身代わりで怪物と呼ばれる大公に嫁いだら、継子達が離してくれなくなりました。

千紫万紅

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13 まっすぐな瞳

13


 夜の帳が下りて、城の中が静まり返ったころ。
 ――こんこん、と控えめなノックの音が響いた。

「どうぞ」

 声をかけると、扉がそっと静かに開いた。
 するとそこに立っていたのは――エステルと、ルイスだった。

「こんな時間に、ごめんなさい」

 どこか遠慮がちな声音。
 昼間とは違って、エステルは張り詰めた空気を纏っていた。

「ううん、私は大丈夫。でもこんな時間に二人でどうしたの?」

 そう尋ねると、エステルは一歩、部屋の中へと足を踏み入れた。

「ヴィオラ。ルイスを、助けてくれてありがとう」

 まっすぐに私を見て、エステルはそう言った。

「私にお礼なんて……」

「私ねっ……!」

 言葉を遮るように、エステルが首を横に振る。

「全然……知らなかったの。あんなことになっていたなんて。私、ずっとルイスのそばにいたのに……なにも気づけなかった」

 その声は、かすかに震えていた。

「エステル……」

「お母様が亡くなってから……私がルイスを守らなきゃって、ずっと、そう思ってたのに」

 この子も、一人で。
 ずっと頑張ってきたのだろう。

「エステル。貴女がルイスを守っていること、ちゃんと伝わってると思うよ」

 宝石のようなその赤い瞳は、泣くのを堪えているようだった。

「……でも」

「一人で全部やろうとしなくていいの。守るってさ、誰かと一緒にやってもいいことなんだよ」

 エステルはしばらく黙って俯いていたが、やがて顔を上げて小さく息を吐いた。

「……うん」

 ほんの少しだけ、肩の力が抜けたように見える。
 ――その時だった。

「ヴィオラおねえしゃま」

 ルイスが、遠慮がちに私の服の裾を引いた。

「ルイス、どうしたの?」

「きょう、いっしょに、ねちゃ……だめ?」

 上目遣いで、そう尋ねてくる。
 その声は小さくて、けれどどこか甘えるような響きがあった。

 思わず頬が緩む。

「いいよ。一緒に寝ようか」

「ほんと!?」

 ぱっと顔を輝かせ、ルイスはそのまま私に抱きついてくる。
 その様子に、くすりと笑いながら背を撫でた。

 ふと、視線を上げると――

 エステルが、こちらを見ていた。
 その表情はどこか羨ましそうで。
 ほんの少し、寂しそうだった。

「……エステルも、一緒にここで寝ない?」

 エステルは驚いたように大きく目を見開く。

「えっ……いいの?」

「もちろん。エステルなら大歓迎!」

 そう言って微笑むとエステルは照れくさそうに、にこりと笑い。
 そしてこくりと頷いた。

「……じゃあ、お邪魔しようかしら」
 
「なら、エステルもこっちにおいで。このベッド広いから三人でも余裕だし!」

 そう言ってベッドをぽんぽん叩くと、ルイスが嬉しそうにベッドによじ登ってきた。

 ――その時、再び部屋の扉がノックされた。

「失礼いたします」

 部屋に入ってきたのは、侍女のララだった。

「ララ。今夜は子ども達と三人で寝ようと思うのだけど、いい?」

「かしこまりました。ではルイス様の乳母には私からお伝えいたします」

「ありがとう、助かるわ」

「ヴィオラ様。せっかくですし、このまま皆さまでお風呂はいかがですか?」

「え、お風呂……」

 言葉に詰まる。

「おふろ! いく! みんなでおふろ! あわあわー!」

 ララの言葉に、ルイスがぱっと笑顔になって反応する。

「え、あの……それは」

 ……お風呂はまずい。
 素顔を見られてしまう。

「私も……みんなで入りたい」

 エステルが、少しだけ期待するようにこちらを見た。
 ルイスも、きらきらとした目で私を見上げてくる。

「……っ」

 断ろうとした言葉が、喉で詰まる。
 二人の表情を見てしまうと、どうしても嫌とは言えない。

「ヴィオラ、だめ?」

「わ……わかった」

 小さく溜め息をついて、私は頷く。

「やったぁ! みんなでおふろー!」

 ルイスが嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 ……どうにか、誤魔化せるといいけど。
 そんな淡い期待を抱きながら、私は二人とともに浴室へと向かった。

◇◇◇

 ――ゆらゆらと湯気の立ちこめる浴室。
 先に湯船に入って、楽しそうにはしゃぐルイス。
 その声が響く中、私は少し離れた場所で一人立ち尽くしていた。

「……ヴィオラ?」

 私の姿にエステルが、不思議そうに首を傾げる。

「その、先にどうぞ……?」

 できるだけ自然に、言うが。

「だめだよ! みんないっしょにはいるの!」

 ルイスがそう言ってぷくっと頬を膨らませた。

「……うぐ」

 逃げ道は、どこにもなさそうだった。
 ゆっくりと息を吐きだす。

 ……仕方ない。
 覚悟を決めて、顔に施していた細工を落としていく。
 水面に映る自分の顔が、少しずつ本来のものへと戻っていく。

 ――そして。

「……え」

 小さく、息を呑む音が後ろから聞こえた。

 覚悟を決めて振り返ると、エステルがその場で立ち尽くし……言葉を失っていた。
 湯舟で遊んでいたルイスも、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。

「……どうして」

 ようやく絞り出された声。

「どうして、隠していたの?」

 まっすぐな問い。
 私は答えに迷う。

「あまり、目立ちたくないの」

 すべてを語る勇気はない。

「……そう」

 エステルは小さく頷く。
 だがそれ以上、なにも聞かなかった。
 ただ、一歩だけ私に近づいてくる。

「ヴィオラは、綺麗ね……」

 ぽつりと、そう呟く。
 その声音には、驚きよりも安堵しているようだった。

「そう、かな……」
 
「でも……ヴィオラは、ヴィオラよね」

 ふっと、優しく微笑む。
 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「うん! ヴィオラおねえしゃまだもん! あと、ちちうえのおよめさん!」

 ルイスが元気よく頷いた。

 まるで当たり前のことのように言う。
 その無邪気さに、思わず笑ってしまう。

「ヴィオラが隠したいなら……誰にも言わないわ」

 エステルが、静かに言った。

「エステル」

「約束する。お父様にだって言わない」

「ぼくも! だれにもいわない!」

 ルイスも力強く続ける。
 その言葉に、私は目を閉じる。

「……ありがとう」

 そう告げると。
 胸の奥にあった何かが、少しだけほどけた気がした。

 ――湯気の中で、三人の笑い声が重なる。
 それは、どこか懐かしくて。
 あたたかかった。
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