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神明山の遊歩道
カゲロウの愛
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「自分のことを、カゲロウに例えてたんだよな」
「カゲロウって、アリジゴクの成虫だよね。……寿命が短いんだっけ」
小学生の頃、校庭の隅にぽこぽこ空いた円錐形の穴に、細い雑草を這わせて、アリジゴクをおびき寄せる遊びが流行った。
獲物と間違えて現れるアリジゴクがナウシカに出てくる巨大な虫にそっくりだと誰かが言って、そこから始まった遊びだった。
確か、その時に、アリジゴクの成虫のカゲロウは寿命が短いんだと、誰かが言っていた気がする。
「それ混同しがちだけど、アリジゴクはウスバカゲロウのことで、オレの言ってる水生昆虫のカゲロウとは全然別物だぞ。見た目が似てるってだけで、全然違う昆虫なんだ。ウスバカゲロウは成虫になってからも1ヵ月くらい生きるしな」
「そうなの?」
てゆーか、普通のカゲロウの寿命はどれくらいなんだろう。そもそも1ヵ月の寿命って、虫の中では長いのだろうか?
「カゲロウの成虫の寿命は数時間から長くても数日だから、全然違うだろ」と、優太君がほたるの心の疑問に答えてくれた。
「カゲロウって本当に寿命が短いんだね」
「うん。それにカゲロウは変な生き物でさ、幼虫から羽化した後、亜成虫になるんだ」
「あせいちゅう?」
また、わけのわからない言葉が……
ぱちん。
最も黒コマをひっくり返せそうなところに白いコマを置きながら、ほたるは(そういえばあたしの体内にいた喪失目のむしのことを、向尸井さんは亜完全変態と言っていたなぁ)と思い出す。
亜完全変態のむしは、蛹の間に晒された感情により成虫の形態が異なる。ほたるの体内のむしは、あやうく毒むしになるところだったのだ。
ギリギリのタイミングで、向尸井さんに取り出してもらったおかげで、篤に対する恋心を栄養に育ったむしは、幻想的なコバルトブルーの蝶に羽化して、どこかへひらひら飛んで行った。
あの蝶は、今頃どうしているのだろう。
「亜成虫は、成虫の前段階ってところかな。亜成虫に羽化したカゲロウは一日か二日自由に空を飛び回った後、最後の脱皮で成虫になって、子孫を残して数時間で死んじゃうんだ。そんでママ……お、オレの母親はさ、私はカゲロウだから、亜成虫で自由に空を飛び回っていた時に、父さんに出会って、恋をして、成虫になってオレを生んだんだって、いつも嬉しそうに話してたんだ。物心ついた頃には知ってたから、たぶんオレが2歳くらいの時にはそんなこと言ってたんだと思う」
「優太君、物心つくの早いね」
「まあね。オレ天才だから。で、オレの母親は、自分はカゲロウと同じで寿命が短いけど、100年分の愛情を一気にオレに注ぐことができるんだよって言ってたわけ。だ~か~ら~」
ぱちん!
小気味よい弾んだ音を立てて、優太君がまた角に黒コマを置く。
しまった! なんであたし、あんなところにコマを置いちゃったんだろ!
「オレは、既に母親から100歳越えの愛情を貰ってるってこと。でもってオレは母親がいなくても……まあ、寂しい時はあるけどさ。でも、愛情の足りない可哀想な子じゃないのは確かだな。勉強、勉強って、ギスギスしてるガッコーとか塾の連中の希薄な親子関係よりか、よっぽど恵まれてたと思うぜ」
いたずらっぽくほたるに笑いかけてくる表情が、写真の優太君のお母さんに重なって見えた。
細いつり目の中の、小さな瞳がキラキラ輝いている。
希望に満ち溢れた、いい表情。
優太君が、あの大家さんを手玉に取りながら飄々と生活できているのは、100年分の愛情を注がれた土台があるからかもしれない。
たった数年間の短い母子生活は、けれど、とても密度が濃かったのだろう。
だから優太君には、ありのままの自分を、きちんと自分で肯定できる、そこはかとない自信があるのだ。
「すごいね。優太君のお母さん。とっても素敵な人だね」
優太君は、恥ずかしそうに視線を逸らせ、ぶっきらぼうに付け加えた。
「つっても、オレもちっちゃかったし、実は、あんま覚えてないんだけどさー。ってことで、もう勝ったぜ」
「え? うわっ、打つとこないし、ほとんど黒になってる~!!」
「ダメほたる、弱ぇなぁ」
優太君がにやりと口元に笑みを浮かべた時、ガチャガチャっと鍵が開いて玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~ザマス」と、大家さんのキンキン声が、がなっている。
「お帰りなさい。おばあさま」
瞬時に品の良いお坊ちゃまに戻った優太君に、ほたるは(切り替えはやっ!)と、苦笑したのだった。
「カゲロウって、アリジゴクの成虫だよね。……寿命が短いんだっけ」
小学生の頃、校庭の隅にぽこぽこ空いた円錐形の穴に、細い雑草を這わせて、アリジゴクをおびき寄せる遊びが流行った。
獲物と間違えて現れるアリジゴクがナウシカに出てくる巨大な虫にそっくりだと誰かが言って、そこから始まった遊びだった。
確か、その時に、アリジゴクの成虫のカゲロウは寿命が短いんだと、誰かが言っていた気がする。
「それ混同しがちだけど、アリジゴクはウスバカゲロウのことで、オレの言ってる水生昆虫のカゲロウとは全然別物だぞ。見た目が似てるってだけで、全然違う昆虫なんだ。ウスバカゲロウは成虫になってからも1ヵ月くらい生きるしな」
「そうなの?」
てゆーか、普通のカゲロウの寿命はどれくらいなんだろう。そもそも1ヵ月の寿命って、虫の中では長いのだろうか?
「カゲロウの成虫の寿命は数時間から長くても数日だから、全然違うだろ」と、優太君がほたるの心の疑問に答えてくれた。
「カゲロウって本当に寿命が短いんだね」
「うん。それにカゲロウは変な生き物でさ、幼虫から羽化した後、亜成虫になるんだ」
「あせいちゅう?」
また、わけのわからない言葉が……
ぱちん。
最も黒コマをひっくり返せそうなところに白いコマを置きながら、ほたるは(そういえばあたしの体内にいた喪失目のむしのことを、向尸井さんは亜完全変態と言っていたなぁ)と思い出す。
亜完全変態のむしは、蛹の間に晒された感情により成虫の形態が異なる。ほたるの体内のむしは、あやうく毒むしになるところだったのだ。
ギリギリのタイミングで、向尸井さんに取り出してもらったおかげで、篤に対する恋心を栄養に育ったむしは、幻想的なコバルトブルーの蝶に羽化して、どこかへひらひら飛んで行った。
あの蝶は、今頃どうしているのだろう。
「亜成虫は、成虫の前段階ってところかな。亜成虫に羽化したカゲロウは一日か二日自由に空を飛び回った後、最後の脱皮で成虫になって、子孫を残して数時間で死んじゃうんだ。そんでママ……お、オレの母親はさ、私はカゲロウだから、亜成虫で自由に空を飛び回っていた時に、父さんに出会って、恋をして、成虫になってオレを生んだんだって、いつも嬉しそうに話してたんだ。物心ついた頃には知ってたから、たぶんオレが2歳くらいの時にはそんなこと言ってたんだと思う」
「優太君、物心つくの早いね」
「まあね。オレ天才だから。で、オレの母親は、自分はカゲロウと同じで寿命が短いけど、100年分の愛情を一気にオレに注ぐことができるんだよって言ってたわけ。だ~か~ら~」
ぱちん!
小気味よい弾んだ音を立てて、優太君がまた角に黒コマを置く。
しまった! なんであたし、あんなところにコマを置いちゃったんだろ!
「オレは、既に母親から100歳越えの愛情を貰ってるってこと。でもってオレは母親がいなくても……まあ、寂しい時はあるけどさ。でも、愛情の足りない可哀想な子じゃないのは確かだな。勉強、勉強って、ギスギスしてるガッコーとか塾の連中の希薄な親子関係よりか、よっぽど恵まれてたと思うぜ」
いたずらっぽくほたるに笑いかけてくる表情が、写真の優太君のお母さんに重なって見えた。
細いつり目の中の、小さな瞳がキラキラ輝いている。
希望に満ち溢れた、いい表情。
優太君が、あの大家さんを手玉に取りながら飄々と生活できているのは、100年分の愛情を注がれた土台があるからかもしれない。
たった数年間の短い母子生活は、けれど、とても密度が濃かったのだろう。
だから優太君には、ありのままの自分を、きちんと自分で肯定できる、そこはかとない自信があるのだ。
「すごいね。優太君のお母さん。とっても素敵な人だね」
優太君は、恥ずかしそうに視線を逸らせ、ぶっきらぼうに付け加えた。
「つっても、オレもちっちゃかったし、実は、あんま覚えてないんだけどさー。ってことで、もう勝ったぜ」
「え? うわっ、打つとこないし、ほとんど黒になってる~!!」
「ダメほたる、弱ぇなぁ」
優太君がにやりと口元に笑みを浮かべた時、ガチャガチャっと鍵が開いて玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~ザマス」と、大家さんのキンキン声が、がなっている。
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