ようこそ、むし屋へ2 ~麗しの碧ちゃん&むしコンシェルジュの卵編~

箕面四季

文字の大きさ
75 / 97
人工むし

いいわけないっ!

しおりを挟む
「そんな」
 向尸井さんの有無を言わさぬ迫力ある目に見据えられ、ほたるは茫然とする。

 その時、俯き加減で考え込んでいた優太君が「誰かが死ぬよりは、マシ、か」と呟いた。

「決めました! そのむし、オレの中に戻してください」
 大人びた目で優太君は向尸井さんに願い出る。

「こいつ、よく見りゃ、可愛いし」
 自ずから進んでにょろにょろの人工むしに手を差し伸べる優太君に、迷いはなかった。

「そんな、あっさり」
 ほたるの方が、諦めきれない。

 だって優太君は……悔しいけど、あたしより断然賢いし、物知りだし、度胸も適応力だってある。
 この子は、望めばなんだってなれるポテンシャルを秘めているのに。

 前途洋々な優太君の将来を犠牲にするような選択、本当に正しいの?

「決めたのなら、早い方がいい。さっそく、人工むしを戻そう」
 ジャケットの内ポケットに、片手を滑り込ませた向尸井さんが、黒い巻物のようなものを取り出して、年輪テーブルの上に置く。

 相変わらず金色のピンセットで人工むしをつまんだまま、巻物の紐を片手で器用に解いて、ころころと、黒い巻物を開いていった。
 赤、青、緑と金属的な光沢で輝く、サイズの異なるピンセットが並んでいた。先端がかくっと折れ曲がったり、針になっている特殊なものもある。

「動くと危ない。きっちり座り直してくれ」
「こうですか?」
「もう少し斜め左に身体を傾けて」
 向尸井さんが優太君に指示を出し、着々と人工むしを戻す準備が進んでいく。
 本当に、これでいいの?

(いいわけないっ!)
 ほたるは、ピンセットの収まる巻物を取り上げ、店の隅に置いていたトートバッグに駆け寄って、中に突っ込み、急いでジーっと、ジッパーを閉めた。

「おい、何するんだ」
 形のいい眉を寄せて怒り露な向尸井さんに、ほたるはつかつか詰め寄った。

「向尸井さん、こんなのダメです! もっとちゃんと人工むしを優太君から引き離す方法を考えてください!」
「だから、さっきも言ったように、なんとかできるなら、とっくに」

「こんなの、達者な口でお客様を言いくるめて、意にそぐわないことを契約させる悪徳営業マンみたいじゃないですか」
「なんだと?」
 向尸井さんの表情が気色ばんだ。
 さすがに嫌な言い方だったかも。
 でも、引き下がるわけにはいかない。

 優太君がオロオロとほたると向尸井さんを見比べている。
「お、おい。ダメほたる。オレは全然」
「特級むしコンシェルジュなんでしょ? もっと仕事にプライド持ってください!!」

 喋っているうちに、熱血教師的な情熱が身体中にほとばしってきた。熱くなったほたるはその勢いで、向尸井さんのネイビーのジャケットをぐいと引っ張る。

「うおっ」
 ピンセットを持ったままの向尸井さんが、ひょろりと、いとも簡単にほたるの方へよろけてきて、ほたるの眼前にうにょうにょが迫る。

 うにょうにょうにょ。
「う、う、うぎゃ~」
 勢いで、ほたるは、向尸井さんをどんっと突き飛ばしてしまった。

「うお~」
 ピンセットを持ったまま、今度は後ろに吹っ飛ぶ向尸井さん。

「まずい」
 瞬間移動で向尸井さんの背後に回ったアキアカネさんが、なんとかその背中をがしっと抑えた。

「お~ま~え~」
 はっと我に返ったほたる。

「す、すいません! なんかスイッチ入っちゃって。あはは」
「あははじゃないだろ! オレはいいが、いや、よくないが、人工むしを傷つけたら何が起こるかわかんないんだぞ!! むしはデリケートなんだ!!!」

 怒鳴られて、ビクッとなる。
 そういえば、どんな体勢でも向尸井さんは、ピンセットを持った手だけは守っていた。
 今も、アキアカネさんに背中を支えられながら、ピンセットを持った片手を持ち上げ続けている。

「ごめんなさい」
 しゅんっと、ほたるは素直に謝った。

「優太君の将来を考えたら、なんか頭に血がのぼっちゃって……そんなに強く引っ張ったつもりはなかったんですけど、案外ひ弱なんですね」

「……お前それで、謝ってるつもりなのか?」
 体勢を立て直した向尸井さんが、ギロリとほたるを睨みつける。

「ひ弱じゃない。デリケートなだけだ」
「あ、そこ気にしてるんですか?」
「別に気にしてない」
(気にしてるんだ)
 こほんっと、咳払いを一つして「オレだって何か策はないか考えている。現在進行形でな」と、向尸井さんは言って、しばしの間目を閉じた。
 黒々と長いまつ毛が、苦悶の影を落とす。

「蜻蛉なら、何か知っていたかもしれないんだがな」
「ひいじいじ?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

美少女仮面とその愉快な仲間たち(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
未来からやってきた高校生の白鳥希望は、変身して美少女仮面エスポワールとなり、3人の子ども達と事件を解決していく。未来からきて現代感覚が分からない望みにいたずらっ子の3人組が絡んで、ややコミカルな一面をもった年齢指定のない作品です。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

エリちゃんの翼

恋下うらら
児童書・童話
高校生女子、杉田エリ。周りの女子はたくさん背中に翼がはえた人がいるのに!! なぜ?私だけ翼がない❢ どうして…❢

たったひとつの願いごと

りおん雑貨店
絵本
銀河のはてで、世界を見守っている少年がおりました。 その少年が幸せにならないと、世界は冬のままでした。 少年たちのことが大好きないきものたちの、たったひとつの願いごと。 それは…

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※noichigoさんに転載。 ※ブザービートからはじまる恋

処理中です...