上 下
31 / 69
ほたるの記憶 ~中学生編~

聞きたくない

しおりを挟む
「でね、篤君が」
「篤のことを思うなら、笑ってないで部活行くように説得した方がいいんじゃない?」

(しまった)
 つい、きつい口調になってしまい、慌てて作り笑いを浮かべた。

「ほら、篤ってちゃんと言わなきゃわかんない、ガキみたいなとこあるから」
「そうかな」
「そうそう」

 チラリと紗良を伺うと、紗良は「そうかもね。私、部活行くように説得してみるね」と、感心したように頷いて、再びクッキー生地を捏ね始めた。

 ふう、と小さくため息。
 危ない、危ない。

「ほたるちゃんは、このクッキー篤君にあげるの?」
「え? は? まさか!」

 思わずハンドミキサーを浮かしてしまい、メレンゲがぴしっと顔に飛んだ。

「あげないの?」
「当たり前じゃん」

 フリフリのエプロンが似合う紗良。
 男子はこの姿に萌えるんだろうな。

「ほたるちゃんは、篤君のことどう思ってる?」
「どうって、幼馴染みの友達だけど」
「それだけ?」

 紗良の真っすぐな瞳に嫌な予感がした。
 ももちゃんがこっそり聞き耳を立てている。

「もちろん。それ以外ないじゃん」

「良かったー」と微笑む紗良。
 ヤバイ。と、思った。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

「バカなこと言ってないで、手を動かそう」

 この話題はさっさと切り上げないとヤバイ。
 ほたるはメレンゲ作りに集中する。

 ガーーーと、ハンドミキサーが立てる騒音が響いているのに、妙に自分の心臓の音が大きく聞こえていた。
 今日はくじ引きで決まった二人一組で、ももちゃん命名の『乙女の秋。恋の三角関係クッキー』を作っている。
 ほたるは紗良とペア。

 恋のほろ苦さを表す抹茶と、甘酸っぱさを表すクランベリーをくっつけたハート型のクッキーと、口の中ですっと解けるメレンゲクッキー。

「どうして三角関係なの?」と尋ねた部員に「青春の恋は三角関係が大原則なのよん」と不敵に笑ったももちゃん。
 三角関係。
 嫌な響き。

「ほたるちゃん、私ね」

 紗良が話しかけてくる。
 聞きたくない。

「よし。メレンゲ角が立った。これを絞ればいいんだよね」
「私、篤君が好きみたい」

「!!!!」

 ついに、言われてしまった。

 知っていたけど知りたくなかった。
 胸の辺りが重苦しくて、吐きそう。

 頬を赤く染める紗良は、女子のほたるでさえ惚れそうに可愛いかった。
しおりを挟む

処理中です...