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第二十一話 手紙
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フランへ
まず、長旅につきあわせてごめんなさい。盗賊から守ってくれたの、すごくうれしかった。本当にありがとう。それでね、わたし決めたの。わたしもママたちのいるところに行こうって。だってこの世界は寂しいんだもの。寂しくて寒くて、こごえそうなんだもの。
まあわたしの話はこれくらいにして、フラン以外にもこの手紙を見られると困るから暗証番号は書かないでおくね。
暗証番号は、いつもフランと一緒にあったよ。わたしが大事って言ったもの、おぼえてるかな?
それに書かれてるから、見つけてみてね。
馬車と馬はフランにあげるわ。売るなりしてお金にしてもいいし、好きに使ってね。
アンルティーファより
「ふざけるんじゃないわよ……」
ぽつりと口からこぼれた言葉は震えていた。でもそれ以上に、心が震えていたのだ。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
白い革手袋をはめた手で、フランは手紙を握りつぶした。くしゃりと軽い音で潰れたそれは雑木林にも響かないくらい小さな音だったけれど、確かにフランの耳の中に残った。いつも……旅の途中ならもう出発している頃合いだからか、ひひーんと目を覚ました馬が鳴く。それはどこか物悲し気に聞こえた。残されたのは切絵紙ののった箱型馬車とくたびれた馬一頭。そしてフラン。
「なにが『お友達になりましょう』よ。『友達の予約の証』なんて言って、おい、て……」
最初から、このつもりだったのかと言いかけて。
フランははっと胸元を押さえた。ただしくは、胸の内ポケットに入っているものを。
口から泣きごとのようなそれを口に出した瞬間気付いた。大事だと言っていた。いつも身に着けてと言っていた。首から下げた革紐の先にある、胸のポケットに入れたそれが、熱を持っているような気がした。革紐に繋がった白い折り鶴を取り出して、出てきて間もない光に照らされたそれを。急いで、けれどゆっくり翼に繊細な切絵の施された鶴を震える手で広げる。じゃないと淡いそれを破いてしまいそうだったから。鶴の身体の部分、そこに走り書きされていた番号は四桁。二二三九。まだ震える手を叱咤して首輪に手をやり、かちんかちんと一つずつゆっくりとロックをあわせると、最後の一つでかちんと軽い音をたて首輪が少し緩む。息がしやすくなったような気がした。
ああ。自由だわ。
そうフランは思った。
どこに行こうと、なにをしようと、これでフランはとがめられることのない自由なのだ。なのになぜか嬉しさはあまりなかった。奴隷とされたころはこの首輪が外れれば、どれだけ。飛び上がるほどうれしいだろうと考えていた。でも実際に緩んでみればそんな感情は少ししかなくて。なぜだろうと考えて、思い当たる。
あの子が、その小さな指で魔術のようにデザインナイフを操るあの子がいないから。会ったこともないエルフのために涙を流したあの子がいないから。もう優しい声で「フラン」と呼びかけてはくれないだろうから。だからこんなにも、辛くて悲しいという感情の方が大きい。人間たちにとっては忌色であるこの金色の髪を綺麗と言ってくれた、まるで光の束を集めたようだときらきら目を輝かせていたあの子がいないから。
それに最初から、アンルティーファはフランに命令なんて一つもしていなかった。いつも「お願い」というだけで、結局支配者にはなりきれなかった甘いあの子。あの子が、もういない。そう考えるだけで、急速に世界から切り離されるように足元から崩れ落ちそうだった。
『あなたとお友達になる予約の証だから』
「馬鹿な子……」
予約なんかじゃない、最初からフランを信じて暗証番号を渡していたあの子。あの子の、アンルティーファの期待にフランはどれだけ応えてきたのだろうか。きっとまだ一つも応えてなかった。それでもアンルティーファは嬉しそうな顔をするから。頭がおかしい、馬鹿だと罵っても平気な顔をするから。だから。
『だからねフラン、わたしがいなくなったら。あなたは自由よ。好きに生きてね』
「私、私はっ……」
静まり返った雑木林に、フランの嗚咽にも似た切羽詰まった声が反響する。ぎゅっと目を閉じて、己の身体をかき抱く。
旅の始まりの時。そう言ったアンルティーファの顔を、フランはよく見なかった。見る必要もないと思っていた。だって、アンルティーファをこんなにも想うなんて、心の隙間に入って一人でいたころからの虚無感を、こんなにも自分を満たしていくなんて知らなかったから。
ふと気づいて顔を上げる。自由なのだフランは、自分は。なら、その心のまま、どこへ行こうがフランの勝手なのだ。だったら行きたい場所がある。それはもう遠いかもしれないけれど、それでも行きたい場所ができてしまったのだから仕方ない。
よろりと震える足でなんとか立ち上がり、ゆっくりとその長い足で。暇そうに前足で土をかいていた馬に近づくと御者台にのっていたハーネスをとりアンルティーファがやっていたようにハーネスを取り付けて馬車につなぎ、御者台に飛び乗ると。その手綱を握りいつも自分が座っていたところにおいてあった鞭を使い馬に打って。馬車ごと駆けだしたのだった。
目的地はなんとなく想像がついた。アンルティーファは母の遺骨を届けるために王都に来たと言っていたのだから。だからきっと、昨日言っていた場所にいるのだろうとフランははやる思考のまま再び鞭をならし馬の速度を上げたのだった。
まず、長旅につきあわせてごめんなさい。盗賊から守ってくれたの、すごくうれしかった。本当にありがとう。それでね、わたし決めたの。わたしもママたちのいるところに行こうって。だってこの世界は寂しいんだもの。寂しくて寒くて、こごえそうなんだもの。
まあわたしの話はこれくらいにして、フラン以外にもこの手紙を見られると困るから暗証番号は書かないでおくね。
暗証番号は、いつもフランと一緒にあったよ。わたしが大事って言ったもの、おぼえてるかな?
それに書かれてるから、見つけてみてね。
馬車と馬はフランにあげるわ。売るなりしてお金にしてもいいし、好きに使ってね。
アンルティーファより
「ふざけるんじゃないわよ……」
ぽつりと口からこぼれた言葉は震えていた。でもそれ以上に、心が震えていたのだ。
ふざけるなふざけるなふざけるな。
白い革手袋をはめた手で、フランは手紙を握りつぶした。くしゃりと軽い音で潰れたそれは雑木林にも響かないくらい小さな音だったけれど、確かにフランの耳の中に残った。いつも……旅の途中ならもう出発している頃合いだからか、ひひーんと目を覚ました馬が鳴く。それはどこか物悲し気に聞こえた。残されたのは切絵紙ののった箱型馬車とくたびれた馬一頭。そしてフラン。
「なにが『お友達になりましょう』よ。『友達の予約の証』なんて言って、おい、て……」
最初から、このつもりだったのかと言いかけて。
フランははっと胸元を押さえた。ただしくは、胸の内ポケットに入っているものを。
口から泣きごとのようなそれを口に出した瞬間気付いた。大事だと言っていた。いつも身に着けてと言っていた。首から下げた革紐の先にある、胸のポケットに入れたそれが、熱を持っているような気がした。革紐に繋がった白い折り鶴を取り出して、出てきて間もない光に照らされたそれを。急いで、けれどゆっくり翼に繊細な切絵の施された鶴を震える手で広げる。じゃないと淡いそれを破いてしまいそうだったから。鶴の身体の部分、そこに走り書きされていた番号は四桁。二二三九。まだ震える手を叱咤して首輪に手をやり、かちんかちんと一つずつゆっくりとロックをあわせると、最後の一つでかちんと軽い音をたて首輪が少し緩む。息がしやすくなったような気がした。
ああ。自由だわ。
そうフランは思った。
どこに行こうと、なにをしようと、これでフランはとがめられることのない自由なのだ。なのになぜか嬉しさはあまりなかった。奴隷とされたころはこの首輪が外れれば、どれだけ。飛び上がるほどうれしいだろうと考えていた。でも実際に緩んでみればそんな感情は少ししかなくて。なぜだろうと考えて、思い当たる。
あの子が、その小さな指で魔術のようにデザインナイフを操るあの子がいないから。会ったこともないエルフのために涙を流したあの子がいないから。もう優しい声で「フラン」と呼びかけてはくれないだろうから。だからこんなにも、辛くて悲しいという感情の方が大きい。人間たちにとっては忌色であるこの金色の髪を綺麗と言ってくれた、まるで光の束を集めたようだときらきら目を輝かせていたあの子がいないから。
それに最初から、アンルティーファはフランに命令なんて一つもしていなかった。いつも「お願い」というだけで、結局支配者にはなりきれなかった甘いあの子。あの子が、もういない。そう考えるだけで、急速に世界から切り離されるように足元から崩れ落ちそうだった。
『あなたとお友達になる予約の証だから』
「馬鹿な子……」
予約なんかじゃない、最初からフランを信じて暗証番号を渡していたあの子。あの子の、アンルティーファの期待にフランはどれだけ応えてきたのだろうか。きっとまだ一つも応えてなかった。それでもアンルティーファは嬉しそうな顔をするから。頭がおかしい、馬鹿だと罵っても平気な顔をするから。だから。
『だからねフラン、わたしがいなくなったら。あなたは自由よ。好きに生きてね』
「私、私はっ……」
静まり返った雑木林に、フランの嗚咽にも似た切羽詰まった声が反響する。ぎゅっと目を閉じて、己の身体をかき抱く。
旅の始まりの時。そう言ったアンルティーファの顔を、フランはよく見なかった。見る必要もないと思っていた。だって、アンルティーファをこんなにも想うなんて、心の隙間に入って一人でいたころからの虚無感を、こんなにも自分を満たしていくなんて知らなかったから。
ふと気づいて顔を上げる。自由なのだフランは、自分は。なら、その心のまま、どこへ行こうがフランの勝手なのだ。だったら行きたい場所がある。それはもう遠いかもしれないけれど、それでも行きたい場所ができてしまったのだから仕方ない。
よろりと震える足でなんとか立ち上がり、ゆっくりとその長い足で。暇そうに前足で土をかいていた馬に近づくと御者台にのっていたハーネスをとりアンルティーファがやっていたようにハーネスを取り付けて馬車につなぎ、御者台に飛び乗ると。その手綱を握りいつも自分が座っていたところにおいてあった鞭を使い馬に打って。馬車ごと駆けだしたのだった。
目的地はなんとなく想像がついた。アンルティーファは母の遺骨を届けるために王都に来たと言っていたのだから。だからきっと、昨日言っていた場所にいるのだろうとフランははやる思考のまま再び鞭をならし馬の速度を上げたのだった。
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