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33 あの日の自分に
「っひ……」
赤い血飛沫をあげて。
ソレは床に叩きつけられた。
その光景を目の当たりにして。
どうしてあんな勘違いをしてしまったのかと、アンジェリークはあの日の自分に聞いてみたくなった。
こんな強い人を、私みたいな非力がいくら酒に酔わせたからといって手篭めになんて。
……出来るはずがないのに。
ここはこの皇国の謁見の間。
玉座に腰を下ろした皇帝が、カシウスに連れられてやってきたアンジェリークをにこやかに出迎える。
「へぇ……? 君がカシウスの……」
「っ……」
アンジェリークは初めて足を踏み入れた荘厳美麗なこの場所に、見惚れる暇もなく親しげに皇帝に話し掛けられて困った表情でカシウスを見上げた。
それもそのはず、アンジェリークは皇帝に拝謁する作法をレニエ伯爵に学ばせて貰えていない。
「アンジェリーク大丈夫だよ? 作法なんて気にしないで普通に話したらいいんだ」
「カシウス様……」
そんな風に戸惑った少女に優しく声を掛けて穏やかに微笑んだカシウスに、皇帝は驚きを隠せない。
カシウスは基本的に紳士的で誰に対しても優しいが、こんなに穏やかになんて微笑まないから。
「……皇帝陛下、アンジェリーク・レニエと申します、無作法で誠に申し訳なく……」
「っ……作法なんてそんなもの後から覚えればいいんだよ、それに私達は家族になるんだからね……!」
ふるりと震えて辿々しく名を名乗ったアンジェリークに、皇帝ロドルフは歓喜した。
……普通の令嬢が嫁に来てくれたと。
しかもアンジェリークの容姿はロドルフ好みで可愛いらしくて、とても親しみやすかった。
それは皇后とは真逆の存在で、癒し系!
そんな普通な嫁の登場に、ロドルフは喜ばずにはいられない。
「……それで父上、手筈は?」
可愛い嫁につい歓喜して玉座から身を前に乗り出した皇帝に、カシウスは冷たい目を向ける。
その冷たい目に、ビクリと皇帝は肩を震わせる。
「え? ああ、もうじきに……ほら、来たようだ」
皇帝が謁見の間の扉に目配せをすれば。
その二枚扉はギイィ……と音を立てて。
ゆっくりと開き。
開け放たれた扉から、レニエ伯爵夫妻とマルタン公爵そしてオーギュストがずらずらと近衛騎士達に連れられて入ってくる。
そして謁見の間に入ってきたレニエ伯爵と、カシウスの隣にいたアンジェリークは目が合った。
「あ、アンジェリーク!? 部屋にいないと思ったら……こんなところでお前は何をしているんだ!」
「お父様……」
父親に大きな声で名を呼ばれて、アンジェリークはカシウスの手を咄嗟に掴んで身を震わせる。
自分の足を切ろうとしていたカシウスも、アンジェリークにとっては十分に恐ろしい存在。
だがそれ以上に両親が怖い。
それは長年に亘って積み重なった恐れ。
「大丈夫だよアンジェリーク、私が君の事をを守るから……安心して?」
「カシウス様……は、はい……」
カシウスはアンジェリークの手を強く握り返した、自分もそれなりに怖がられているとは知らずに。
「レニエ伯爵! 喚くな、ここをどこだと思っている!? 謁見の作法も知らんのか!」
「か、カシウス皇太子殿下……すいません、その……いなくなった娘が……そこに」
「つまらん言い訳をするな、口を噤め?」
皇帝の前で無作法にも大声を出して怒鳴ったレニエ伯爵を、カシウスが冷たく睨み付けて咎める。
「……さてマルタン、それにレニエ? 双方何故本日ここに呼び出されたのか……そなた達わかっておるな?」
静かな謁見の間に響いた皇帝の声。
「さあ、なんの事やら私にはわかりませんな陛下?」
その問いにマルタン公爵は薄く笑い、知らぬ存ぜぬという態度で皇帝に答える。
「マルタン……? 本当にわからないと申すか?」
「ええ……ただ私が先程から気になっているのは我が息子の婚約者アンジェリーク・レニエの身体に、なぜか皇太子殿下が触れていること……それはいったいどういう事です? ご説明を願いましょうか、皇帝陛下?」
「っそ、そうです! 皇帝陛下! 何故いなくなった我が娘がカシウス皇太子殿下のお側に……?」
レニエ伯爵はマルタン公爵に加勢する。
朝、公爵家にアンジェリークを連れて行こうとしたら忽然といなくなっていて。
屋敷中アンジェリークの姿を探していたら近衛騎士がやってきて、妻と一緒に王城に連行された。
レニエ伯爵はいったい何が起きたのかわからない。
「アンジェリーク・レニエは王城にて保護をした、どういう事かわかっているな? マルタン公爵」
「……もしや家出した我が家の嫁を保護して頂けたのでしょうか? いやぁ……それはそれはありがたい、直ぐに連れて帰りましょう」
マルタン公爵は嫌な笑いを浮かべアンジェリークに近づいて、その手を伸ばす。
「っ……いや」
そして伸ばされたマルタン公爵の手に、アンジェリークが身を強張らせた。
その瞬間に。
ゴッ……
鈍い音。
マルタン公爵は血飛沫をあげて。
冷たい床に叩きつけられた。
「いい加減にしろよ? この下衆野郎が……」
地の底から響き渡るような声。
それは皇太子カシウスから発せられたもの。
磨き上げられた床に滴る赤い血。
その光景に、アンジェリークはガタガタと身体を震わせてカシウスを見上げた。
……もしかしたら私。
ヤバイ人に、惚れられてしまったかもしれません。
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