審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

21.明日が始まる、了

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 冷たい風が頬を滑る。
 俺はこの高揚感を骨の髄まで味わい、それが冷えていくことに酔いしれた。――心地が良い。

 眼球だけを動かして自室のベランダから広がる闇を見下ろした。
 やっと鏡の怪異から解放されたと言うのに、停電が起こって町中が真っ暗闇となったのだ。予備の発電機がある建物にはぽつり、ぽつりと灯が見える。
 なんとなく夜色を眺めながら思いを馳せる。

「――沢村、か。怪しいな」

 ポケットへと手を伸ばすと指に痛みが走ったが、気にすることなく握りしめて取り出す。――それは樋脇が沢村に渡した手鏡の一部だ。渡したと言うよりは、託したと言うべきか。完全に消えてしまったのかと思ったら、これだけは俺の手元に残されていた。

「シンデレラかよ」

 思わず笑みが零れるも、すぐに逸れた意識を戻す。
 沢村は只の女生徒だ。多少は頭が回るようだが、それにしても勘が良すぎるのではないだろうか。俺だけじゃなく、月島にも教えていない何かを隠している気がする。だがそこまで警戒しなくても良いだろう。
 それよりも月島の方が問題だ。あいつは拳だけで使者を撃退した。通常ではあり得ない。そもそも得体の知れない存在に対して、拳で挑むか普通?

「あんな大莫迦者は初めて見た。腹が立つ奴だな、本当に」

 あいつの場合は特異体質なのだろう。怪異に対して強靭な肉体を持っているに過ぎない。裏を返せば自身の身を守ることだけに特化しているだけ。
 俺達の計画に支障は出ないと見た。それに月島の行動原理は抑圧された殺意だ。誰かを殺したくても殺せない状況にある故に、沢村を哀れな子羊に見立て、月島の枷が外れた時――。即ち、殺す時期を見据えて牙を研いでいるようなものだろう。
 しかし、あの月島が本能を抑えてまで大切にする存在とは一体何だろうか。

「……もしかしたら厄介なことになるかもしれないな」

 身体を反転させて、ベランダの策に寄り掛かる。

「――樋脇、か」

 こんな感情は初めてだ。手に収めたくて仕方がないのに、触れると雪の結晶のように消えてしまいそうで狼狽えてしまう。
 それにあいつは俺の二歩前を歩いている。まるで俺達の計画を最初から知っているような行動を取っている。組織から情報が漏洩しているのか、それとも樋脇の情報収集能力が優秀なのか。

 俺は鏡の破片を掌で弄ぶ。この鏡には力が宿っていた。残り香ではあるものの気配は濃厚で、思わず落としそうになるほど威圧的だ。
 息を軽く吐く。只の抜け殻でしかない物をいつまでも名残惜しく持っているべきではない。
 手を離すと小さな欠片がコンクリートとぶつかって砕け散った。樋脇の祖母、タロットカード、あいつの狙い、そして計画。前者はフェイクかもしれない。
 俺は興奮して回らない頭を必死に巡らして、とうとう諦めた。今は只、この高揚感に浸っていたい気分だ。

「楽しくなってきたな」

 口の端を上げて空を見上げる。町中が停電だからか、星の煌めきがよく見える。満点の星とはよく言ったものだ。それは確かに壮美で、人を魅了させてやまない。俺自身、月夜に煌めくあの星に一目で惹かれ、つい目で追ってしまう。
 瞳を閉じる。――ああ、今日も夜が消えていく。そして、また明日が始まるのだ。

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