その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

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二章

二十話

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──巨大な井戸の中を、落ち続けているようだ…──
 和義は、そう思った。上方にある微かな光源が、段々と小さくなっていく。やがて、その頼りない目印すらも消えて無くなり、全ては漆黒となった。
 暗闇に支配された空間を落ち続ける。──何物かの体内に入り込んだのだ──と、彼は夢想した。
 下から、声が聞こえた。意識もまともに定まらない状態で耳を傾ける内に、ようやく自分が陥った状況について疑問を持つ。周囲を見渡しても、闇以外は何も無い。自分の体さえも無いことに気づく。少し頭がぼうっとする。
 ──これは、夢だ──そう思ったところで、井戸の底に気配を感じ取った。一軒家の敷地くらいある底面の一部が、スポットライトで照らされたように光っている。視界がぼやけて分かりづらいが、光の中に二つの存在を確認した。彼らに注意を向けると、視界が多少鮮明になる。
 ──自分がいた。いや、自分を見下ろせる筈は無いので、別人だ──と彼は思う。──真っ黒な人間が、その男と向かい合っている。いや、人間ではなく化け物だ──と、またもや思い直した。うまく思考がまとまらない。
 黒い化け物からは、異様な存在感が滲み出ていた。この井戸のような空間に溜まった闇は、虚ろで静寂に満ちたものだ。しかし化け物の体から燃え立つ闇は、激情を隠そうともせずに、荒々しく靡いている。炎の僅かな範囲に入り交じった多くの色や、照らされた光がなくとも、二つの闇の見分けはついただろう。
 体中からどす黒い怨念が炎のように吹き出し、金色の瞳がある左の瞼だけを見開いていた。火先の一つ一つに、別個の気配が宿っている。彼は、それを眺めているうちに、炎は黒い人魂が寄り集まったものだと分かった。その数は、十や二十では無い。
 彼は、その化け物を只々恐ろしいと感じて、そんな存在と平気な顔で対峙する自分の生き写しも、化け物のようなものだと思った。
──羽虫が耳元を掠める音に、時折金属音を加えれば、このように聞こえるのではないか?──
 それが、黒い化け物の声を聞いた感想だった。
 そいつは、さも当たり前のように出鱈目な言葉を吐き続けていた。不快な喋り声が、段々と肉声に近づいていく。人の真似をしているつもりらしい。
 和義に似た男は、相手の滅茶苦茶な言葉使いを意に介さず、当然のように会話し始めた。何を言っているのか、彼には分かるのだ。
 「再生」だの「毒」だのといった、断片的な言葉だけしか、和義には聞きとれない。──もう少し近づけば、聞こえやすくなるだろうか──と思い、和義は更に下へと落ちていく。化け物の視界に入らないよう注意しながら、自分そっくりな男の数メートル上で止まった。
 会話が、少し間途切れた。
 もう一人の自分が、唐突に仰いだ。悪魔的な笑顔を張り付かせた顔と、向かい合う。
 驚きや恐怖の感情が生まれる前に、ある筈のない頭部が掴まれた。僅かに見上げれば、黒い化け物が彼を見つめていた。金色の目が、視界の殆どを占めるくらい間近から、和義の意識を覗き込んでいる。
 満月のような瞳を眺めていると、化け物が淀みなく言った。

「お前に決めた」
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