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31 傍観する引きこもり
しおりを挟む香ばしいアーモンドタルトの上に濃厚なクリーム、甘酸っぱいイチゴや季節の果物がたっぷりと乗ったフルーツタルトを、アイリスは口いっぱいに頬張る。
「はふぅっ……!」
甘いものが大好きなアイリスは、チョコレート色の瞳を大きく開けて幸せそうに頬を桃色に染めてにこにこと微笑む。
美味しそうにタルトを頬張り夢中になっているアイリスはとても可愛らしくて微笑ましく、その幸せそうな笑顔に釣られるようにラファエル公爵まで笑顔になって幸せな気分になった。
だがそれと同時に。
この程度の事でこんなに喜ぶのなら、もっと早く連れてきてやればよかったと罪悪感に胸が痛んだ。
今さら過去の過ちを後悔しても遅いとは重々承知の上で、若気の至りだとしても馬鹿な事をしてしまったとラファエル公爵はアイリスの笑顔を見て悔やむ。
本当は自分の手元からアイリスを解放し、同世代で家格の近い男と良縁を結んでやって、そしてやり直しを支援してやるのが一番の償いだと、ラファエル公爵もわかってはいる。
でも……手離してやれない。
公爵夫人という立場がアイリスにとっては重荷で、苦痛でしかないと知った今でも、こちらの事なんて全くなんとも想って無いと知っていても。
この可愛らしい笑顔を側で見ていたいから。
「君は本当に美味しそうに食べるね?」
「あ……ごめんなさい、つい美味しくて、私……はしたなかった……ですか?」
ついタルトが美味しくて、口いっぱいに頬張って夢中で食べてしまっていた……!
うわ、恥ずかしすぎる!
「え、君は綺麗に食べているよ? アイリスはもっと自分に自信を持つといい」
「う……はい……善処します……」
「そんなにここのタルトが気に入ったなら帰りに買って帰ろうか? 晩餐のデザートにするといい」
やっぱりラファエル公爵って実は良いヤツ!?
流石は高位貴族様っ! 太っ腹!
ここのタルトびっくりするくらい高いのに……!
「っはい!」
ラファエル公爵が晩餐のデザートにタルトのお持ち帰りを買ってくれるというので、アイリスが店のショーケースの前でうきうきと選んでいると。
「……ラファエル?」
タルトを上機嫌に選ぶアイリスを、後ろでゆったりと眺めて待っていたラファエル公爵に驚いたように話しかける女性の声。
その声にアイリスが振り返ると。
扇情的な艶かしい身体を見るからに高級なドレスに身を包み、自信に満ち溢れた立ち姿でラファエル公爵に追い縋る美人さんがそこにはいて。
まるで映画のワンシーンのような光景がそこでは今正に繰り広げられていて、アイリスはちょっとウキウキした。
「……アンリエットその手を放してくれ、もう君と私は終わったはずだ」
「っ……冷たいのね、ラファエル?」
「いいから手を放しななさい、私と君とはもう無関係の他人だ、そう話し合って……終わっただろう?」
その二人の会話にアイリスは。
……もしや、このエロい身体のお金持ちそうな美人が、ラファエル公爵の元彼女さん?!
ヒョロガリの私なんかより断然こっちの扇情的な美人の方が魅力的なのに、別れるなんて勿体ない!
と、完全に傍観者として二人を眺め楽しんでいる。
そんなアイリスを、ラファエル公爵が見たのにアンリエットは気づいて。
「なにこの子……ラファエルの所のメイド? 人の事をじろじろ見るなんて礼儀がなってないのね、躾が必要なんじゃない?」
アンリエットが自分より下の者をみるような蔑んだ視線をアイリスに向けて睨み付けるから。
アイリスは僅かに残った野生の本能からなのか、ビクリとその視線に怯えてしまい咄嗟に後退りする。
「え……あ、私は……」
「アンリエット! いい加減にしなさい!」
アンリエットのアイリスに対するその不敬な態度に、ラファエル公爵が怒鳴る。
「え……何よ、私はこのメイドに躾を……」
「……彼女は私の妻だ。いくら君でも私の妻に対する不敬な態度は許されない、アンリエット謝罪を」
「えっ……うそ……この子が?! どうしてこの私が謝罪なんてしなければいけないの……!?」
謝るなんて不服だと、アンリエットはラファエル公爵を見つめて嫌だと抗議するが。
「アンリエット、妻に謝罪を。君と違って妻は貴族だ、もしそれが出来ないと言うのなら私は……君に罰を与えなければいけなくなる」
険しい顔で凍るように冷たい視線をラファエル公爵はアンリエットに向け謝罪がなければ不敬に問うといい放つから。
「っ……知らなかったとはいえ不敬な態度、申し訳……ございませんでした」
「あ……えっと……はい、謝罪を受け取ります」
謝罪なんてアイリスは特に求めてはなかったが、一応アンリエットの謝罪を受けとっておいた。
もしここでその謝罪を受けとらないと、平民であるアンリエットはアイリスに対する不敬でラファエル公爵に罰せられてしまうだろうから。
アイリスは平和が一番な事なかれ主義なので、揉めごとなんて極力したくないのだ。
「優しい彼女に感謝するといい。普通の貴族なら君のその態度は絶対に許してなんて貰えないからな」
それだけをアンリエットに言い残して、ラファエル公爵はアイリスを連れて店を出る。
そしてラファエル公爵に連れられて店を出られてしまったアイリスは、買い損ねてしまったお持ち帰りのタルトに想いを馳せる。
ひとり残されたアンリエットはギリギリと歯軋りをして、二人の後ろ姿を見送った。
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