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第一章 七不思議の欠片
怪談あるじゃん
しおりを挟む「他にも七不思議ってあったかしら?」
沢村の問いに俺は堅く口を閉ざすと、月島が「あっ」と小さく声を上げた。目を輝かせている辺り、何か思い当たったようだ。
「最近聞いた話なんだけどさ。先生だけが使える和室ってあったろ。あそこで女性の霊が出るらしいぜ」
「教師が一人で泣いていただけじゃないのか?」
既に話に引き込まれている沢村には悪いが、個人的に気になる箇所を問いただす。
教師のみ使える和室というのは、校舎に唯一存在している和室である。用途はさっぱり見当もつかない、と言いたいが、実際あの和室を利用しているのは俺だ。月島の言う霊現象など見聞きした覚えもないので、根も葉もない噂に過ぎない。
「おいおい、水を差すなよ」
「……悪い」
「ほら、あの部屋の鍵って職員室で管理されているし、普段から開かないだろ。或る日、先生が鍵を持って部屋に入ろうとしたら、女性の啜り泣きが聞こえたんだって。先生が鍵を持ってたんだからさ、職員室に鍵があったってことだろ。つまり誰も使用していなかった筈なんだ。その先生はもしかしたら誰かが閉じ込められて助けを求めているのかと思って、慌てて扉を開けたら……誰もいなかったんだって。不審に思って部屋を見渡したら、部屋の隅で黒い靄が蠢いてて、先生が視ているって気付いたら靄が襲い掛かってきたらしい」
動揺して机上の筆箱を倒してしまった。大きな音が立ち、沢村がびくりと体を震わせる。
正直に言えば、俺にとって聞き捨てならない噂話だ。かなりの線で思い当たることがある。おそらく俺が女生徒を連れ込んだ日じゃないか……? いや、それはそれで女生徒に乱暴したのではないかと問題になりそうだ。黙っていることに越したことはない。
だが、教師が目撃していたなど気付かなかった。
「それは先生の体験談なのか?」
「そうそう。隣の担任が教えてくれたんだ」
沢村が「へえ、寝巻先生か」と頷くが、全くと言ってその先生に覚えがない。
「……寝巻先生って誰だ?」
「は」
「え」
突然、空気が固まった。沢村も月島もこちらを凝視して動かなくなり、沢村に至っては口をパクパクと開閉している。そして二人は顔を見合わせて、視線だけで会話を始めた。
寝巻先生っていたよね……?
いたよな……いなかったっけ?
もしかして、ゆうれい……
何だか頭の痛くなる光景を目の当たりにしてしまった。ただ俺がその教師を覚えていないだけに決まってんだろ。
そう口に出そうとした途端ーー。
「黒川っ! てめ、何言ってんだよ!」
静かな教室に騒がしい声が響いた。何人かの生徒がこちらに視線を向ける気配を感じる。
その声は俺の後ろの席からだった。こいつと関わるのも面倒だな、と思いながら振り返ると、髪の毛を青紫色に染めてリーゼントに固めた男子生徒がわなわなと震えていた。
「ほら、ボインの先生だよ!」
名は確か千堂と言ったかーー千堂が両手を大きく広げて俺に強く訴える。こいつは不良気質であり、最近では他校の生徒と喧嘩したという噂が流れていた気がする。実際、こいつは他校の不良に絡まれていた本校の生徒を助けていただけのお人好しのようだ。まあどうでもよいな。
隣を見れば、沢村が死んだ目で千堂を見つめている。彼女にとって千堂のような人間も苦手の領域なんだろう。
「マジで覚えてねえのかよっ!? めっちゃ可愛いのに、体育教師並みに怪力じゃん? そっこが良いんだけど、何より巨乳が最高だよなー!」
「あーー、悪い。覚えてないわ」
思い出す必要性も感じないしな。
「マジかよ! ボインで分かんねえとか、それでも男か!」
千堂が大きな音を立てて詰め寄るので、俺は軽く身を引いた。突き刺すような殺気が何処からか放たれていたのだが、それも消え去る。
「うるせえよ。下ネタを吐いてるんじゃねえって」
軽蔑の色で見れば、千堂は鼻白んで「ごめん」と潔く謝った。
「いや、マジでひやっとしたわ! 本当に寝巻先生が存在しねえのかと思ったわ。千堂、さんきゅな」
月島が歯を見せて笑う。千堂も元気になったようで「おう!」と笑い返し、はしゃぎながら月島とハイタッチした。目の前で青春ごっこが繰り広げられている様子が羨ましいのか、先ほどとは打って変わって沢村が目を輝かせていた。落ち込んだり、喜んだり。落ち着きのない奴だな、こいつは。
こんな青春ごっこなんかよりよっぽどーー。俺は自分の席よりかなり離れた、一番廊下側の席へと視線を向けた。あの殺気は最高にゾクゾクする。背筋に這い上がるスリル満点の心地に、思わず口の端が上がってしまう。
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