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第二章 わたし、めりーさん
温室の謎
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沢村さんの視線を一心に受ける。既に黒川くんのことは意識の外にあるようだ。
「ううん、全然大丈夫!」
ぶんぶん、と首を横に振る沢村さん。
「……おい」
黒川くんが不機嫌そうな声を出す。
「ただ樋脇くんに手伝わせるのは心もとないから、答えられなかっただけなの。でも樋脇くんがやりたそうにしているし、もしそうなら……是非是非手伝って欲しいなあ。なんて、」
全力で首を振ったせいか、沢村さんの目が回り始めている。必死に笑おうとして口許が引き攣っている顔を見ると、罪悪感が首を擡げる。
「ありがとう、沢村さん!」
僕は嬉々とした声を出しながら、沢村さんの手を握る。
「いや、別に、たいしたことは。だって、樋脇くんが悲しそうな顔をしていると、私だって悲しいし」
それは紛い物の感情だけどね。
「温室って結構広いみたいだし、沢村さん一人だと大変じゃないかなって。本音は、ずっと前から温室に興味があったんだけど」
「それめっちゃ本音言ってんじゃん」
「ふふ、実は入学前から温室の話は聞いててさ。綺麗だろうなって気になってたんだ」
「へえ!? 入学前から知ってるのって凄くない? 穴場だもん。パンフレットとか記載されてないし、前に温室の場所が分からなくて先生に聞いたけど、知らないって言われちゃったし」
「そうだね、僕も入学早々教師に質問したらそう言われたよ」
「正直、清掃を任されている園芸委員会しか知らないのかな、って思ってたわ」
確かにあの温室は神秘に包まれている。誰にも穢されない神域。さしずめ園芸委員会は巫女と言うべきか。
「でも本当に綺麗よ。図書室も落ち着いた雰囲気で好きだけど、温室はもう別格」
温室は特別な硝子で造られた一室であり、外からでは中の様子が見えないが、中からは外の景色を一望できる。生徒会がある棟の屋上にあるも、生徒会員でさえ立ち入らせたことがない。
「温室は色んな植物が育ってて、中世に出てきそうなテーブルもあるんだよねえ。まるでいつでもご主人様がティータイムを満喫できるようセッティングされてるようって言うか、校長先生が使っていたりして」
「それは素晴らしいね」
「私が説明するより、一度見てもらった方が良いかもね。じゃあ、行きましょ」
これ以上黒川くんに睨まれたくないし、と顔に出ているよ、沢村さん。
「うん、本当にありがとう。嬉しい」
僕は沢村さんにエスコートされながら、教室から出る。その直前で黒川くんと視線が交わったが、臆することなく逸らす。怯えながら逸らすのと意味合いが違う。意図して無視しただけ。どうやら探られているみたいだ。
鋭い目つきで僕を視る黒川くんに背筋がぞくり、とする。嬉しい。そんな感情が心の奥底で芽生える。でも過度な期待は大きな落胆に繋がる。落ち着かなければ、とそんな背をふわりと撫でられた。沢村さんにつられて、唄をうたっている。風に運ばれる調べのように。
「ううん、全然大丈夫!」
ぶんぶん、と首を横に振る沢村さん。
「……おい」
黒川くんが不機嫌そうな声を出す。
「ただ樋脇くんに手伝わせるのは心もとないから、答えられなかっただけなの。でも樋脇くんがやりたそうにしているし、もしそうなら……是非是非手伝って欲しいなあ。なんて、」
全力で首を振ったせいか、沢村さんの目が回り始めている。必死に笑おうとして口許が引き攣っている顔を見ると、罪悪感が首を擡げる。
「ありがとう、沢村さん!」
僕は嬉々とした声を出しながら、沢村さんの手を握る。
「いや、別に、たいしたことは。だって、樋脇くんが悲しそうな顔をしていると、私だって悲しいし」
それは紛い物の感情だけどね。
「温室って結構広いみたいだし、沢村さん一人だと大変じゃないかなって。本音は、ずっと前から温室に興味があったんだけど」
「それめっちゃ本音言ってんじゃん」
「ふふ、実は入学前から温室の話は聞いててさ。綺麗だろうなって気になってたんだ」
「へえ!? 入学前から知ってるのって凄くない? 穴場だもん。パンフレットとか記載されてないし、前に温室の場所が分からなくて先生に聞いたけど、知らないって言われちゃったし」
「そうだね、僕も入学早々教師に質問したらそう言われたよ」
「正直、清掃を任されている園芸委員会しか知らないのかな、って思ってたわ」
確かにあの温室は神秘に包まれている。誰にも穢されない神域。さしずめ園芸委員会は巫女と言うべきか。
「でも本当に綺麗よ。図書室も落ち着いた雰囲気で好きだけど、温室はもう別格」
温室は特別な硝子で造られた一室であり、外からでは中の様子が見えないが、中からは外の景色を一望できる。生徒会がある棟の屋上にあるも、生徒会員でさえ立ち入らせたことがない。
「温室は色んな植物が育ってて、中世に出てきそうなテーブルもあるんだよねえ。まるでいつでもご主人様がティータイムを満喫できるようセッティングされてるようって言うか、校長先生が使っていたりして」
「それは素晴らしいね」
「私が説明するより、一度見てもらった方が良いかもね。じゃあ、行きましょ」
これ以上黒川くんに睨まれたくないし、と顔に出ているよ、沢村さん。
「うん、本当にありがとう。嬉しい」
僕は沢村さんにエスコートされながら、教室から出る。その直前で黒川くんと視線が交わったが、臆することなく逸らす。怯えながら逸らすのと意味合いが違う。意図して無視しただけ。どうやら探られているみたいだ。
鋭い目つきで僕を視る黒川くんに背筋がぞくり、とする。嬉しい。そんな感情が心の奥底で芽生える。でも過度な期待は大きな落胆に繋がる。落ち着かなければ、とそんな背をふわりと撫でられた。沢村さんにつられて、唄をうたっている。風に運ばれる調べのように。
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