上 下
69 / 97
むしコンシェルジュの業務

むしむし交換

しおりを挟む
 ほたるの声に、ぐるりと首だけ回してきっちり一瞥をくれたあとで、向尸井さんは、ビジネススマイルを湛え、優太君に向き直った。

「むしむし交換とは、お客様の取り出したむしと同等の等級の別のむしを交換し、お客様の体内へ入れるサービスです。むし屋では、むしを1等、2等、3等というように等級わけしております。たとえば、お客様から取り出したむしが1等であれば、当店にある1等のむしたちの中から、お客様ご自身でお好きなものをお選びいただけます。お客様ぐらいの年ごろの方に人気の、運動が得意になるむしや、勉強が得意になるむしなども取り揃えてございますよ」

「へぇ~。1等なら1等の中から選ぶ。3等なら3等の中から選ぶって、なんか夏祭りのくじ引きみたいで楽しそう! それでお願いします!」

(優太君、決断、はやっ!)
 あたしは、結構悩んだ気がするんだけど。と、ほたるは自分が初めてむし屋に来店した日のことを思い返した。

 あの時は、荒手の宗教詐欺かと疑ったっけ。
『違いますね』と、向尸井さんにソッコーで否定されたけど。
 まあでも、結局あたしもお金欲しさにオッケーしちゃったのよね。
 ちなみに、ほたるから出てきた喪失目のむしの査定額は五千円だった。
 向尸井さん曰く、わりと一般的なむしらしい。

「では、さっそく」
 向尸井さんが、音もなく立ち上がり、カツカツと、ピカピカに磨かれた大理石の床を優太君に向かって歩いていく。

「え、もうですか?」
 優太君が焦っている間に、優太君に迫った向尸井さん。お辞儀をするように腰をかがめた。
 ぎゅっと目をつぶり、椅子に座ったまま、優太君が硬直する。

「取れましたよ」
「へ? ……もう、ですか??」

(そうなのよね。驚くほどあっけないんだよね)
 うんうん、わかるわかる。と、ほたるは一人頷く。

 姿勢を戻した向尸井さんの手には、金色のピンセットが光っていた。
 その先で、24色の色鉛筆を細い糸にしたみたいな、カラフルな煙のようなものが、ゆらゆらと立ち昇っては消えて、消えてはまた細い線のように立ち昇るを繰り返していた。

「これは……オオコトダマの蛹の中身ですね」

 ほんの一瞬、向尸井さんのポーカーフェイスが翳る。が、すぐに何事もなかったかのように知的な微笑みに戻った。

(あれ? 向尸井さん、ちょっと、怒ってる?)

 いつも通り微笑んでいるのに、なんだか怒っているように、ほたるには見えたのだ。
しおりを挟む

処理中です...