笑みで誘うように。
「……!!」
突然、彼は弾かれたように残り少ない矢をつがえた。全く同じ軌道で三度射られた矢は、恐ろしく正確に目印を射抜き、
布地を跳ね上げて、闇の奥へ吸い込まれてゆく。
「なにっ……!」
その光景に弓を下ろし、そしてようやく違和感の正体に気づいてしまった。
「まさか、脱いだ服を囮に……」
「ご明察だ」
正答を口にしかけたエムの耳裏を、記憶にない若者の声がくすぐった。
悲鳴か罵声か、それとも仲間への警告か。
飛び出しかけたそれがいずれであるかも自認できぬまま。口を塞がれた彼が最期に感じたのは、喉を一文字に掻き切る鋭い熱のすじだった。
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