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教会編
第二話 妹よ、俺は今空を飛んでいます。
しおりを挟む雲一つない空、終わりのみえない樹海。変化のない景色の中を途轍もないスピードで進むと逆に止まっているのではないかと錯覚する。
「トキオ様、乗り心地はいかがですか?」
「なんだか不思議な感覚だよ」
前世の戦闘機にも劣らない速度で飛ぶコタローの背に剝き出しで乗っているが風の抵抗は一切ない。コタローの風魔法が完全に制御する背中は、さながら見えないコクピットだ。
コタローの飛行は翼を利用しているのではなく生まれ持ったスキル。聖獣が持つ人類では到底辿り着けない強大な魔力が合わさってこの移動速度を可能にしている。鳥はこんな風に飛べない。形状は似ているが鳥ではないと言ったコタローの言葉には納得だ。
「寝ていてもらってかまいませんよ」
「いや、折角だ。この景色を楽しみたい」
代り映えしない景色。圧倒的な大自然が、どれだけ力を得ようと自分は所詮ちっぽけな人間だと教えてくれる。植物、生物、多くの生命が循環し維持され続けている魔獣の大森林はこの星の宝だ。
人類未開の地でなくなったとしても、この星の一住人でしかない人類が己の利益だけのために喰い散らかせば必ず神罰が下る。この大森林こそが、この星の魔力と酸素を支える命の源の一つだったのだと破壊してから気付いても遅い。
創造神様が与えてくださった資源を正しく使う為に、いつか前世の経験や知識を使う日が来るのかもしれない。
「そろそろ日が暮れる。一旦降りよう」
「私でしたらまだ大丈夫ですよ」
「昼行性生物とは、朝起きて夜寝るものだ。無理をする必要はない」
「わかりました」
速度を落とし、少し開けた場所に着陸する。コタローの話では明日にも魔獣の大森林を抜けるとのこと。不思議なもので、あれほど早く人の居る街に行きたいと思っていたのに、いざ抜けるとなると寂しさが込み上げてくる。
人間とはつくづく我儘な生き物だ。
夕食を食べた後は生活必需品の作成。夜の帳が完全に落ち切った中、黙々と作業する俺にコジローが口を開く。
「そういえばトキオ様、サンセラと名乗る異常に魔法に長けたドラゴンをご存じですか?」
「知っているも何も、その名を付けたのは俺だよ」
「なんと!あのドラゴンの言うことが本当だったとは・・・」
「何かあったのか?」
「はい。トキオ様を探して修行されていると聞いた場所に行ったときに・・・」
妹の命を受けコタローが最初に向かったのはカミリッカさんのもと修行していたログハウス。すでに俺の気配は無かったが結界が張られドラゴンが何かを守るように睨みを利かせていたため寄ったらしい。
♢ ♢ ♢
「お主、そこで何をしておる?」
「この地を守っております。たとえ聖獣様でも、この地に入れる訳にはいきません。お立ち去りくだされ」
「ほお、ドラドン風情が我に楯突くか」
「理解していただけないのであれば排除するまで」
「貴様如きが我に勝てるとでも?」
「問答無用!」
次の瞬間サンセラがドラゴンブレスを放った。コタローの想像を遥かに超えた攻撃に慌てて上空に回避するがサンセラも追撃せんと翼を広げる。
「我が名はサンセラ。トキオ様の一番弟子にして約束の地を守る守護者。誰であろうとこの地には一歩たりとも足を踏み入れさせん」
「待て!お主が今言ったトキオ様とは、トキオ セラ様のことか?」
「黙れ!我が主にして師でもあるトキオ様の大切な地を汚す者と交わす言葉など無い」
さらに火力を上げドラドンブレスを放つサンセラ。姿は年若いドラゴンにしか見えないが千年以上生きたエンシェントドラゴンに匹敵する魔法の威力にコタローは驚く。
「落ち着け!待てと言っておるだろうが」
「黙れ、侵略者と交わす言葉など無い!」
戦えば勝てるだろうが手加減できる相手でもない。トキオ様の名が出た以上殺してしまう訳にもいかない。
とりあえずコタローはその場を撤退してトキオの気配を追った。
♢ ♢ ♢
「と、いうことがございまして」
「なにやってんだよサンセラの奴。聖獣に戦いを挑むなんて」
「いえいえ、私とて負けぬまでも苦戦はするでしょう。サンセラ殿と申すあのドラゴンの魔法は尋常な威力ではありませんでしたから」
「俺が色々教えてやったからな」
「なるほど、それで・・・納得しました」
まったく、俺が頼んだからって命を捨ててまで守ろうとするなんて。サンセラには一度ガツンと言ってやらんといかんな。
「ちょっとサンセラの所まで行ってくる。一緒に行くか?」
「これからですか?」
「ああ、あそこはマーキングしてあるから転移魔法ですぐに行ける」
「それでしたらお供いたします」
コタローが燕に姿を変え俺の肩にチョコンと乗る。
空間魔法と時間魔法がAランクになって使えるようになった転移魔法だが知っている場所しか行けないので今まで使う事が無かった。試すにはいい機会だ。
無鉄砲な弟子には説教だ。カミリッカさんの気持ちかようやくわかったよ。
「転移」
転移した先ではサンセラが人の姿で巨木にもたれ本を読んでいた。
「し、師匠!もう数十年も経ちましたか?」
「そんな訳ないだろ。まだ一週間も経ってねーよ」
驚くサンセラの頭に拳骨をくれてやる。
「痛っ!何をするのですか師匠」
「何をするのですかじゃないよ、お前、聖獣と戦ったらしいな」
「この地を荒らす輩はたとえ聖獣様であろうと許しません」
「だからって、勝てる訳ないだろ」
「勝てる、勝てない、の問題ではありません。この地は必ずお守りすると師匠に誓ったのですから」
「だからって、死んだら約束もなにもないだろ」
「師匠との約束を守れないなら死んだほうがましです」
やだ、この子。以外と頑固。
「ところで、どうして師匠がそのことを?」
「当事者に聞いたんだよ」
俺の肩から上空へ飛び、くるりと一回転したコタローが本来の姿に戻る。
「あっ!あの時の」
「あの時は事情も知らず申し訳なかった」
「い、いえ、こちらこそ。それで聖獣様がどうして師匠と一緒に?」
「女神様からの神託により、トキオ様の御身をお守りする任を仰せつかったコタローと申す」
「これはご丁寧に。あらためましてサンセラと申します。この名は師匠より頂いた名です」
「我が名もトキオ様に頂いたものだ」
なんかギスギスしてない?
あとコタロー、俺と話すときと話し方違くない?別にいいけど・・・
「コタロー、この結界お前なら破れるか?」
「いいえ、私でも無理です」
「そっか、なら・・・」
サンセラに結界を自由に行き来できるよう魔法をかける。これで今回のようなことがあれば結界内に避難すればいい。
「サンセラ。これからはお前が勝てないような相手と出くわした時は結界内に避難しろ」
「しかし、それではこの地の守護者として・・・」
「ここは大切だがお前の命の方が大切に決まっているだろ」
「し、師匠・・・」
涙ぐんでやがる・・・本当に変なドラゴンだよ。
「いいな、これは命令だぞ。もし今度無茶をしたら、その本取り上げるからな」
「わ、わかりました」
返事をしながら本を自分のマジックボックスに隠すサンセラ。子供か!
「コ、コタロー様は師匠と行動を共にされているのですか?」
あっ、こいつ話を逸らそうとしている。
「そうだ。お傍におらねば御身をお守り出来ぬからな」
「いいなぁ。師匠、私も連れていってください」
「無理だろ。サンセラは人型以外姿を変えられないし、コタローみたいにステータス偽装もできないからドラゴンってすぐにバレちゃうだろ」
聖獣は神界と密接に繋がっている。この世界に直接手を出さない神々の使者としての任を持ち、転生者と同じ「自動翻訳」と「鑑定」を持って生み出される。千六百年以上生きているコタローはどちらもカンストのレベル10。サンセラと違いどれだけレベルが高く強力なスキルを持った人間だろうと、本気で偽装したコタローの正体を見破るのは不可能だ。
「サンセラ殿、我儘を申されるな。我とてトキオ様が充実した人生を送るためのサポート要員に過ぎぬ。それ以外は影に忍ぶもの、忍者の如くな」
「なんですか忍者の如くって。「忍者」って逃げたり隠れたりして汚い手で相手を暗殺しようとする、かっこ悪いスキルのことでしょ」
「お、お前、今何て言った。忍者がかっこ悪いだと」
「どうして怒っているのですか師匠。忍者なんてかっこ悪いじゃないですか」
許せない。こいつには意識改革が必要だ。
マジックボックスから大量の紙とインクを取り出し「創造」で本を生み出す。前世で俺の好きだった忍者が主人公の時代小説、その数二十冊。
「次ぎに会うまでにこの本を読んでおけ」
「新しい教科書ですか!」
「違う。忍者のかっこよさが凝縮された物語だ」
「なーんだ。まあ、勉強の息抜きに軽く読んでおきますよ」
ふん。読みさえすればお前は忍者の虜だよ。
「この大馬鹿者が!トキオ様、価値のわからぬ者にこのような宝書を与えてはなりません。何卒、何卒お考え直しいただいて、是非私に」
「随分な言いようですねコタロー様。しかしこの本は私が頂いた物。こんな本でも師匠から頂いた物であれば大切にするのが弟子の務めですので諦めてください」
「ええい、いいからその宝書をよこせ」
「駄目です。これは私が頂いた物です」
「サンセラ殿、死んだら蘇生してやるから。頼む、この通りだ」
「駄目ったら駄目です」
おいおい、コタローのやつ土下座始めちゃったよ。前世で古本屋なら一冊百円で買えちゃう本のために聖獣様が土下座までするかねー。こいつもサンセラに負けず劣らずの変わり者だな。
あと、宝書ってなんだよ!
「二人共くだらないことで喧嘩しない。帰ったらコタローにも同じ物を作ってやるから」
「あ、有難き幸せ。このコタロー、命に代えてもトキオ様を生涯お守りすると誓います」
命に代えなくていいから。たかが数冊の本のために命を懸けるんじゃないよ、まったく。
「それじゃあ俺達は行くから。くれぐれも無茶はするなよ」
「はい、お帰りを楽しみに待っております。コタロー様、師匠のことよろしくお願いいたします」
「うむ、任されよ」
前回同様、俺達は何年先になるかわからない約束を軽く交わす。
「その本、ちゃんと読んでおけよ」
「わかってますよ」
「じゃあな、「転移」」
サンセラのことだ、今度会った時にはコタロー以上の忍者かぶれになっているに決まっている。
忍者をかっこ悪いと言った過去の自分を恥じる姿が楽しみだ。
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