YUZU

箕面四季

文字の大きさ
13 / 84

【嫌な予感しかしない】

しおりを挟む
 キーンコーン、カーンコーン

 チャイムと同時に6年3組の教室に滑り込んだ柚樹に対し「秋山君、もう少し早く来てくださいね」と林先生は意外にも優しかった。

 今日の先生の服装はピンク色のワンピース。ちょっとよそ行きな感じだ。

「先生、絶対今日デートだよね。メイク濃いし」
「いいなぁ。彼氏、イケメンかなぁ」
 女子たちが小声でキャーキャー騒いでいる。

(恋バナとか、ホント好きだよな。まあ、別にどうでもいいけど)
 ともかく、こういう日の林先生は、いつもよりも寛大で優しい。
 例えば作文の筆跡がちょっと違っても、内容がちょっと変だったとしても、大目に見てくれる可能性大。

(ラッキー)と、柚樹はほくそ笑んだ。

「はじめに宿題を集めます。作文用紙は裏返して、後ろの席から前に回して下さい」
 とはいえ、さすがに遅刻ギリの上、宿題まで忘れていたらアウトだっただろう。

(柚葉、サンキュー)
 持つべきものは賢い高校生。家出中で変人だけど。

 柚樹は心の中で柚葉に手を合わせつつ、後ろの席から回って来た作文の上に自分の用紙を重ね、前の席のゆかりへ回していく。
 ゆかりが柚樹の手から作文用紙を受け取ろうとした瞬間「柚樹に触れるなよ。妊娠すっから」と、すかさず、隣の朔太郎が言った。

(くそ)
 ムッとして睨みつけると、朔太郎はべぇっと舌を出して前を向いた。

「そこ。無駄口叩かないで早く回してください」
 林先生の注意を受けたゆかりは、気まずそうに作文用紙を受け取る。柚樹の手に触れないよう、用紙の端をつまんで。チクリ、と胸に痛みが走る。

(別にいいけど)と、柚樹は自分に言い聞かせ、何でもない風を装った。

 ゆかりの横で、朔太郎が満足気に笑っていた。(くそ)と、柚樹は机の下で、こぶしを握る。
 たぶん朔太郎はゆかりに気があるんだ。だから、ゆかりに話しかけられたオレに嫉妬してこんなことをしているんだ。

(ガキすぎじゃん)
 朔太郎も、それに便乗する男子たちも。そしてゆかりたち女子も。

(ガキな奴ら)
 ふん、と、柚樹は心の中でクラス中を軽蔑する。

(マジでみんな、死ね)と、悪態もついてやる。ついでに母さんの赤ちゃんも死ね。



 事件が起きたのは、帰りの会の直前だった。

 週の始めの長い長い月曜の授業もようやく終わり、後は林先生が戻ってきて、帰りの会が始まるのをみんなうずうず待っているところだった。

「今日、遥ちゃんちで遊ぶけど、一緒に行く?」
「行く行くー! おやつ持ってくね」

「放課後、校庭でサッカーしようぜ」
「ええ? そこはドッヂっしょ」

「オレ今日塾だぁー」
「うちはピアノだよ~」

 クラス内の気持ちはとっくに放課後に移行していた。ちょっと前なら、柚樹もその仲間に入っていたはずだ。
 放課後は、暇な友達と校庭でドッヂボールやサッカーをして夕方まで遊ぶのが日課だった。

 でも今は、柚樹に遊ぼうと声をかけてくる奴はいない。
 柚樹と話せば、ここぞとばかりに朔太郎たちが駆けつけて「お前もエロいんか?」「妊娠するぞ」と言われるから。

 ダチだと思っていた康太と春信は、放課後二人揃って一目散に逃げ帰る。ムカつくけど、もし自分がアイツらの立場だったら、と考えると二人を責められなかった。

 自分だって同じことをしているかもしれない。誰だって面倒ごとはごめんだ。平穏に暮らしたいから。

 仕方ない、と思う。思うけど……。

 ガラガラ、と教室の扉が開いて林先生が入ってきた。その表情を見て、みんな、はっと息を飲む。
 先生は薄い唇をきゅっと結んで目をつりあげ、見るからに不機嫌そのものの顔をしていたのだ。

 不機嫌な林先生は、誰かの作文用紙を手にしていた。

「あれ、今朝提出した宿題だよね?」
 ひそひそ。

「上手だった人のを読むのかな」
「違うって。見ろよあの顔。あきらか怒ってっし」
 ひそひそ。

「男子の中に、ふざけた人がいたのよ」
「なんで男子限定なんだよ」

「そういう子供っぽいことするの男子に決まってるじゃない」
「静かに!」
 林先生が強く手を叩いた。

「今日は帰りの会をやめて、この作文についてみんなで話し合いたいと思います」

「やっぱり、男子がふざけたのよ」
「だからなんで男って決めつけんだよ」

「静かにしなさい!」
 林先生の金切り声に、クラスがしんと静まり返る。

「読み上げます」
 教壇で林先生が作文用紙を広げ、人工的に赤い唇をゆっくりと開く。

「僕の家族。秋山柚樹」
「!」
 思いがけず自分の名前が呼ばれて、柚樹の心臓は飛び上がった。

(なんで、オレ?)

 心底驚いたあと、重大なことに気が付いて、今度はドクドクと内臓全体が脈打つ。

 そういえば、オレ、作文の内容を読まずに提出した……

 ドクドクドクドク。
 一体、柚葉は何を書いたんだ?

 ドクドクドクドク。
 さっきまで他人事だった柚樹の身体から、じっとり嫌な汗がにじみだした。みんなの視線がぐさぐさ刺さる。

 林先生が、ちらっと柚樹に目をやって小さく頷いてみせた。

 ……嫌な予感しかしない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...