33 / 35
33 あの日の自分に
しおりを挟む「っひ……」
赤い血飛沫をあげて。
ソレは床に叩きつけられた。
その光景を目の当たりにして。
どうしてあんな勘違いをしてしまったのかと、アンジェリークはあの日の自分に聞いてみたくなった。
こんな強い人を、私みたいな非力がいくら酒に酔わせたからといって手篭めになんて。
……出来るはずがないのに。
ここはこの皇国の謁見の間。
玉座に腰を下ろした皇帝が、カシウスに連れられてやってきたアンジェリークをにこやかに出迎える。
「へぇ……? 君がカシウスの……」
「っ……」
アンジェリークは初めて足を踏み入れた荘厳美麗なこの場所に、見惚れる暇もなく親しげに皇帝に話し掛けられて困った表情でカシウスを見上げた。
それもそのはず、アンジェリークは皇帝に拝謁する作法をレニエ伯爵に学ばせて貰えていない。
「アンジェリーク大丈夫だよ? 作法なんて気にしないで普通に話したらいいんだ」
「カシウス様……」
そんな風に戸惑った少女に優しく声を掛けて穏やかに微笑んだカシウスに、皇帝は驚きを隠せない。
カシウスは基本的に紳士的で誰に対しても優しいが、こんなに穏やかになんて微笑まないから。
「……皇帝陛下、アンジェリーク・レニエと申します、無作法で誠に申し訳なく……」
「っ……作法なんてそんなもの後から覚えればいいんだよ、それに私達は家族になるんだからね……!」
ふるりと震えて辿々しく名を名乗ったアンジェリークに、皇帝ロドルフは歓喜した。
……普通の令嬢が嫁に来てくれたと。
しかもアンジェリークの容姿はロドルフ好みで可愛いらしくて、とても親しみやすかった。
それは皇后とは真逆の存在で、癒し系!
そんな普通な嫁の登場に、ロドルフは喜ばずにはいられない。
「……それで父上、手筈は?」
可愛い嫁につい歓喜して玉座から身を前に乗り出した皇帝に、カシウスは冷たい目を向ける。
その冷たい目に、ビクリと皇帝は肩を震わせる。
「え? ああ、もうじきに……ほら、来たようだ」
皇帝が謁見の間の扉に目配せをすれば。
その二枚扉はギイィ……と音を立てて。
ゆっくりと開き。
開け放たれた扉から、レニエ伯爵夫妻とマルタン公爵そしてオーギュストがずらずらと近衛騎士達に連れられて入ってくる。
そして謁見の間に入ってきたレニエ伯爵と、カシウスの隣にいたアンジェリークは目が合った。
「あ、アンジェリーク!? 部屋にいないと思ったら……こんなところでお前は何をしているんだ!」
「お父様……」
父親に大きな声で名を呼ばれて、アンジェリークはカシウスの手を咄嗟に掴んで身を震わせる。
自分の足を切ろうとしていたカシウスも、アンジェリークにとっては十分に恐ろしい存在。
だがそれ以上に両親が怖い。
それは長年に亘って積み重なった恐れ。
「大丈夫だよアンジェリーク、私が君の事をを守るから……安心して?」
「カシウス様……は、はい……」
カシウスはアンジェリークの手を強く握り返した、自分もそれなりに怖がられているとは知らずに。
「レニエ伯爵! 喚くな、ここをどこだと思っている!? 謁見の作法も知らんのか!」
「か、カシウス皇太子殿下……すいません、その……いなくなった娘が……そこに」
「つまらん言い訳をするな、口を噤め?」
皇帝の前で無作法にも大声を出して怒鳴ったレニエ伯爵を、カシウスが冷たく睨み付けて咎める。
「……さてマルタン、それにレニエ? 双方何故本日ここに呼び出されたのか……そなた達わかっておるな?」
静かな謁見の間に響いた皇帝の声。
「さあ、なんの事やら私にはわかりませんな陛下?」
その問いにマルタン公爵は薄く笑い、知らぬ存ぜぬという態度で皇帝に答える。
「マルタン……? 本当にわからないと申すか?」
「ええ……ただ私が先程から気になっているのは我が息子の婚約者アンジェリーク・レニエの身体に、なぜか皇太子殿下が触れていること……それはいったいどういう事です? ご説明を願いましょうか、皇帝陛下?」
「っそ、そうです! 皇帝陛下! 何故いなくなった我が娘がカシウス皇太子殿下のお側に……?」
レニエ伯爵はマルタン公爵に加勢する。
朝、公爵家にアンジェリークを連れて行こうとしたら忽然といなくなっていて。
屋敷中アンジェリークの姿を探していたら近衛騎士がやってきて、妻と一緒に王城に連行された。
レニエ伯爵はいったい何が起きたのかわからない。
「アンジェリーク・レニエは王城にて保護をした、どういう事かわかっているな? マルタン公爵」
「……もしや家出した我が家の嫁を保護して頂けたのでしょうか? いやぁ……それはそれはありがたい、直ぐに連れて帰りましょう」
マルタン公爵は嫌な笑いを浮かべアンジェリークに近づいて、その手を伸ばす。
「っ……いや」
そして伸ばされたマルタン公爵の手に、アンジェリークが身を強張らせた。
その瞬間に。
ゴッ……
鈍い音。
マルタン公爵は血飛沫をあげて。
冷たい床に叩きつけられた。
「いい加減にしろよ? この下衆野郎が……」
地の底から響き渡るような声。
それは皇太子カシウスから発せられたもの。
磨き上げられた床に滴る赤い血。
その光景に、アンジェリークはガタガタと身体を震わせてカシウスを見上げた。
……もしかしたら私。
ヤバイ人に、惚れられてしまったかもしれません。
156
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました
鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。
エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。
小説家になろうさんにも投稿しています。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?
当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。
ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。
対して領民の娘イルアは、本気だった。
もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。
けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。
誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。
弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる