灯 不器用父さんの反省記

雨実 和兎

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「アイデンティティー」3

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 数日後。
 いつものように夕方迄働き、仕事を辞めた俺は先輩夫婦に給料袋を手渡し今日迄のお礼を告げた。

「あんたが働いて得たお金なんやから、そんな気使わんでいいのに」

「他の仕事探して、そのままおればええやん」と先輩夫婦は引き止めるが、そんな気にはなれなかった。

 格好つけたかったというのも有ったし、何より大人の世界に脚を踏み入れ自分も強くなったと思いあがっていた。
 此所でやっていけたのだから、もう何処に行って何をしてもやっていけるだろうと。

 渡した金額は給料の末払い分も含めると二十万近くだったので自分にとっても大きかったが、
 だからこそ恩返しとしての価値が有ると思えた。

「今から帰るって、給料全部渡して電車賃はどうすんの?」

「手持ちで・・・」

「そんなん足りる訳ないやろ、せめてこれくらいは持っとき」

 格好つけようとしても終始こんな調子で考え無しなのだから、子供だと認めざるを得ない。
 とくに其れを痛感したのは地元に帰る電車に乗ってからだった。

 なんだかんだと話し込んでアパートから出るのが遅かったのだが、
 それなりに金も持っているから上機嫌で先の事なんて何も考えていない。

 そのせいか終着で降りた駅は家迄またまだ遠く、
 次の電車が来るだろうと待っていると「今のが終電なので降りて下さい」と駅員に促される。

 降ろされた駅はかなりの田舎町だったので駅前に店も無く、人通りも少なく明かりすら無い。

 もう冬だったので少しは困ったなと思ったが野宿なんて慣れたものだったし、
 仕方なく自動販売機の明かりを頼り朝を待つ。

 気楽に考えていたが温かい飲み物もすぐに冷めるし、一人だからか思っていたより時間も進まない。
 震える両手と身体に幾ら力を入れても、とうてい朝迄なんてもちそうになかった。

 通り掛かった一台の車が座り込む自分の前に立ち止まり、
 車の窓を開け運転していた厳つめの男が顔を覗き込んできたのは其の時だった。

 ケンカでも吹っ掛けられるのかと警戒していたが
「こんな時間に一人で、どうしたんや大丈夫か?」と予想に反して優しく声を掛けてくれる。

 助手席には彼女らしき女性が乗っていたので、変に疑う気にもならない。
 終電で帰れなくなった事情を話すと彼氏は「ちょっと待っとき」と言い残し二人の乗った車は走り去って行く。

 数分後戻って来た二人は俺を乗せて車を走らし大通りで降ろすと
「話しはつけたから、降りる時に二千円位払えば良いわ」と停車していた大型トラックに乗るように勧める。

 家出をして親元を離れてからの日々は、常に誰かに助けて貰っていた。

 ずっと親にも甘えれなかったせいか他人を頼る事を知らず。
 どれだけ強がって大人ぶった所で自分は間違いなく子供で、一人で生きていく事なんて出来はしない。

 家出という環境の旅先で学んだ事は、助けを求めれば手を差し伸べてくれる人は居るという事だった。

 きっと其れは期待せず頼りもしなかった先生や迷惑を掛けたくなかった親も同じで、
 自分から壁を作り拒んでいたのだ。

 大型トラックから降りる時、お礼を言って運転手にお金を渡そうとしたが受け取ってはくれなかった。
 改めて実感する。
 解る人には解るのだろうが、やはり自分はまだまだ子供なのだ。

 町も静まりかえる朝方。

 帰り着いた実家の玄関前、カギの隠し場所が変わっていなかった事に安心する。
 こんな自分にもまだ帰る場所が有るのだと。

 ふすま越しの室内からは、自分が帰ってきた事なんて知りようもない家族の寝息が聞こえる。
 俺は誰も起こさないように小さな声で「ただいま……」と呟き、自然に頭を下げ自分の部屋に入り布団で眠る。

 頭を下げたのは、なんだか説明しようのない気持ちだった。

 家出している間は連絡なんてしなかったから心配を掛けて申し訳ないとも思ったし、
 そんな親不孝な自分にもまだ帰る場所が在り。
 其れでも家族が居る有り難さが、そうさしたのだと思う。

 一緒に家出した友に再会したのは数年後、自分が高校生になった頃だった。

 自分ではどうしようもなかったあの頃。

 助けてくれた先輩の嫁が病気で亡くなっていたのを知ったのはこの時だった。

 理解したと思っていた有り難さや感謝も、自分には全く理解出来ていないと思い知る。
 あれから連絡なんてしていないし、感謝はしていても恩返しなんてしようもない。

 其れでも生きていれば何か出来たかもしれなかったが今更で、もう本当に何もしようがなかった。

 結局解っているつもりでいても何もしなければ解っていないのと同じだと思うし、
 想っていても伝わらなければ想っていないのと同じだと気付く。

 せめて自分も同じように誰かを助けられる人で在りたい。

 いつか自分が大人になったらなんて先の話しではなく。
 今困っている人が居たら今助けられるような、そんな人に。

 身体を無くしてしまった今でも思う。
 其れでも手を差しのべられる人で在りたい、次の世代に想いを繋げるように。
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