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9 それ、乗り換え?
しおりを挟む――ここは王都中央の大変立地のいい場所に建つ、フォンテーヌ公爵家の御屋敷。
その公爵家のお屋敷にある公爵夫人の部屋は、個人の私室にしてはとても広く、大きな衣装部屋や一人で使うのにはもったいないくらい大きな浴室まで完備されていてとっても豪華。
それに壁紙やファブリックは前公爵夫人の好みなのか、モスグリーンとオフホワイトで揃えられていてお上品。
そういえばフォンテーヌ公爵家の領地にあるお屋敷にある私の部屋も、ここと同じでモスグリーンにオフホワイトの色彩だった。
そうふと思い出した。
正直私としてはは壁紙やファブリックなんて別に何色でもいいし、特に変える事なくそのまま問題なく使用している。
その為このモスグリーンの色味は目にとても馴染んでいて、落ち着くが。
……このお屋敷にずっと居なければいけないと思うと、それだけで私は嫌な気持ちになった。
だって、契約結婚だと思っていた夫にさっき。
『愛し合う夫婦になりたい』
とか、世迷い言を吐かれたのだから。
まさかそんな突拍子もないことを宣ってくるなんて、王都に呼び出された時は思いもしなかった。
だって結婚式の日に言われたし?
『君を女性として愛するつもりは全くない』
『君は一生お飾りの妻だ』
ってドヤ顔できっぱり私に言ってたよね、もうそれ忘れちゃったのかなこの人。
それにお前、美人な彼女はどこいったよ、そっちはどうした!?
そっちと今まで通り仲良くやってくれよと、私は切実に願う。
少し気になって、それとなく美人な彼女の行方を執事リカルドに聞けば。
「あの方とはだいぶ前に公爵様はお別れになっておりますで、ご安心下さいませ! 奥様!」
と、自信満々にリカルドに返答されて。
……それのどこを安心しろと。
そんなの私は望んでない。
って事は。
平民の美人な彼女と別れて、公爵は寂しくなって私に乗り換えたいのか?
私は、あの男にとって。
都合が良くて、好きに扱っても何も問題ない、命じるだけで何でも従う馬鹿な女。
愛し合うって、それつまりヤりたいだけじゃね?
「ああ、そっか……公爵は跡継ぎを産ませたいのか、私に……なんだ、その為か」
豪勢な公爵夫人の部屋で私は一人、初めての己の不幸を呪った。
きっとこの世界には私より不幸で自由の無い人間なんて、ごまんといる。
だけど自分の身にそれが降りかかってくると、結構しんどいものがあった。
麗らかな午後に公爵夫人の部屋に引きこもり。
応接セットのソファでごろ寝。
普通の公爵夫人ならば。
こんな麗らかで穏やかな午後はお庭で優雅にアフタヌーンティーとかするんだろうけど、私はめんどい。
一人で優雅に庭でアフタヌーンティーとかしても、それ実際やったら虚しいだけだし。
前にそれ、領地の屋敷で執事に勧められるままやってみたら悲しくなったし?
だから私は靴をさっさと脱ぎ捨てて、ふかふかなクッションを枕に昼寝を満喫する。
夫が働いてる時に昼寝するって気分がいい!
今頃ラファエル公爵は王城で汗水垂らして働いていると思うと、私の気分は少し晴れた。
――夕暮れ時の公爵家。
引きこもりの醍醐味である怠惰な昼寝を終えて、暇をもて余した私が刺繍をまるでプロ並みの腕前でチクチクとハンカチに高速で刺して一人タイムアタックして楽しんでいると。
部屋の扉が。
コンコンコンと軽快に叩かれる。
「奥様、旦那様がご帰宅なされました」
誰かと思えば執事のリカルドだ。
ラファエル公爵が自分の屋敷に帰ってきたくらいで、わざわざそれを知らせに来るなんて。
なんともまあ暇な執事である。
「……そうですか、わかりました」
アイリスは刺繍を再開する。
「え? あの奥様、旦那様のお出迎えには……」
「えと、お出迎えって……?」
「あっ、え? いえ、その、おかえりなさいとか、その……色々と……その、ご夫婦なので?」
執事リカルドは、ラファエル公爵のお出迎えに私を行かせたいらしい。
でも公爵が私をお飾りの妻にして、領地に送ったこと、リカルドは一番知ってる癖に。
……リカルドの雇い主は公爵だもんね。
三年ほど領地で世話になったけど、リカルドにも素を出さなくて本当によかったとアイリスは思う。
貴族社会なんて信じられるのは自分だけ。
いつ裏切られるかわならない綱渡り、それは家族間でも適応されて油断すれば蹴落とされる。
それにお飾りの妻になって不幸になることがわかっているのにデビュタントを終えたばかりの娘を資金援助に釣られて簡単に嫁に出すくらいだ、実家の男爵家も信用はできない。
……もしかして、私。
実は……頼れる人……ラファエル公爵しか。
……いない?
ラファエル公爵の事は嫌いだ。
だが、その財力にはお世話になっている。
そこにだけは感謝するべきかもしれない。
いやでも私にその生活を強いたのはラファエル公爵だし、お世話にって言うのはなんか違う気もする。
でもまあ……仕方ない、行ってやるか。
わざわざここまで呼びに来た暇な執事の顔でも立ててやろう、という私はとても優しいと思う。
もしや私は聖人君主かもしれない。
でも引きこもりを部屋から出すなんて、この執事リカルド実はなかなかやりよるな?
そして私は刺していた刺繍をテーブルに置いて、さっと鏡の前で身嗜みを整えて部屋を出て。
玄関へと大変重い足取りで嫌々向かった。
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