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教会編

第八話 妹よ、俺は今説得しています。

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「酷いですお二方とも、あんなの誰だって驚きますよ」

 事情を知ったシスターパトリは部屋に入るなり笑われたことに怒りを訴える。そこにイレイズ銀行への偵察から戻ったコタローが現れ、俺の肩に見事な着陸を決めた。

「あっ、コタローちゃんだ。おかえりなさい」

 コタローを見た途端怒りが霧散するシスターパトリ。動物が好きなのかな?動物の世話は子供達の情操教育にも良い影響を及ぼすし考えておこう。

『只今戻りました』

 マジックボックスからパンを取り出し、餌を与えるふりをして念話で話す。

『どうだった?』

『その前に、トキオ様より頂いた誇り高き名に「ちゃん」など付けるなとあのシスターに言っていただけないでしょうか』

 ホントうちの聖獣様はどうでもいいことにこだわる・・・

『コタローの変装が完璧な証拠じゃないか。これでまた真の忍に一歩近づいたな』

『真の忍・・・フフフッ』

 そして、うちの聖獣様は・・・チョロい。

『それで、どうだった』

『はい、やはり奴らの狙いは最初から教会の土地でした。現状競合する他の銀行に後れを取っているイレイズ銀行は大通りに店舗を構えたいようです』

 銀行は信用が第一、そういった意味では大通りに店舗を構えたいのはわかる。だが、業績が伴っていないのに店だけが立派になっても信用など得られない。真っ当な商売をしている者には逆にその金が何処から出て来たのか勘繰られるだけだ。
 事実、イレイズ銀行はマザーループを騙してこの土地を得ようとしている。マザーループの口を塞がない限り、信用を得るどころか商売人から相手をされなくなる可能性もある。人の口には戸が立てられないのだから。

『きな臭くなってきたな。ところで所有する土地の方は?』

『いくつかありました。後ほど詳しくご説明致します』

『わかった。ご苦労さん』

 もうお腹一杯と言わんばかりにパンから顔を逸らすコタロー。真の忍という言葉が余程心に刺さったのか見事なまでの小鳥っぷりだ。マジックボックスにパンを戻し、改めて二人との話を再開する。

「最初に確認しておきたいのですが、お二方はこの場所にこだわりをお持ちですか?」

 この地に教会が建ったのは協力を申し出てくれたのがトロンの領主だったからに過ぎない。だが、結果的にこの地は慈悲の女神チセセラを信仰する最初の場所となった。マザーループとシスターパトリが神聖化しても不思議はない。

「神託で賜ったのは慈悲の女神チセセラ様の教会を設立せよとの御言葉のみでした。周りの方に良くしていただいた親しみはありますが、こだわりはありません」

「私も神託ではトロンの街で教会を運営するマザーループの手助けをせよとの御言葉を賜りましたが、それは教会がトロンの街にあったからだと解釈しています。教会とマザーの居る場所が私の赴くべきところです」

 良かった、第一関門はクリアだ。

「俺は二つの理由から教会を移転すべきだと考えています。一つ目の理由は現在孤児院となっている講堂ですが、修繕が不完全です。魔法で強化しておきましたので当分は問題ありませんが俺の見立てではもって一年、その後は倒壊の恐れがあります」

 借金をしてまで修繕をした孤児院が欠陥工事だったことにマザーループとシスターパトリの顔が蒼褪める。当然だ、孤児院を守るためにここまでの苦労を背負ってきたのだ。

「安心してください。お二方がこの地に残りたいのなら、何枚の金貨が必要でも俺が必ず用意します」

「それはなりません。すでに多額の寄付を頂いたにもかかわらず更なる金銭を個人から頂くなど、たとえトキオさんとはいえ承諾いたしかねます。慈悲の女神チセセラ様を信仰する者として本来慈悲は与える側でなくてはならない教会がこれ以上の施しを受けることは信仰に反します」

 どこまでも真っ直ぐな人だ、軽率な発言をした自分が恥ずかしい。いかに苦境に立たされようとも心に一欠片の影も無い、妹が彼女選んだ理由がよくわかる。

「申し訳ありません。今の発言はこの地で必死に教会と孤児院を維持し続けたお二方に対してあまりに無神経な言いようでした」

「謝罪などおやめください。トキオさんが我々や子供達のことを思って言ってくださったのは理解しております」

「いいえ、今の発言は金で解決しようと受け取られても仕方のないもの。慈悲と愛情をもって子供達と接してこられたお二方を侮辱したに等しい傲慢な発言です。謝罪させてください」

 彼女達の苦労を金と力で解決しようとした自分が恥ずかしい。ここは引けない。

「わかりました。トキオさんの気がそれで収まるなら謝罪を受け入れます。ですが、私共はトキオさんが傲慢だとも、侮辱されたとも思っておりません」

 微笑むマザーループと隣で頷くシスターパトリ。彼女達を母や姉と慕う子供達がいい子に育つ筈だ。彼女達なら全てを話したとしても俺の力を利用しようなんて絶対にしない。

 俺も覚悟を決めた。

「もう一つの理由ですが、その前に俺が何者なのかを詳しくご説明します。これから話すことは全て俺の妄想かもしれませんし、夢の中の話を現実と勘違いしているのかもしれません。嘘かそうでないかはお二方自身が判断してください」

 全てを語った。前世で妹が幼くして病を発症したこと。両親が他界し大学を中退して働き始めたこと。妹の後を追うように俺も事故で命を落としたこと。創造神様と会い妹が女神になったと知ったこと。女神になった妹の希望で新たな人生を得たこと。創造神様から特別な力を頂いたこと。カミリッカさんと魔獣の大森林最奥地で一年間修業したこと。俺の目的が充実した人生を送るということ。そのきっかけを今日掴んだこと。

 話し始めてから何度も膝を付こうとする二人のせいで話は中断と再開を繰り返す。そんな中、魔獣の大森林で修行を始めた下りで二人が同じ言葉を漏らした。

「「カミリッカ様・・・」」

「お二方はカミリッカさんをご存じなのでしょうか?」

「トキオさ・・・んの話に出てきたカミリッカ様か我々には判断がつきませんが、五日前この世界に誕生した第二女神様が、愛の女神カミリッカ様です」

「ほ、本当ですか・・・」

「はい、間違いありません。五日前アトルの街に教会が設立されるとの公布がありました」

 カミリッカさんが女神に・・・

 聞けなかった。カミリッカさんは自分のことを神界の住人としか言わず、神とも女神とも言わなかった。俺のようなただの人間が聞いてはいけないことだと思い何も聞かなかった。
 俺の助けた赤い風船の少女が女神様になるなんて、こんなに嬉しいことは無い。

「愛の女神カミリッカ様は、俺の知るカミリッカさんで間違いありません。カミリッカさんなら女神様になっても何の不思議もない。この世界は新たに素晴らしい女神様を得たのですね」

 喜びと同時に責任を感じる。カミリッカさんが「制約」のスキルで自分自身に掛けた「誓約」が今も有効なら、俺の行動でこの世界は女神様を失う危険がある。カミリッカさんの教会が出来たら「誓約」を解いてもらえるようお祈りしに行こう。

 脱線した話を元に戻し続きを話す。今日、ミルと出会ったことで俺の抱いた想いを。

「俺はこの世界をほとんど知りません。それでも、今日どうしても変えたいと思ったことが一つあります」

 この世界の人達は当然この世界のことしか知らない。だが、俺は他の世界を知っている。前世とこの世界を比べてどちらがいいなんて俺には判断がつかない。どちらにも良いところと悪いところがある、完璧な世界なんて存在しない。それでも、明らかに悪い部分があるのならば改善できるよう努力すべきだし、良い部分があるのなら参考にすべきだ。

「世界を変えるなんて大それたことは言えません。俺にそんな力があるとも思わない。それでも手の届く範囲なら変えられるかもしれない。その後は次の世代、さらに次の世代、時間がかかっても変わっていけばいい」

「トキオさん、いったい何をするおつもりなのですか・・・」

「俺はこの世界を、全ての子供達が身分や生まれに関係なく自由に学べる世界にしたい。子供は可能性の塊です、誰だって平等に学ぶ機会を得られるべきだ。今すぐ世界中の子供に学びの場を与えることは出来なくても手の届く範囲ならできる。それを模範に世界が変わっていけばいい」

「トキオさん・・・」

「孤児院に学校を作らせてください。あの子達が自らなりたい職業を選び、夢に向かって努力できる環境を作らせてください」

 子供達の為に慈悲の心でなんて言わない。俺がそうしたい、俺が充実した人生を送るためにそうなりたいのだ。

「俺にあの子達の先生をやらせてください」

 二人に深々と頭を下げる。この計画には二人の許可と協力が必要だ。

 先に口を開いたのはシスターパトリだった。

「やりましょう、マザー!こんな素敵な話はありませんよ」

 興奮するシスターパトリ。それに対してマザーループは冷静な口調で語る。

「パトリ、あなたの言うとおり実現すればこんなに素敵な話はありません。ですが、私達にはそれを実現する資金も環境も無い。すべては私の力不足、慈悲の女神チセセラ様とトキオさんの期待にお応えできず慙愧に堪えませんが、これが今の私共の現実です。申し訳ございません」

 この状況でも俺の金や力を一切当てにしないマザーループを心から尊敬する。だからこそ、俺はこの孤児院で始めたい。

「マザーループ、まずは誤解を解いておきます。俺が先程寄付と言ってお渡しした金貨ですが、本当は寄付ではなく財産分与です。その金貨は俺が修行を終えたとき前世の資産だと言ってカミリッカさんから渡されたもの半分で、妹に所有権のある分を教会に返しただけです」

「トキオさんの言い分はわかりました。ですが、財産とは生きている人間が相続するもの。既にお亡くなりになられた妹様の分も当然トキオさんが相続すべきであり、私共としてはトキオさんから寄付していただいたものとの考えは変わりません」

 宗教家とは斯くあるべし、まったくもって自分に嘘をつかない。俺個人の援助は受けてくれそうもないな。

「お二方へ初めにこの地へのこだわりを聞いたのはイレイズ銀行の狙いが教会の土地だからです。ここは大通りに面する一等地でトロンの街では最も地価が高い。俺が寄付した金貨で今回は危機を脱したとしても、奴らはこの地を手に入れることを簡単には諦めません。それならイレイズ銀行にはこの地を明け渡す代わりに、郊外でいいのでもっと広い土地を要求しようと考えています」

「マザー、それなら環境の問題は解決しますよ」

「パトリ、冷静に考えなさい。土地があっても建物が無いではないですか。金貨千八百枚で教会と孤児院と学校が建てられるとでも言うのですか」

 シスターパトリはノリノリだがマザーループは冷静だ。

「建物は問題ありません。俺が建てます」

「これ以上の寄付はお断り・・」

「俺がお金を出すという意味ではなく、文字通り俺が建てるのです。お二方とも先程俺の魔法を見たじゃないですか」

「そ、そのようなことが可能なのですか・・・」

「ちなみにさっき出した小屋ですが、あれも俺が造った物です」

「本当に・・・本当に、子供達に学びの場を・・・」

「イレイズ銀行との交渉も含めて、俺に任せてください。ですがこの計画にお二方の協力は不可欠です。俺は子供達に勉強や魔法を教えることは出来ますが、母や姉になることは出来ません」

「本当に・・・そんな夢のようなことが・・・はっ!」

 何かに気付いたのかマザーループが目を見開く。

「明日、一人の青年が現れ教会の窮状を救う。青年の名はトキオセラ、青年の成すことに助力せよ。神託の意味をようやく理解することが出来ました。よろしくお願いいたします、私に出来ることがあればなんでも仰ってください」

「やったー!トキオさん、私もなんだって手伝いますよ」

「はい、お二方ともよろしくお願いいたします」

 許可が下りた。やる気が漲ってくる。この人達と協力して子供達が安心して生活でき、学べる場所を作っててみせる。

 イレイズ銀行の思いどおりにはさせない。

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