竜の献血医

唄うたい

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気の遠くなる時間が流れた。

なぜ死した私が、今も語り部を務めているかというとーーー

「へぇ、これがその黒竜の血の杖ですか。」

ガラスケースに収められた私…もとい、私の血が収められた杖は、この小さな博物館を訪れる多くの客の目に止まった。
千年を経てもその形は変わらない。竜の牙を芯とし、竜の血を蓄えた杖は、言わば生命力の象徴だ。

ガラスケースの中身を興味深げに眺める女は、この博物館の新人学芸員らしい。
彼女に杖を紹介するのは、老年の館長だ。体が動く内は人と接する仕事をしたいというのが、彼の希望だった。

「まぁ、お伽話ですがね。
現に、自然災害を食い止めるなんて現代の科学技術をもってしても不可能です。」

「その旅人は、なぜ杖を使わなくなったのかしら?彼にとっては大事な道具だったんじゃ?」

女は杖をしげしげと眺める。
老人もまた、杖を眩しそうに見つめている。

「“必要ない”と気づいたのでしょう。
竜は滅ぼすべきものではなく、自然の流れそのものだと。命を回す循環器の役割があるのだと。
天災で家を失った者がいれば、家を新しく建てることで生計を立てられる者がいるように。」

だから彼は採血針を使うのをやめ、竜の命を奪うことをやめた。同時に、自身も竜の血を飲むことをやめたのだ。

超常の力に頼らず、血縁もない人間の仲間を増やし、その時代の人間が持つ技術の範囲で、怪我人や病人を癒す方法に切り替えたのだ。

彼の体内の悪い血は、彼自身が本来持つ免疫力で、長い時間をかけて少しずつ洗い流した。それには何百年という途方もない時間が掛かったが、耐えた甲斐あり、やがて人らしい成長が戻っていった。

人間の老いを経験したカスカダは、体力と視力の衰えのために医師を辞め、今は小さな博物館で静かな余生を送っている。

ガラスケースの中の私と、同じ時間を過ごしている。

老いるお前は私より先に逝ってしまうが、それは悲運ではない。充分すぎる時間を共に過ごし、そして互いが想い合っていることが分かったからだ。
千年も、私の血が宿った杖を手放さなかったのがその証拠。

カスカダ…どうか、死の間際に私の血を口にしようとは考えるな。
お前を独りぼっちにするのは、私には何より辛いことだから。

大切なカスカダとの、穏やかで残り僅かな時間を、私はこのガラスケースの中で過ごす。

これが、黒竜の血の杖の物語だ。

〈了〉
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