桜山線ツバメ列車

箕面四季

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【往路】桜山線子燕駅

冷たい視線

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 マダムに続いて、プシューと開いたドアをくぐった途端、「いつもの席!」と叫んだ優が、愛美の手を振り切って運転席側の二人掛けシートにぴょんっと飛び乗った。

 反射的にマダムをちらりと見たが、マダムが気分を害した様子はない。
 愛美たちに視線を向けることもなく、対面のシートにゆったり上品な仕草で腰を下ろしている。

 ホッとしたのも束の間、今度はあの車内アナウンスが流れてくる。

「感染症対策のため~、マスク着用や~会話は控えめにするよう~、ご協力お願いいたしま~す」

 絶妙に間延びしたアナウンスのせいで、愛美の電車内の居心地は最悪だ。
 優はマスクをしていないのだ。

(子供は例外で~す、とか、一言付け加えてくれたっていいじゃん)


「あっ、運転手さんだ!」
 ぴょんっと、座席から飛び降りた優が、運転席と客席を隔てるガラス窓に顔をくっつけ手を振り始めた。

(ああ、もう~)
 本当に子供って大変。

 てゆーか、ちょっと前まで、優のことを随分しっかりしてきたなーって、感心しっぱなしだったのに。
 最近の優は一体どうしたんだろう。

 ふと気が付けば、電車に乗ってもはしゃがなくなってて、一抹の寂しさ? 的なものを感じてた気がするんだけど。

 やっぱ、新型ウィルスのせいで激変した日常のストレスってやつかな。

 敏感な子供は、ストレスのせいでおねしょしちゃったり、小学生でも、不安が募って母親から離れられなくなったり、赤ちゃん返りみたいな行動をする子もいるらしい。
 まっ、ワイドショーの情報だけど。

(とりあえず、優しく注意しとこう)

「優ちゃん、ほら、ちゃんと座ってね」
 愛美は他の乗客へ(注意してますよー)のアピールを込めて、やや大きな声で優に言い聞かせる。


「おーい、運転手さーん、こっちだよー」
 愛美の声を打ち消すように、優がさっきより大きな声で運転席に呼びかけ、窓を叩き始めた。

(まずい!!)

「優、ちゃんと座りなさい」
 慌てて立ち上がり優を引き剥がそうとする愛美を、乗客たちが見てくる。
 あっちは気づいてないと思ってるかもしれないけど、背中に突き刺さる気配でバレバレだ。

「すみません、騒がしくて」
 くるりと振り返って愛美が頭を下げると、全員、ふいと愛美から目を逸らした。
 その態度と表情がまた腹立たしい。

(謝ってるのに、なんなの、その態度!!)
 優は子供なんだし、大目に見てくれたっていいじゃん!!

 爆発しそうな愛美に「大丈夫よ」と、誰かが声を掛けてきた。
 その優しい声は、向かいの席で文庫本を読んでいたマダムのものだった。

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