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3 ドナドナ
しおりを挟む気分は売られていく子牛のそれだ。
ドナドナ……ドナドナ……。
走る馬車はギシギシと軋み。
車輪はガタガタと弾んだ。
馬車の乗り心地はお世辞にも良いとは言えないけれど、実家のおんぼろ馬車よりはマシな公爵家の馬車に乗せられて。
王都から公爵家の領地の屋敷まで片道2時間弱の旅路。
王都から実家のヴァロア男爵家の屋敷まで馬車で三日に比べれば、私の終の棲家となるフォンテーヌ公爵家の領地にあるという屋敷は、十分都会にあった。
だがいかんせん、尻が痛い。
昼には着くだろうが尻がやっぱり痛い。
それに座ってるだけで身体全体もなんか痛い。
普段運動なんて全くせず、部屋に引きこもりベットでゴロゴロして、なんちゃって深窓の令嬢を気取っていたツケがとうとう回ってきたのだろうか?
王都に来る時も尻が大変だったなとアイリスは思い出して。
引きこもりでも老後の為にはちょっとは運動でもしたほうがいいのかなと、アイリスはまだ十五歳なのに老後の心配をした。
そして老後の心配をし始めたまだピチピチの十五歳のアイリスの目は酷く濁り、虚ろで覇気はなく死んでいる。
昨日は豪勢なウェディングドレスに身を包み、可愛らしい作り笑顔で愛想を振り撒いていた人間と同一人物とは思えないほどに。
アイリスの表情は乏しい。
だが、コレがアイリスにとっては通常であり可愛らしく微笑むことの方が、異常というかなんというか。
そしてアイリスは流れる景色に、これから自身に待ち受ける悠々自適な隠居生活に想いを馳せて。
まあ尻はやっぱり馬車が弾んで地味に痛いが、健やかにお昼寝をした。
そう、引きこもりという人間は。
夜、人知れず静かに起きて行動し、そして昼には健やかに皆が働いている時間に寝る。
それが引きこもりの正しい生活態度である。
だからいつも通り夜遅くまでハイテンションで起きて、これからの引きこもりライフに胸を踊らせて鼻歌を歌いながら踊っていたからアイリスは今が就寝時間である。
それに昨夜はいつも以上に盛り上がってしまったが為に、目元には濃いめのクマが出来てしまっていた。
そのクマも一人眠れぬ夜を過ごしたのかと、公爵家の使用人達にはガッツリ誤解されているが公爵家を離れたアイリスはなーんにも知らない。
知らぬが仏である。
そしてすこやかに眠るアイリスを乗せた馬車は、街道をひた走る。
流石は公爵領地に続く街道で、しっかりと整備されていて領地の屋敷には定刻通り到着した。
――ガタン。
「んん……着いた……?」
馬車が公爵家のお屋敷の前に停車した音でアイリスは穏やかで幸せな夢から目覚める。
よだれが顔に付いていないか確認して、もぞもぞと身だしなみを馬車の中で整えていると。
――コンコンコン。
と、馬車の扉が軽快に叩かれて。
「奥様、失礼いたします」
「はい、どうぞ」
アイリスの返事とともに開かれる。
アイリスの乗る馬車の扉を開いたのは、壮年の穏やかそうな執事で。
「奥様、お待ちしておりました、さあどうぞ?」
それに対してアイリスは、可愛らしい作り笑顔で微笑んだ。
アイリスは立派なお飾りの妻になる予定である、だから外面だけは完璧に整えておく所存である。
「……ええ、ありがとう」
そして執事にエスコートされて、アイリスは馬車をゆっくりと降りる。
ふわりと水色のワンピースが風に揺れる。
アイリスの容姿は、どこからどうみても清楚で可憐なお嬢様。
膝下丈の水色のワンピースに、クリーム色のパンプスでクリーム色のショールを羽織る。
ミルクチョコレートのような茶色の髪は、ハーフアップに結わえられてワンピースと共布のリボンで愛らしく結ばれていた。
馬車を降りて視界に広がるのは。
実家のヴァロア男爵家の何倍の大きさもあろうかというくらいの、大きくて立派なフォンテーヌ公爵家の領地にあるお屋敷で。
ここで私は。
一生を一人きりで。
お飾りの公爵夫人として過ごすのかと、感慨深げに静かに見上げて。
アイリスは可愛らしい笑顔でにっこりと優雅に、とても品よく微笑んだ。
これは契約結婚でそこに愛はない。
愛されない一生を一人きり。
普通の令嬢ならば泣いて喚いて癇癪を起こすだろう、だけどアイリスは笑う。
可愛らしく笑う。
貴族令嬢にとって笑顔は武器だから。
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