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◇10 【過去】いざ!

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 その日から、テセウスとフィオネはルークを探すための捜索を始めたのだった。──といっても、捜索は難航したのだが。

「ルーク様は普段どこにいることが多かったの?」
「それが、分からないんです。いつもボロボロの服を着てふらふらしてて」
「あの人、あまり自分のこと喋らないのよね。……下町にでも遊びに出掛けていたのかしら」

 ぴんと人差し指を一本立てて、フィオネが推理した。エメラルド色の瞳がくるりと輝く。

「私たちも街に下りてみましょう」
「……はい!」

 そうと決まれば早速変装だ。

 厨房から若い少年と少女を連れてきて、持っている服をくれないかと頼む。何も知らない少年少女は目を白黒させながら持っていた衣服をくれた。お礼だと金貨を渡すと、「めっそうもない!」と二人は驚いたように半歩下がった。その手に金貨を握らせる。

 麻でできた茶色のズボンに触れ、テセウスは「随分と薄いんだな」と呟いた。ペラペラの素材はどうにも心もとないが、その分身軽だ。兄はいつもこういう気分だったのか。
 
 そのときだった。

「ふ、」

 フィオネが口元を抑えていた。

「テセウス、あなた、つんつるてんじゃない」

 半ズボンから膝小僧が覗いているさまを見て、フィオネはけらけらと笑った。「あーおかしい」と笑うフィオネだって、地味なワンピースに着替えたものの、宝石みたいに輝く顔の特別さが隠せていない。
 いつも控えめに微笑んでいるフィオネが、こうやって砕けた表情を見せてくれるのが、テセウスはたまらなく嬉しかった。

「君だって、なんか……ちぐはぐだ」
「なによ」

 睨むふりをするフィオネはとても愛らしかった。頬をぷくりと膨らませて、けれど、桃色の唇が隠し切れないように笑みを描いている。

 ──兄さんがいれば、もっと楽しかっただろうか。
 
 テセウスはスカーフを取り出した。モスグリーン色のそのスカーフをフィオネの頭にかぶせ、頭の後ろでちょうちょ結びをする。そうすれば輝くような金髪が少し隠れた。

「素敵なスカーフ」

 フィオネは嬉しそうに笑って、鏡の前でくるくる回った。

 準備も整ったことだし、早速、街に出発だ!

 ──とドアを開けたところに、ぬっと差す影がある。テセウスはその人のことを見上げた。

「母さん」

 母、アイリーン。そしてその後ろには白髪交じりの壮年の男。──教育係のマルセルである。マルセルが動向を掴み、アイリーンに報告したというところだろうか。
 
「どこに行くの?」
「……」

 答えられないテセウスを見て、フィオネが一歩前に出た。

「民の視察ですわ。私の国では皇女自ら民の声を聞いて政治に活かしていますの」

 ぺらぺらと嘘を吐くフィオネ。テセウスも頷いて、その嘘に合わせる。

「そうです。僕も立派な王になりたいと思ってフィオネに教えてもらおうと思ったんです」
「そう、一国の王には必要なことだわ」
「マルセルもいつも言ってるじゃないか。国民一人一人のことを考えられるようになりなさいって」

 アイリーンとマルセルは顔を見合わせた。「フィオネ様が言うことなら」とぽつりと呟いたのがアイリーンで、えへんえへんと咳払いをしたのはマルセルだった。

「そういうことなら……どこを見てきて、何を学んだか、レポートに記して私に提出すること」

「はい!」

 ──許可が下りた!
 
 テセウスは嬉しさでニッと笑い、横のフィオネを見た。フィオネはすまし顔で「もちろんですわ」と笑っている。その様子を見て、テセウスも慌てて顔を引き締めたのだった。
 

 

 
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