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第一章 七不思議の欠片
9.ゾンビとホラー
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幕間。
夜が明けようしている。カーテンが透け、薄っすらと青色が見える。
私は自室のベッドで寝転がったまま、あの時のことをずっと考えていた。
ずっと死にたいと願ってきた。親友だと思っていた彼女は、既に死に追いやられている。彼女のことが大好きだった。何を犠牲にしても、彼女の隣にいたかった。愛していた。
だけど平穏を守ってくれなかった世界を憎んだ。憎んで憎んで、全てが黒く見えて、一度それは浄化されたけれど。やっぱり人間が憎くて、でも樋脇くんのような人と肩を並べて、日常がほんの少しだけ愛おしく思えた。そうして私は未だに選択しきれず、このくだらない世の中を生きている。
そう、思ってきた、筈だったのに。昨日月島に追い詰められて、あの影に見下ろされて。私の胸の奥が叫んだのだ――死にたくない、と。
そう思ってしまった私は、きっとどうかしていたんだ。肩に掛かる髪の毛がどうも鬱陶しくて、手の甲で払う。
目覚まし時計が小さな連続音を鳴らす。枕元に置いてあるそれを手探りで見つけ、アラームを止めた。いつも七時にセットしているから、もう朝だ。起きて学校に行かないと。
『明日の朝八時に学校でな』
黒川は私を家まで送ってから、そう言い残した。
私たちが見たものは夢だったのか、それとも現実だったのか。曖昧な記憶に彩られたそれは、こちらの命を脅かしている。
とにかく一度、彼らと話し合う必要がある。そう思った途端にお腹が鳴った。体がエネルギーを求めている。ベッドから飛び起きたと同時に、寝間着を脱ぎ捨てる。学校に行かないと――その一心で私は動き出し、立ち止まった。
「……学校の何処で集まるのかな? 教室?」
「しくった」
俺は教室の前で立ち止まった。額に手をやって、記憶を手繰り寄せる。……確実に言ってないな。
はあ、と溜息を吐く。沢村達に校舎の何処で集合するのか、伝え忘れてしまったが、どうせ校内だ。荷物を置きに教室に来るだろうしな。
携帯の画面を見れば、八時まであと十分程だ。自分たちの教室で集合してから、空き教室まで移動すれば良いだろ、とそれを仕舞い込む。
「――なあ」
「はっ!?」
突然、気配もなく背後から声を掛けられ驚く。振り返ろうと体勢が崩れた瞬間、首を掴まれて後ろへと引き摺られる。
「何しやがるっ!」
肘鉄を食らわそうとしたが、思い切り壁に叩きつけられて息が詰まった。何度か咳き込んでいると、顔の真横に派手な音が響いた。
顔を上げれば、月島が俺の顔の横に手をついて覗き込んでいた。
こいつの頭はお花畑か? 沢村に引き続き、俺にまで壁ドンをするつもりか? いや、もう現在進行形でしてるわ。
「お前さ、きな臭いんだよな」
「それはこっちの台詞だ。……お前は何者だ」
月島の正体は依然として、何も掴めていない。そもこいつはサイコパスだろ。人間として欠陥品だった訳だ。それで解決だと思いたかったが、何かが引っ掛かる。サイコパスだけでは片付けられない、異様な影を感じるのだ。
正体を見極めようと睨みつけていると、ふと視線を感じた。気配を探って、階段の方へと目を向ければ、沢村が階段で這いつくばった格好でこちらを覗いていた。
「――っ!」
「――!?!??」
俺達は目が合ってしまい、お互い無言で悲鳴を上げた。沢村があわあわと口を開閉しては、人差し指をわなわなとこちらに向けている。
……お前は一体、そこで何をしているんだッ!!!! 制服が汚れるだろっ。
「いいね、お前。これも一興じゃねえか」
月島はまだ気付いていないのか、そのフリをしているのか。態度から判断することは出来なかった。沢村の衝撃的な行動が思考を邪魔して、月島なんかに構っていられない。それでも耳から脳に留めた月島の言葉を反芻する。
「俺は愉しくなんかねえよ」
「黒川さあ……オレ、お前のことも殺したくなっちゃったんだけど」
「は?」
憤激のあまり、一瞬にして沢村の存在を忘れた。怒りが俺を包み込み、衝動に身を任せて月島の胸倉を掴み上げる。その胸元を強く押し飛ばした、つもりだったが月島はびくともしなかった。
男としてのプライドが折れかかったんだが、クソか??
「次、妙な真似をしやがったら殺すから。覚悟しとけ」
俺がそう言い放った瞬間だった。――唐突に場の空気が重たくなった。月島もそれを感じ取ったのか、にやにやとしていた口元が一気に引き締められた。俺も沢村もその場に縫い留められて身動き一つ取れない。
足音が一つ。重力を身に纏い、それは近づいてきた。冷や汗が背中を流れる。
「――黒川くんに何をしているの?」
廊下に絶対零度の声音が響いた。誰もが口を開くことも身じろぐことも出来なかった。首を傾けることも出来ずに、眼球だけぐるり、と動かしても姿が見えない。だがその声の持ち主は知っている。やっと揺らいだ空気に唆されて右を向く。少し離れた位置で、俯きがちに立っている樋脇がいた。
樋脇が少し顔を上げる。普段は月島と軽口を叩き合う仲であると言うのに、樋脇の鋭い瞳はその温情さもなく、月島をただ射抜いている。
「聞こえなかった? 彼に何をしているの?」
樋脇の心地よい声が、今は死神が訪れたかのように聞こえてくるんだが。かなり激怒しているぞ、あいつ。
「月島くん、離れてくれる?」
あいつの言葉には全て疑問符が付いていたが、それは明らかな強制だった。先ほどまで鋭い牙を見せつけていた男は、本能に従って二歩ほど下がった。
樋脇が悠然と近づいてくる。俺と月島の僅かな隙間に自身の身体を滑り込ませ、距離を取らせる。そして月島に絶対零度の瞳を向け、「黒川くんにちょっかいを掛けるようなら俺がお前を殺す。覚えとけ、雑魚」とこいつの口から驚くべき言葉が飛び出てきた。
月島は暫く樋脇を真顔で見つめていたが、本能が恐れたのだろうか。「仕方ねえか」と小さく呟き、沢村とはまた逆方向の階段へと向かって行った。
その後ろ姿を見送ってから、俺の方に笑顔を向ける。
「樋脇……」
「次、誰かに隙を見せたら監禁するから」
夜が明けようしている。カーテンが透け、薄っすらと青色が見える。
私は自室のベッドで寝転がったまま、あの時のことをずっと考えていた。
ずっと死にたいと願ってきた。親友だと思っていた彼女は、既に死に追いやられている。彼女のことが大好きだった。何を犠牲にしても、彼女の隣にいたかった。愛していた。
だけど平穏を守ってくれなかった世界を憎んだ。憎んで憎んで、全てが黒く見えて、一度それは浄化されたけれど。やっぱり人間が憎くて、でも樋脇くんのような人と肩を並べて、日常がほんの少しだけ愛おしく思えた。そうして私は未だに選択しきれず、このくだらない世の中を生きている。
そう、思ってきた、筈だったのに。昨日月島に追い詰められて、あの影に見下ろされて。私の胸の奥が叫んだのだ――死にたくない、と。
そう思ってしまった私は、きっとどうかしていたんだ。肩に掛かる髪の毛がどうも鬱陶しくて、手の甲で払う。
目覚まし時計が小さな連続音を鳴らす。枕元に置いてあるそれを手探りで見つけ、アラームを止めた。いつも七時にセットしているから、もう朝だ。起きて学校に行かないと。
『明日の朝八時に学校でな』
黒川は私を家まで送ってから、そう言い残した。
私たちが見たものは夢だったのか、それとも現実だったのか。曖昧な記憶に彩られたそれは、こちらの命を脅かしている。
とにかく一度、彼らと話し合う必要がある。そう思った途端にお腹が鳴った。体がエネルギーを求めている。ベッドから飛び起きたと同時に、寝間着を脱ぎ捨てる。学校に行かないと――その一心で私は動き出し、立ち止まった。
「……学校の何処で集まるのかな? 教室?」
「しくった」
俺は教室の前で立ち止まった。額に手をやって、記憶を手繰り寄せる。……確実に言ってないな。
はあ、と溜息を吐く。沢村達に校舎の何処で集合するのか、伝え忘れてしまったが、どうせ校内だ。荷物を置きに教室に来るだろうしな。
携帯の画面を見れば、八時まであと十分程だ。自分たちの教室で集合してから、空き教室まで移動すれば良いだろ、とそれを仕舞い込む。
「――なあ」
「はっ!?」
突然、気配もなく背後から声を掛けられ驚く。振り返ろうと体勢が崩れた瞬間、首を掴まれて後ろへと引き摺られる。
「何しやがるっ!」
肘鉄を食らわそうとしたが、思い切り壁に叩きつけられて息が詰まった。何度か咳き込んでいると、顔の真横に派手な音が響いた。
顔を上げれば、月島が俺の顔の横に手をついて覗き込んでいた。
こいつの頭はお花畑か? 沢村に引き続き、俺にまで壁ドンをするつもりか? いや、もう現在進行形でしてるわ。
「お前さ、きな臭いんだよな」
「それはこっちの台詞だ。……お前は何者だ」
月島の正体は依然として、何も掴めていない。そもこいつはサイコパスだろ。人間として欠陥品だった訳だ。それで解決だと思いたかったが、何かが引っ掛かる。サイコパスだけでは片付けられない、異様な影を感じるのだ。
正体を見極めようと睨みつけていると、ふと視線を感じた。気配を探って、階段の方へと目を向ければ、沢村が階段で這いつくばった格好でこちらを覗いていた。
「――っ!」
「――!?!??」
俺達は目が合ってしまい、お互い無言で悲鳴を上げた。沢村があわあわと口を開閉しては、人差し指をわなわなとこちらに向けている。
……お前は一体、そこで何をしているんだッ!!!! 制服が汚れるだろっ。
「いいね、お前。これも一興じゃねえか」
月島はまだ気付いていないのか、そのフリをしているのか。態度から判断することは出来なかった。沢村の衝撃的な行動が思考を邪魔して、月島なんかに構っていられない。それでも耳から脳に留めた月島の言葉を反芻する。
「俺は愉しくなんかねえよ」
「黒川さあ……オレ、お前のことも殺したくなっちゃったんだけど」
「は?」
憤激のあまり、一瞬にして沢村の存在を忘れた。怒りが俺を包み込み、衝動に身を任せて月島の胸倉を掴み上げる。その胸元を強く押し飛ばした、つもりだったが月島はびくともしなかった。
男としてのプライドが折れかかったんだが、クソか??
「次、妙な真似をしやがったら殺すから。覚悟しとけ」
俺がそう言い放った瞬間だった。――唐突に場の空気が重たくなった。月島もそれを感じ取ったのか、にやにやとしていた口元が一気に引き締められた。俺も沢村もその場に縫い留められて身動き一つ取れない。
足音が一つ。重力を身に纏い、それは近づいてきた。冷や汗が背中を流れる。
「――黒川くんに何をしているの?」
廊下に絶対零度の声音が響いた。誰もが口を開くことも身じろぐことも出来なかった。首を傾けることも出来ずに、眼球だけぐるり、と動かしても姿が見えない。だがその声の持ち主は知っている。やっと揺らいだ空気に唆されて右を向く。少し離れた位置で、俯きがちに立っている樋脇がいた。
樋脇が少し顔を上げる。普段は月島と軽口を叩き合う仲であると言うのに、樋脇の鋭い瞳はその温情さもなく、月島をただ射抜いている。
「聞こえなかった? 彼に何をしているの?」
樋脇の心地よい声が、今は死神が訪れたかのように聞こえてくるんだが。かなり激怒しているぞ、あいつ。
「月島くん、離れてくれる?」
あいつの言葉には全て疑問符が付いていたが、それは明らかな強制だった。先ほどまで鋭い牙を見せつけていた男は、本能に従って二歩ほど下がった。
樋脇が悠然と近づいてくる。俺と月島の僅かな隙間に自身の身体を滑り込ませ、距離を取らせる。そして月島に絶対零度の瞳を向け、「黒川くんにちょっかいを掛けるようなら俺がお前を殺す。覚えとけ、雑魚」とこいつの口から驚くべき言葉が飛び出てきた。
月島は暫く樋脇を真顔で見つめていたが、本能が恐れたのだろうか。「仕方ねえか」と小さく呟き、沢村とはまた逆方向の階段へと向かって行った。
その後ろ姿を見送ってから、俺の方に笑顔を向ける。
「樋脇……」
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