その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

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三章

二十一話

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 自身に迫ってきたものを、両手で押し退けている。そのように見える姿勢で、和義は目を覚ました。慌てて辺りを確認するが、黒い化け物も自分の生き写しも見当たらない。
(夢見が悪かっただけだ)
 そう自分に言い聞かせて、落ち着こうとした。しかし、自宅周辺から感じる異様な気配が、新たな動揺を生んでしまう。感知した霊力は二つで、どちらも祖母の姿形をした亡霊とは違う気配だった。
「一体何なんだよ!!」
 怒鳴り気味に言い放つと、急いで達也に電話をかけた。
「それは、早紀ちゃんが付けた護衛。お前が霊能を持つ前から、ずっと側にいたぞ」
 朝に弱いのか、気怠るそうな声が返ってきた。その態度に苛つきながら、和義は「昨日まで何も感じなかった」と伝える。
「知るか。れーかんが強くなったんじゃねぇの?」
 欠伸混じりにそう言うと、電話は切れてしまった。
 その直後に、悪夢の話をし忘れた事に気づく。
 携帯を持ったまま佇む彼の心中に、漠然とした不安が広がっていった。

 身支度を整えて、すぐに家を出た。しかめっ面を俯かせて登校する彼の脳裏には、今尚悪夢の残像がある。「お前に決めた」という言葉が、どうしても引っかかっていた。(何を決めたんだ? そもそも意味のある夢なのか?)と、歩きながら考え続ける。
 気懸かりな要因は、他にもあった。──霊視や千里眼と呼ばれる──探知能力が、急激に強まっていた事だ。今朝目を覚ました時には、感知出来る範囲・精度が大幅に上がっていた。 
 化け物や生き物の気配は、一昨日から感じ取れた。
 [皮膚感覚が体外の空間へと拡張されていき、その見えない皮膚に触れたものを把握できる]というようなイメージをすれば、対象の位置や力の強弱が分かる。
 また、無機物との距離間も計れる様になっている。
 肉眼で化け物を視認することも、二日前から出来た。これまでは、殆どこの方法で化け物の存在を確認してきたのだが、1.0ある視力の範囲内で捉えていたに過ぎない。
 だが今は、望遠鏡でも覗いているかの如く、遙か遠方まで知覚できるほど視力が上がっており、遠距離にいる化け物を易々と捉えられる。
 悪夢を見た後に突如として備わったのが、視界外の映像を脳裏に思い浮かべる能力だった。今なら視認せずとも、護衛と呼ばれた化け物達の姿を、明瞭に知覚できる。一定の距離を保ちながら付いてくるニ体の化け物は、体から炎を噴き出している大鼠と、鎧の付喪神だ。
 それら霊視能力の強化が、昨夜の悪夢と無関係だとは考え難い。達也や早紀に相談しようと思いながら、彼は足を急がせた。

 学校に着くと、和義は達也を校舎裏に連れ出した。
 達也は、「確かに、霊力が上昇している。けど、夢との関係は分からない」と言う。続けて「俺より、早紀ちゃんに相談した方が良い」と口にしたところで、予鈴が鳴り響いた。
 一時限目の授業が始まる寸前になっても、校内に彼女の気配を見つけられない。訝かしむ和義の耳に、「休みがちだからなぁ」という呟き声が届いた。
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