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第一章 七不思議の欠片
お互いの肩が触れ合う
しおりを挟む「どういう意味だよ? お前の計画の為に俺は必要不可欠ってことか? それだけじゃない。俺の使者をどうやって倒したんだよ」
「矢継ぎ早に言われても困るんだけど。まあ、使者に関してはノーコメントを貫かせて貰うけど、僕がどうして君を助けたかって? ……本当に分からないの?」
樋脇は俺の方を見ない。
「君ってほんとに鈍感だよね」
「これでも鋭い方だが」
「そういうことじゃないよ」
未だに視線を逸らし続ける樋脇の顔を見ていると腹が立つ。
苛立ちが頂点に達し、その肩を掴んで強引に樋脇の顔をこちらに向かせると、普段は微笑みを浮かべているその唇が歪んでいた。目尻も桃色に染め上げて瞳を揺らす。
「……分からないの?」
黙り込んでしまった俺に向かって、樋脇がもう一度訊いてきた。
「……ああ」
――分からない。俺にはこいつのことが理解できない。
こいつは俺と同じ残酷な面を持ち、自身の感情を微笑みで覆い隠している。周囲の人間はそれに気付くことなく、樋脇のことを天然だと評し、誰もが一目を置くほどだ。あらゆる人間がこいつに対して好意的な感情を抱く。
俺と似たような計画を持っていると本人自ら表明したが、樋脇が何故この国をぶち壊したいのか理由が不明だ。樋脇は人に優しく接してはいるが、情に厚いタイプではないと思う。だが沢村の世話を焼くこともある故、人間に対して無関心ではないだろうが……。
現段階の情報では樋脇の行動原理を考察することは叶わない。
そんな彼が微笑みという仮面を外し、俺のことで表情を崩している。樋脇の心のうちを理解することは出来なくても、そこまで俺は鈍感じゃない。鈍感なのは樋脇の方だろ。だってこんなにも俺のことが好きだと全身で告げながら、それに全く気付いていない。学校でも積極的に視線の逢瀬を重ねてきたと言うのに。
「――お前は、」
「死んだら許さないからね」
樋脇が俺の言葉を遮った。その目は物語っていた。
「……俺は俺の目的を遂行する」
俺は少し逡巡してから言葉にする。
「それは嬉しい」
「どうやらお前は目の前の兎を追うことしか出来ないみたいだからな。生憎と俺は二兎を追いたいタイプなんだ。お前の狙いを暴いてぶち壊してやるから覚悟しておけよ」
「……は?」
樋脇は大きく見開いて俺を見つめる。
「え、は? いきなり、何を」
「意外かよ?」
「そりゃあね。だって僕の計画を暴いたって、どうにもならないと思うもの」
「そっちじゃねえよ」
「え?」
「……時間が掛かりそうだな」
――俺だってお前のことが。今は言葉に出来ないそれを、息と共に吐きだす。
「まあいい。俺はもう帰るから。じゃあな」
その肩を抱き寄せることも頬に触れることも出来ない代わりに、俺はすれ違い様に樋脇の薄い肩口に自身の肩を掠らせた。熱はほとんど分からなかった。ただ軽く接触しただけに過ぎない。
それなのに樋脇は大きく身体を跳ね、息を呑んだ。
その反応に自然と口の端が上がる。振り返れば樋脇の珍しい表情が見れたかもしれない。だが今日はもう充分だった。
俺は扉を開けて階段を下る。朧明な月明りが足元を照らす。まるで祝福を受けているような美しさだった。
「……俺は選ばないといけないんだ」
後ろから聞こえた苦々しい呟き声は俺の耳に届くことはなかった。
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