身代わりで怪物と呼ばれる大公に嫁いだら、継子達が離してくれなくなりました。

千紫万紅

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17 瞬きすら忘れて

17
 
 ――大公城の食堂。
 テーブルの上には、美味しそうな料理が沢山並んでいた。
 
 焼きたてのパンに、肉汁たっぷりのステーキ。
 スープの湯気はゆるやかに立ち上り、サラダは見るからにみずみずしい。
 どれも美味しそうで非常に食欲をそそる。
 
 ……けれど。
 目の前に置かれた沢山のナイフとフォーク。
 どれを使えばいいのか、どのように使えばいいのか――私にはわからない。

 手を伸ばしかけて、止まる。
 皆が当たり前のように食事を進めている中で。
 私だけが、そこから取り残されている。


「――どうしたの、ヴィオラおねぇしゃま? たべないの?」

 ルイスが不思議そうに首を傾げる。

「えっ、あ、うん……いやその……」

 どうにか誤魔化そうとしたけれど、うまい言葉がひとつも出てこない。

 ……いやはや、これは困った。
 視線だけが、テーブルの上をふらふらと彷徨う。

 そんな時だった。

「――ヴィオラ、大丈夫よ。私が教えてあげる。前に言ってたでしょう?」

 小さな声が、すぐ隣から聞こえた。

「え?」

 声のする方に顔を向けると、エステルがほんの少しだけこちらに身を乗り出していた。

「貴族のマナー、よくわからないって」

「……あ」

「だからね、私がヴィオラに教えてあげる」

 エステルはそう言って、こくりと小さく頷いた。

「エステル……」

「大丈夫よ、ヴィオラ。私の手元、よく見ていて? まずはこうして……ゆっくり切るの。音はなるべく立てないように……ね?」

 エステルは見惚れるような美しい動きで、料理を丁寧に切り分けていく。

「それで……こう!」

 小さく切り分けたそれを、ゆっくりと口へ運ぶ。

「ね、意外と簡単でしょ?」

 ちらりとこちらを見るその宝石のような赤い瞳は、どこか得意げで。

「エステル、すごいね……!」

「ほら、ヴィオラもやってみて。とっても美味しいわよ」

「う、うん……」

 私もエステルと同じようにフォークとナイフを手に取る、音を出さないようにゆっくりと。
 ……そしてフォークで抑えてナイフで切る。

 少し違うような気がするけれど、なんとか形になっていると思う。

「そう! それでいいのよ、ヴィオラ」

「……ありがとう、エステル」

「べ、別に? 感謝されるほどのことじゃないわ、このくらい普通よ」

 ぷいっと横に背けたエステルの頬は、ほんのりと赤く染まっていて。
 つい、笑顔になってしまう。

「あ。ヴィオラおねぇしゃま、たべてる! ちちうえ、みてー!」

 そう言ってルイスが身を乗り出した。

「ああ、そうだな」
 
 その声に顔を上げると、笑顔の大公と目が合った。

「っ……大公、殿下」

 大公にも、見られていたらしい。

「無理をする必要はありません。ゆっくりで構いませんから」

 ……大丈夫。
 なぜかそう、言われた気がした。

「あ。は、はい……」 
 
 もしかすると大公は、すでに知っているのかもしれない。
 私が……私生児だと言うことを。
 

 ◇

 ――その夜。
 城の中は昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
 
 開け放たれた窓の外には、満天の夜空。
 濡れた髪が夜風に舞う。

 明日はいよいよ、大公との結婚式。
 そう思うと、どうにも落ち着かなくて。

 気持ちを落ち着かせる為に、私は歌を口ずさむ。

 それは昔、母がよく私に歌ってくれた歌。
 優しいけれど悲しい旋律。

 こうして歌っていると、少しだけ心が落ち着く。

 ――その時だった。

 ばきん、と。
 ガラスの砕ける音が、静かな夜を切り裂いた。

「……え?」

 私が窓を振り返るよりも早く、冷たい風が部屋の中にぶわりと吹き込む。

 カーテンが大きく揺れ、その向こう――
 黒い大きな影が、空から滑り込んできた。

「っ――!」

 それは、翼を持つ異形の獣。
 鋭い爪をギラりと光らせ、まっすぐに私へと迫る。

 逃げなきゃ、って。
 頭ではちゃんとわかっているのに。 
 身体がまったく動いてくれない。

 ――その瞬間。

「伏せてください!」

 その声と共に、なにかが目の前をものすごい勢いで横切った。

 響く、金属音。
 散る、火花。

「ララ……!?」

 チラリと視線だけあげると、私を庇うようにそこに立っていたのは――侍女のララだった。

 だけどその動きは――
 どう考えても、侍女のものではなかった。

 素人目に見ても、一切無駄のない動きは。
 まるで訓練された熟年の騎士のようで。

「ヴィオラ様、下がっていてください!」

 短く告げたその声は、いつもの柔らかなものではなかった。
 その違和感に戸惑う暇もなく。

 空気が、がらりと変わった。

 ひゅっ――、と。吹き抜けたのは鋭い風切り音。

 次の瞬間。
 魔獣の動きが、ぴたりと止まった。

 そして少し遅れて、ずるり……と。その巨体が床へ崩れ落ちた。

 そしていつの間にか、その背後に立っていたのは。

「……大公殿下」

 北部の大公ラウル・シューネベルク。
 血のような赤い瞳が、動かなくなった魔獣を冷ややかに見下ろしていた。

 一撃。
 たったそれだけで、大公は終わらせた。

 ――これが。
 怪物と呼ばれる人の、力。

 その事実に、ぶるりと身体が震えた。

「ヴィオラ……怪我は?」

「だ、大丈夫……です」

 ようやく絞り出した声は自分でも驚くほど小さく、恐怖に震えていた。

 すると大公は、ゆっくりと視線をこちらに向けた。
 ――そして。
 その視線が、私の顔でぴたりと止まった。

「あ…………」

 大公は、動かない。
 
 瞬きもせず、まるで何かに驚いたように。
 
 ただ、じっと。
 私を見つめていた。

「……あの?」

 急にどうしたのか。
 不思議に思って大公に声をかけた、その時。

「顔が……」

 そう、ぽつりと。
 大公が呟いた。

「え?」

 ――顔?
 私の、かお……?
 その言葉に、私はごくりと息を呑む。

 血の気が……一瞬で引いた。
 私はさっきお風呂にはいったばかり。

 それは、つまり――

「あの、ヴィオラ……」

「っ……」   

 焦って視線を泳がせていると、視界の端ではララが頭を抱えていた。

 大公に見られた。どうしよう。
 どうにか誤魔化さなければ。
 
「……いえ、気のせいだったみたいです」

 そう言って大公は、ゆっくりと私から視線を外した。

「えっ?」

 間の抜けた声が、私の口から漏れる。

 気の、せい? え、それ本当に……?
 そんなはず、ないのに。

 胸の奥がざわつく。
 だが大公はそれ以上なにも言わず、倒れた魔獣へと視線を戻した。

「後処理を」

「……かしこまりました」

 そのやり取りを、私はただ呆然と見ていた。

 見られた、はずなのに。
 大公は驚いていたずなのに。
 いったい、どうして……?

 わからない。私にはなにも、わからない。

 ただひとつだけ確かなのは――
 大公の視線がいつもとは少しだけ違っていた気がする、ということだけだった。
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