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第一章 七不思議の欠片
18.渡辺ちゃんの襲来
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「樋脇くん」
廊下側の窓から声を掛けられた。そのまま右を向くと、むすりとした顔つきの渡辺ちゃんが窓越しに立っていた。
「わ、渡辺ちゃん」
流石に一驚して、慌てて席から立ち上がり、窓を開ける。
「ごきげんよう」
「う、うん、ごきげんよう」
普段の挨拶を交わす彼女だったが、僕に浴びせる視線はとても凍てついたものだ。背に涼風が吹く。夏が終わる前に僕が終わってしまいそうだ。
そんな予感をさせる渡辺ちゃんは将来有望だな。
「それで? 申し分でもあるのかしら?」
「特にないかな」
「そう言うと思ったわよ。どうせ貴方のことだから、今回もはぐらかすに決まってるってね」
「流石渡辺ちゃんだね」
「それ、嫌みかしら?」
凄みを利かせてくる渡辺ちゃんへと両手を振って、無害だと主張する。
「それよりも貴方、よくも……っ!」
「まあまあまあまあ!」
怒りを滲ませてにじり寄ってくる渡辺ちゃんを必死に押し戻す。教室内の窓を挟んでの攻防だったので、渡辺ちゃんが上半身を乗り出して僕の両手に掴み掛かり、僕もその手を握り返していた。
正直に言うと、髪を振り乱して窓から僕たちのクラスに侵入しようとしていた姿は、怪異よりも怖気のする出来事だった。
「すっごく心配したんだからっ! 貴方、渡すだけとか言ってたから! 心配になってっ、わ、わたくし……ずっと盗聴してたのよ!」
「そ、それはまた極端な……」
「そしたらすぐ襲われてるし、何ならお家に戻っても襲われていたわ! も、もう……間に合わなかったって思ったんだから……」
渡辺ちゃんの声が震えている。よっぽど怖かったのだろう。
時に第三者の方が心配で生きている心地を忘れることがある。その状態にある渡辺ちゃんを放っておくことが出来ず、僕は声を掛けようと口を開いた瞬間--。
「な、何をしているの? 二人とも……」
沢村さんが引き攣った顔で教室に入ってきた。いがみ合っている僕たちに視線を向け、身を強張らせる。
「恋人繋ぎって……仲がとてもお熱いようで……」
「そっ!」
渡辺ちゃんがそんなことない、と言おうとして、思考を停止してしまった。この状態を第三者に見られたことが恥ずかしいのだろう。それに沢村さんは渡辺ちゃんにとってターゲット。余計に惨めな姿を晒したくなかったと考えているのに一票。
「違うよ、沢村さん。彼女が窓から侵入しようとしてきたんだよ」
「そうなの!?」
そうなんだよ。しかも渡辺ちゃんは君に盗聴器まで付けているんだから。って言えたら良かったのに……。
すると渡辺ちゃんの両手から力が抜けたので、僕も渡辺ちゃんの手を離す。
「こほんっ」
渡辺ちゃんが咳払いをして、廊下へと上半身を戻す。肩に掛かっていた長いツインテールの髪を後ろへと撫で上げてから、歩き出す。
壁でその姿が見えなくなったかと思いきや、渡辺ちゃんが教室に入ってくる。
「ごきげんよう」
どうやら何事も無かったように振る舞うことにしたようだ。
「ご、ごきげんよう」
沢村さんが空気を読んで答える。しかし、じりじりと渡辺ちゃんから離れようと下がる沢村さんの姿を見るに、苦手意識でもあるようだ。まるで熊に出くわした小鹿だ。
「貴方と面と向かって会うのは久方ぶりね」
「そ、そうだね……久しぶりかも?」
戸惑いがちに返す沢村さん。
「樋脇くんから大変な事態に巻き込まれたと聞いたわ。大丈夫だったみたいね」
渡辺ちゃんが沢村さんの全身を眺めてから、紫電のような目で僕を見た。沢村さんはそれに気が付かず、「そっか、ありがとう」と小さくお礼を告げた。
渡辺ちゃんを信じても良いのか、それとも警戒した方が良いのか。考えていることが顔に出ている。
その素直さが沢村さんの良いところだと思うし、上目がちに渡辺ちゃんを見つめる姿は庇護欲をそそられるんだろうな。
「それで片は付いたってことで良いのかしら?」
「うん、大丈夫だよ」
「それなら良かったわ」
自分は盗聴器で事態を全て把握していたと言うのに白々しいものだ。
「本題に入るわよ」
渡辺ちゃん本人も気にすることなく話題を瞬時に変えた。
僕も一緒に聞いてしまって良いのかな。落ち着かずに身じろぐ。
「わたくしは貴方に警告をしたわよね。その理由はたった一つよ。貴方の身に危険が迫っているの」
「へえ……へ、ええ!?」
沢村さんが文字通り飛び上がった。渡辺ちゃんはもう手に負えない人間だからって聞き流そうとしていたのに、とんでもない話が耳に入っちゃったものね。
やっと怪異から解放されたと思えば、また命が狙われているのかと勘違いしちゃうよ、この言い方は。
「え、ええと……え? 私の身に危険が迫っているって、どういうこと……?」
沢村さんが困惑気に眉を顰める。
「わたくしたち学園保護委員会は、モテる人たちが無事に学園生活を送れるようにサポートをするために作られたの。彼らを好きな生徒たち――もといファン、恋敵など人間模様は様々だけれども、彼女らないし彼らが暴走して余計な行動に出ないか見張っているのよ」
渡辺ちゃんが大層真面目な顔つきで嘘八百を並び立てるので、余りにも滑稽で笑いを誘わられた。
いつの間にかそんな設定になっているなんて知らなかったな。
「今のところ、貴方に危害を加える人間はいないわ」
人間、を強調している。黒川くんは元凶だけど含めないのかな。
廊下側の窓から声を掛けられた。そのまま右を向くと、むすりとした顔つきの渡辺ちゃんが窓越しに立っていた。
「わ、渡辺ちゃん」
流石に一驚して、慌てて席から立ち上がり、窓を開ける。
「ごきげんよう」
「う、うん、ごきげんよう」
普段の挨拶を交わす彼女だったが、僕に浴びせる視線はとても凍てついたものだ。背に涼風が吹く。夏が終わる前に僕が終わってしまいそうだ。
そんな予感をさせる渡辺ちゃんは将来有望だな。
「それで? 申し分でもあるのかしら?」
「特にないかな」
「そう言うと思ったわよ。どうせ貴方のことだから、今回もはぐらかすに決まってるってね」
「流石渡辺ちゃんだね」
「それ、嫌みかしら?」
凄みを利かせてくる渡辺ちゃんへと両手を振って、無害だと主張する。
「それよりも貴方、よくも……っ!」
「まあまあまあまあ!」
怒りを滲ませてにじり寄ってくる渡辺ちゃんを必死に押し戻す。教室内の窓を挟んでの攻防だったので、渡辺ちゃんが上半身を乗り出して僕の両手に掴み掛かり、僕もその手を握り返していた。
正直に言うと、髪を振り乱して窓から僕たちのクラスに侵入しようとしていた姿は、怪異よりも怖気のする出来事だった。
「すっごく心配したんだからっ! 貴方、渡すだけとか言ってたから! 心配になってっ、わ、わたくし……ずっと盗聴してたのよ!」
「そ、それはまた極端な……」
「そしたらすぐ襲われてるし、何ならお家に戻っても襲われていたわ! も、もう……間に合わなかったって思ったんだから……」
渡辺ちゃんの声が震えている。よっぽど怖かったのだろう。
時に第三者の方が心配で生きている心地を忘れることがある。その状態にある渡辺ちゃんを放っておくことが出来ず、僕は声を掛けようと口を開いた瞬間--。
「な、何をしているの? 二人とも……」
沢村さんが引き攣った顔で教室に入ってきた。いがみ合っている僕たちに視線を向け、身を強張らせる。
「恋人繋ぎって……仲がとてもお熱いようで……」
「そっ!」
渡辺ちゃんがそんなことない、と言おうとして、思考を停止してしまった。この状態を第三者に見られたことが恥ずかしいのだろう。それに沢村さんは渡辺ちゃんにとってターゲット。余計に惨めな姿を晒したくなかったと考えているのに一票。
「違うよ、沢村さん。彼女が窓から侵入しようとしてきたんだよ」
「そうなの!?」
そうなんだよ。しかも渡辺ちゃんは君に盗聴器まで付けているんだから。って言えたら良かったのに……。
すると渡辺ちゃんの両手から力が抜けたので、僕も渡辺ちゃんの手を離す。
「こほんっ」
渡辺ちゃんが咳払いをして、廊下へと上半身を戻す。肩に掛かっていた長いツインテールの髪を後ろへと撫で上げてから、歩き出す。
壁でその姿が見えなくなったかと思いきや、渡辺ちゃんが教室に入ってくる。
「ごきげんよう」
どうやら何事も無かったように振る舞うことにしたようだ。
「ご、ごきげんよう」
沢村さんが空気を読んで答える。しかし、じりじりと渡辺ちゃんから離れようと下がる沢村さんの姿を見るに、苦手意識でもあるようだ。まるで熊に出くわした小鹿だ。
「貴方と面と向かって会うのは久方ぶりね」
「そ、そうだね……久しぶりかも?」
戸惑いがちに返す沢村さん。
「樋脇くんから大変な事態に巻き込まれたと聞いたわ。大丈夫だったみたいね」
渡辺ちゃんが沢村さんの全身を眺めてから、紫電のような目で僕を見た。沢村さんはそれに気が付かず、「そっか、ありがとう」と小さくお礼を告げた。
渡辺ちゃんを信じても良いのか、それとも警戒した方が良いのか。考えていることが顔に出ている。
その素直さが沢村さんの良いところだと思うし、上目がちに渡辺ちゃんを見つめる姿は庇護欲をそそられるんだろうな。
「それで片は付いたってことで良いのかしら?」
「うん、大丈夫だよ」
「それなら良かったわ」
自分は盗聴器で事態を全て把握していたと言うのに白々しいものだ。
「本題に入るわよ」
渡辺ちゃん本人も気にすることなく話題を瞬時に変えた。
僕も一緒に聞いてしまって良いのかな。落ち着かずに身じろぐ。
「わたくしは貴方に警告をしたわよね。その理由はたった一つよ。貴方の身に危険が迫っているの」
「へえ……へ、ええ!?」
沢村さんが文字通り飛び上がった。渡辺ちゃんはもう手に負えない人間だからって聞き流そうとしていたのに、とんでもない話が耳に入っちゃったものね。
やっと怪異から解放されたと思えば、また命が狙われているのかと勘違いしちゃうよ、この言い方は。
「え、ええと……え? 私の身に危険が迫っているって、どういうこと……?」
沢村さんが困惑気に眉を顰める。
「わたくしたち学園保護委員会は、モテる人たちが無事に学園生活を送れるようにサポートをするために作られたの。彼らを好きな生徒たち――もといファン、恋敵など人間模様は様々だけれども、彼女らないし彼らが暴走して余計な行動に出ないか見張っているのよ」
渡辺ちゃんが大層真面目な顔つきで嘘八百を並び立てるので、余りにも滑稽で笑いを誘わられた。
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