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夜に光る蝶
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「もう嫌なの。優しい顔して寄ってきて、でも風俗嬢だって分かると絶対に大事にはしてくれないの。その癖、やる事だけはしっかりやっていくのよ」
「どうしても偏見はある人が多いからな。世界には、恩恵に預かっていながら、感謝をしないどころか見下す奴が多すぎる。発展途上国しかり、お前しかり、だ」
「ほんとそう!鏡夜だけだよ分かってくれるの。ありがとね」
「皆がお前を分かってくれなくても、俺だけは味方だから。辛くなったらまた来いよな」
夜の世界。
狭い箱の中で、ホストという蝶は、いや、大多数は蛾かもしれない。なんにせよ彼らは、金という光を求め羽ばたく。
そんな中で光には目もくれず、逆に光に美しい羽を照らされる蝶が、一匹。
「鏡夜さん、さっきの子、煽ればシャンパン降ろせたんじゃないですか?金も持ってたみたいだし」
客を送ってからバックヤードに戻ってきた鏡夜に、後輩ホストが疑問を投げかける。
「馬鹿、泣いてる女を喰い物にしようとするんじゃねーよ。確かに俺らは金の為に働いてる。けどな、金の為だけに女の相手してる訳じゃねーだろ」
鏡夜は少し目を細め、灰色の前髪を横へ流しながら言った。重なりそうな程に長いまつ毛が、憂いを秘めた表情に色気を添える。
「そうだぞ、露骨な下心は簡単に見透かされるぞー?人ってのは、見返り無しに行動なんてしない癖に、無償の愛を欲する面倒な生き物だからな」
「なるほど……鏡夜さん輝平さん、出しゃばってすいません!」
金髪に白いスーツを着た輝平は「これから学んでいけばいいよー」と笑顔で手を振って後輩をホールに戻す。それから鏡夜に向き直り「素でそんな事が言えるから、お前はモテるんだろうな」と笑ってから自分もホールに戻っていった。
「鏡夜君、他の子みたいにあんまりお金使ってあげれなくてごめんね。ほんとはもっと使ってあげたいんだけど、やっぱり昼職じゃ……」
月に数度しか来ない保育士の彼女は、他の客よりも使えるお金が少ない事を気にしていた。
「無理するなよ。お前が好きで選んだ仕事だろ?来れる時に来て、使える分だけ使えばいい。お前は酒を飲みに来てるんじゃない。俺に会いに来てるんだから。俺はお茶飲みながらの会話だって、楽しいんだよ?」
もう一月経つが、キープボトルの焼酎は半分ほどしか減っていない。
鏡夜は薄く割った焼酎をちびりと飲んでから、優しく肩を抱く。
「私みたいな細客でもちゃんと相手してくれるの、鏡夜君だけだよ……」
元々社交的な性格ではなく、昔馴染みの友人と一度行ってみようと来て以来、細々と通っている。
彼氏どころか友人さえ指折りしかいない彼女は、他愛ない出来事を毎日鏡夜にメールで話すのが楽しみだった。
鏡夜はすぐではないにしろ必ず朝までには返事をくれ、彼女はそのメールを見返しながら出勤するのが日課だった。
営業を終え、片付けを済ませてから一人また一人と店を出る。
何人か酔い潰れて寝ている従業員もいるが、しばらく寝れば酔いも醒める、変わらない日常。
まだ日の昇らない表通りに出た鏡夜に、後輩ホストは聞いてみる。
「鏡夜さんは、どうしてそんなに客に優しくできるんですか?」
迷惑な質問だったかな。と後輩ホストが一瞬後悔するが、鏡夜は気にしないようで、少し街燈を見上げてから口を開いた。
「俺は別に優しい訳じゃねーよ。
ホストってのは闇カウンセラーだ。
闇金融は表の金融が貸せない相手に高い利子で貸す、闇医者は表の医者ができない治療を高い治療費でする。
俺達は、表のカウンセリングを受けれねぇ女を高い金貰って相手して、幸せに暮らせるように手助けしてやる。
手段は違っても、仕事として求める結果は同じなんだよ。
そして結局のところ、どんな甘い言葉も枕営業も、ただ傍にいて存在を認めてやる、お前はこの世界に居てもいいんだ。そう伝えてやる事以上に幸せにはして やれねー。
俺はただ、仕事として最善の手段を選んでるだけだよ。風俗嬢なんてな、毎日狭い箱の中で、何人もの見ず知らずの男の相手してるんだ。その上社会からは白い目で見られるしな、並大抵の精神じゃやってらんねーよ。だからもしも病んじまったら、高い金貰ってる以上、俺達がしっかりとサポートしてやらねーとな。って事だ」
そう言って灰色の前髪の奥で目を細めると、ネクタイを緩めてタクシーを呼ぶ。
「偉そうに言ったが、根っこのとこは、近所に住んでるボランティア好きで世話焼きの女子高生の受け売りだ。あ、別に手出してねーぞ。俺はロリコンじゃねーし、高校生は犯罪だしな」
なんて言いながらドアを閉めると、鏡夜を乗せたタクシーは走り去った。
夜の世界。その小さい箱の中に、きらりと光るは黒蝶の羽。
光の中に優しさがあるなら、夜の闇に優しさという光を持ち込んだそれは、優しさの無い世界で明日も誰かにとまり、魅了しつつやわらかに蜜を吸うだろう。
「どうしても偏見はある人が多いからな。世界には、恩恵に預かっていながら、感謝をしないどころか見下す奴が多すぎる。発展途上国しかり、お前しかり、だ」
「ほんとそう!鏡夜だけだよ分かってくれるの。ありがとね」
「皆がお前を分かってくれなくても、俺だけは味方だから。辛くなったらまた来いよな」
夜の世界。
狭い箱の中で、ホストという蝶は、いや、大多数は蛾かもしれない。なんにせよ彼らは、金という光を求め羽ばたく。
そんな中で光には目もくれず、逆に光に美しい羽を照らされる蝶が、一匹。
「鏡夜さん、さっきの子、煽ればシャンパン降ろせたんじゃないですか?金も持ってたみたいだし」
客を送ってからバックヤードに戻ってきた鏡夜に、後輩ホストが疑問を投げかける。
「馬鹿、泣いてる女を喰い物にしようとするんじゃねーよ。確かに俺らは金の為に働いてる。けどな、金の為だけに女の相手してる訳じゃねーだろ」
鏡夜は少し目を細め、灰色の前髪を横へ流しながら言った。重なりそうな程に長いまつ毛が、憂いを秘めた表情に色気を添える。
「そうだぞ、露骨な下心は簡単に見透かされるぞー?人ってのは、見返り無しに行動なんてしない癖に、無償の愛を欲する面倒な生き物だからな」
「なるほど……鏡夜さん輝平さん、出しゃばってすいません!」
金髪に白いスーツを着た輝平は「これから学んでいけばいいよー」と笑顔で手を振って後輩をホールに戻す。それから鏡夜に向き直り「素でそんな事が言えるから、お前はモテるんだろうな」と笑ってから自分もホールに戻っていった。
「鏡夜君、他の子みたいにあんまりお金使ってあげれなくてごめんね。ほんとはもっと使ってあげたいんだけど、やっぱり昼職じゃ……」
月に数度しか来ない保育士の彼女は、他の客よりも使えるお金が少ない事を気にしていた。
「無理するなよ。お前が好きで選んだ仕事だろ?来れる時に来て、使える分だけ使えばいい。お前は酒を飲みに来てるんじゃない。俺に会いに来てるんだから。俺はお茶飲みながらの会話だって、楽しいんだよ?」
もう一月経つが、キープボトルの焼酎は半分ほどしか減っていない。
鏡夜は薄く割った焼酎をちびりと飲んでから、優しく肩を抱く。
「私みたいな細客でもちゃんと相手してくれるの、鏡夜君だけだよ……」
元々社交的な性格ではなく、昔馴染みの友人と一度行ってみようと来て以来、細々と通っている。
彼氏どころか友人さえ指折りしかいない彼女は、他愛ない出来事を毎日鏡夜にメールで話すのが楽しみだった。
鏡夜はすぐではないにしろ必ず朝までには返事をくれ、彼女はそのメールを見返しながら出勤するのが日課だった。
営業を終え、片付けを済ませてから一人また一人と店を出る。
何人か酔い潰れて寝ている従業員もいるが、しばらく寝れば酔いも醒める、変わらない日常。
まだ日の昇らない表通りに出た鏡夜に、後輩ホストは聞いてみる。
「鏡夜さんは、どうしてそんなに客に優しくできるんですか?」
迷惑な質問だったかな。と後輩ホストが一瞬後悔するが、鏡夜は気にしないようで、少し街燈を見上げてから口を開いた。
「俺は別に優しい訳じゃねーよ。
ホストってのは闇カウンセラーだ。
闇金融は表の金融が貸せない相手に高い利子で貸す、闇医者は表の医者ができない治療を高い治療費でする。
俺達は、表のカウンセリングを受けれねぇ女を高い金貰って相手して、幸せに暮らせるように手助けしてやる。
手段は違っても、仕事として求める結果は同じなんだよ。
そして結局のところ、どんな甘い言葉も枕営業も、ただ傍にいて存在を認めてやる、お前はこの世界に居てもいいんだ。そう伝えてやる事以上に幸せにはして やれねー。
俺はただ、仕事として最善の手段を選んでるだけだよ。風俗嬢なんてな、毎日狭い箱の中で、何人もの見ず知らずの男の相手してるんだ。その上社会からは白い目で見られるしな、並大抵の精神じゃやってらんねーよ。だからもしも病んじまったら、高い金貰ってる以上、俺達がしっかりとサポートしてやらねーとな。って事だ」
そう言って灰色の前髪の奥で目を細めると、ネクタイを緩めてタクシーを呼ぶ。
「偉そうに言ったが、根っこのとこは、近所に住んでるボランティア好きで世話焼きの女子高生の受け売りだ。あ、別に手出してねーぞ。俺はロリコンじゃねーし、高校生は犯罪だしな」
なんて言いながらドアを閉めると、鏡夜を乗せたタクシーは走り去った。
夜の世界。その小さい箱の中に、きらりと光るは黒蝶の羽。
光の中に優しさがあるなら、夜の闇に優しさという光を持ち込んだそれは、優しさの無い世界で明日も誰かにとまり、魅了しつつやわらかに蜜を吸うだろう。
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