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第二章 わたし、めりーさん
2.誰か✘を視て
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温室に向かうと、鍵が掛かっていた。
「あれ? うそでしょ……。この時間帯は園芸委員会が掃除するって決まってるから、いつも開いてる筈なのに」
「へえ。鍵を管理しているのは、園芸委員会じゃないんだね」
僕が不思議そうに見つめると、沢村さんも「私も意外に思ったんだよね、それ」と頷いた。
「実際に管理しているのは先生らしいよ。掃除とは言えど、私らに鍵を渡すこと自体、禁じられているって噂もあるし」
「大変だね」
「まあ、そうよね。でも困ったわ。これじゃあ掃除なんて出来ないし」
沢村さんが困惑気に呟いた。
「鍵が開いていないのなら、今日は免除ってことじゃない?」
「そうだと良いんだけど……。一応、先生に確認してきた方が良いのかな」
「うーん、大丈夫じゃない? 今日一日くらい掃除をしなくても困ることはないと思うよ」
「確かにそうかも。昨日だって掃除している筈だし、私がしなくても明日になれば他の当番が掃除してくれるしね。でも……」
「でも?」
訊き返すと、沢村さんは言いにくそうに口ごもる。
「もしかしてサボったって思われるのが嫌だとか?」
沢村さんが吃驚して、顔をぱっと上げた。瞳をまん丸とさせて、ぽかんと口を開けている。
「な、何で分かったの?」
「沢村さんは分かりやすいからね。黒川くんも、いつもそう言っているでしょ?」
「たしかにそう言われる……」
「月島くんにも?」
「言われる……」
気恥ずかしいのか、沢村さんが意気消沈している。
「心配なら、暫くここで待っていようか。教師が鍵を開けに来なければ、それが理由になるでしょ」
僕はにこやかに微笑みかけると、沢村さんも拙く笑い返した。何だか昔のようで、懐かしく感じる。
沢村さんが「ありがとう」と細い声で言う。
「いや、ここまで案内してくれただけでも嬉しいからね。気にしないで」
「……もしかして樋脇くんって仏様??」
「いやいや、そんなことないから。仏様に失礼だから」
「そんなことないって。慈悲深いし」
沢村さんに優しくするのは打算があってのことだからなあ。
僕は慈悲深くなんてない。何もかもあいつのお陰と言うか、仕業と言うか。
誰もが僕を肯定的に話しかけるが、僕を視ている訳ではない。あいつのおかげで、あいつのせいだ。だから褒められるのは苦手で、胸が痛む。俯いて、「この間のホラー映画観賞会だっけ? あれ、楽しかったね」と話題を変えた。
沢村さんたちが鏡の怪異に襲われて暫く経った後、月島くんが今度は学校でホラー映画を見ようぜ、と沢村さんたちに誘いかけていた。授業開始寸前で騒いでいたから、嫌でも聞こえちゃった。沢村さんも黒川くんも懲りない奴だと言い募ってたし。学校で大変な目に遭ったと言うのに、月島くんの頭の螺子は何処に転がっているんだろうね。
「楽しかったね。最初は(怪しんで)断ろうと思ったけど、ホラー映画が(とっても)見たかったからさあ、黒川くんも来るなら(月島と二人っきりじゃないし)、了承しちゃったんだよね。千堂くんも立川くんを引き込んで参加したいって言ってたし(彼らがいるのなら、なんとかなるでしょ)、(それでも若干の不安を覚えたから)私も樋脇くんを誘ったのよね」
沢村さんの言葉の節々に含蓄があるなあ。
結局六人で視聴覚室に集まり、ホラー映画を三本も鑑賞した。
月島くん持ち前のコミュニケーション力で、教師に許可を取ったらしい。一体どうやって教師を陥落させたのか気になるけれど。僕みたいに卑怯な手段は用いてないし、黒川くんみたいに自身側の人間を潜り込ませている訳ではない。
「誰かと映画を見るなんて、初めてのことだったし」
「それは僕もだよ。最近のホラー映画って凄いね、映像が綺麗だ。と言っても、映画自体あんまり見たこと無かったな」
沢村さんが視線と身体を同時に向ける。
「え、そうなの。でもちょっと分かるかも。樋脇くんって和室にいそうな気がする」
「和室? ふふ、沢村さんって面白いね」
そう言うと、沢村さんが赤面した。口をぱくぱくと開いて、「え、だって」と言い淀む。
「でも合ってるよ。僕の家は日本家屋だし、部屋も和室だよ」
「おお~! 私ん家は和室ないから、凄いねえ」
「和室が必要ない家もあるし、良いんじゃない? 僕は祖母が骨董屋を開いているからね」
「前に聞いた気がする。だからか!」
合点が行ったかのように、両手を打ち鳴らす沢村さんに、僕は薄く笑う。
「普段は祖母の手伝いもしてるから、テレビも見ないし、皆と一緒に映画が見れて楽しかったよ」
「手伝いって、めっちゃ偉いじゃん。おばあちゃんって、確かタロット占いをしているんだっけ?」
沢村さんが首を傾げるので、僕はそう、と頷いた。
僕は祖母に嫌われているから、今でも無視し続けられている。時々何かを悟ったように、声を掛けられることもあるけれど、祖母の懸念は未来にあるようだ。まあ、そんな祖母に黒川くんと月島くんを視せれば、きっと面白い反応が返ってきそうだ。
「あれ? うそでしょ……。この時間帯は園芸委員会が掃除するって決まってるから、いつも開いてる筈なのに」
「へえ。鍵を管理しているのは、園芸委員会じゃないんだね」
僕が不思議そうに見つめると、沢村さんも「私も意外に思ったんだよね、それ」と頷いた。
「実際に管理しているのは先生らしいよ。掃除とは言えど、私らに鍵を渡すこと自体、禁じられているって噂もあるし」
「大変だね」
「まあ、そうよね。でも困ったわ。これじゃあ掃除なんて出来ないし」
沢村さんが困惑気に呟いた。
「鍵が開いていないのなら、今日は免除ってことじゃない?」
「そうだと良いんだけど……。一応、先生に確認してきた方が良いのかな」
「うーん、大丈夫じゃない? 今日一日くらい掃除をしなくても困ることはないと思うよ」
「確かにそうかも。昨日だって掃除している筈だし、私がしなくても明日になれば他の当番が掃除してくれるしね。でも……」
「でも?」
訊き返すと、沢村さんは言いにくそうに口ごもる。
「もしかしてサボったって思われるのが嫌だとか?」
沢村さんが吃驚して、顔をぱっと上げた。瞳をまん丸とさせて、ぽかんと口を開けている。
「な、何で分かったの?」
「沢村さんは分かりやすいからね。黒川くんも、いつもそう言っているでしょ?」
「たしかにそう言われる……」
「月島くんにも?」
「言われる……」
気恥ずかしいのか、沢村さんが意気消沈している。
「心配なら、暫くここで待っていようか。教師が鍵を開けに来なければ、それが理由になるでしょ」
僕はにこやかに微笑みかけると、沢村さんも拙く笑い返した。何だか昔のようで、懐かしく感じる。
沢村さんが「ありがとう」と細い声で言う。
「いや、ここまで案内してくれただけでも嬉しいからね。気にしないで」
「……もしかして樋脇くんって仏様??」
「いやいや、そんなことないから。仏様に失礼だから」
「そんなことないって。慈悲深いし」
沢村さんに優しくするのは打算があってのことだからなあ。
僕は慈悲深くなんてない。何もかもあいつのお陰と言うか、仕業と言うか。
誰もが僕を肯定的に話しかけるが、僕を視ている訳ではない。あいつのおかげで、あいつのせいだ。だから褒められるのは苦手で、胸が痛む。俯いて、「この間のホラー映画観賞会だっけ? あれ、楽しかったね」と話題を変えた。
沢村さんたちが鏡の怪異に襲われて暫く経った後、月島くんが今度は学校でホラー映画を見ようぜ、と沢村さんたちに誘いかけていた。授業開始寸前で騒いでいたから、嫌でも聞こえちゃった。沢村さんも黒川くんも懲りない奴だと言い募ってたし。学校で大変な目に遭ったと言うのに、月島くんの頭の螺子は何処に転がっているんだろうね。
「楽しかったね。最初は(怪しんで)断ろうと思ったけど、ホラー映画が(とっても)見たかったからさあ、黒川くんも来るなら(月島と二人っきりじゃないし)、了承しちゃったんだよね。千堂くんも立川くんを引き込んで参加したいって言ってたし(彼らがいるのなら、なんとかなるでしょ)、(それでも若干の不安を覚えたから)私も樋脇くんを誘ったのよね」
沢村さんの言葉の節々に含蓄があるなあ。
結局六人で視聴覚室に集まり、ホラー映画を三本も鑑賞した。
月島くん持ち前のコミュニケーション力で、教師に許可を取ったらしい。一体どうやって教師を陥落させたのか気になるけれど。僕みたいに卑怯な手段は用いてないし、黒川くんみたいに自身側の人間を潜り込ませている訳ではない。
「誰かと映画を見るなんて、初めてのことだったし」
「それは僕もだよ。最近のホラー映画って凄いね、映像が綺麗だ。と言っても、映画自体あんまり見たこと無かったな」
沢村さんが視線と身体を同時に向ける。
「え、そうなの。でもちょっと分かるかも。樋脇くんって和室にいそうな気がする」
「和室? ふふ、沢村さんって面白いね」
そう言うと、沢村さんが赤面した。口をぱくぱくと開いて、「え、だって」と言い淀む。
「でも合ってるよ。僕の家は日本家屋だし、部屋も和室だよ」
「おお~! 私ん家は和室ないから、凄いねえ」
「和室が必要ない家もあるし、良いんじゃない? 僕は祖母が骨董屋を開いているからね」
「前に聞いた気がする。だからか!」
合点が行ったかのように、両手を打ち鳴らす沢村さんに、僕は薄く笑う。
「普段は祖母の手伝いもしてるから、テレビも見ないし、皆と一緒に映画が見れて楽しかったよ」
「手伝いって、めっちゃ偉いじゃん。おばあちゃんって、確かタロット占いをしているんだっけ?」
沢村さんが首を傾げるので、僕はそう、と頷いた。
僕は祖母に嫌われているから、今でも無視し続けられている。時々何かを悟ったように、声を掛けられることもあるけれど、祖母の懸念は未来にあるようだ。まあ、そんな祖母に黒川くんと月島くんを視せれば、きっと面白い反応が返ってきそうだ。
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