審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第二章 わたし、めりーさん

『占い師』

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「うん、まあね」

 沢村が居心地悪そうに視線を逸らす。

「ああ、黒川くんもいるし、メリーさんについて話してたの?」

 無邪気に訊く樋脇。沢村は答えても良いのか、と俺を見る。

「――そうだ」
「へえ。それなら丁度良かった」

 ぶっきらぼうな俺の返事とは違い、樋脇は微笑んで近づいてきた。何処となく、わざとらしさを感じ取る。
 先月のお節介を今月も果たそうと言うのか。プライドを傷つけられるような激高が胸の奥からこみ上げる。仕方のない怒り。俺はあいつのように力を持っている訳でもなく、樋脇のように先見の明などない。己の力量など理解しているつもりだが、それでもこの感情を覆すほど大人でもない。

「あのね、立川くんがちょっと困ってたみたいでね。皆に届いたあのメールをスクロールしていたら、『うらなってね! こんや、しょうたいじょうをおくるわ』って書かれていたらしくて。どうしたら良いのかって相談されたんだ」

 樋脇も俺の感情を悟っているのか、沢村へと話しかける。沢村は目を見開き、「え?」と呟いた。

「例の役割でしょ?」
「う、うん……そうだけど、」

 瞬いて、樋脇の顔をじっと見る沢村。真意を探るかのような目だ。それに対して、樋脇はにっこりと笑った。

「でも、それって、かなり重要な話じゃない?」

 沢村が再び俺を見た。

「役割を有している者が知り合いなら、話し合いは容易だな。立川も話が分かる奴だし」
「それね。最悪、樋脇くんのことを言っておけば、なんとかなるし」
「どうして僕が?」
「立川くんは樋脇くんのファンなんだよ」
「……何それ。初めて知ったよ。僕なんか見どころも何もないのに」

 呆然と樋脇が口を小さく開く。どうせ演技だろ。

「ええ~、一緒に映画観賞会を開いてた時、立川くんってばずうっと樋脇くんのことを見つめてたんだからっ!」

 確かにその視線は俺も感じていた。樋脇に気があるのかと思い、俺も立川を睨み付けていたが、立川の世界に俺はいなかったようだ。……しかし、あの熱視線にはそんな感情は見て取れない気もする。あくまでも憧憬という言葉で片付けておいた方が良いのかもしれない。

「あー、確かに感じてはいたけど。でも僕に興味があると言うよりは……まあ、立川くん自身の話は後でも良いよね。今は大変なことに巻き込まれた訳だし」
「あっ、そっか。話の続き、カモン」
「ふふ。沢村さんって、本当に面白いんだから」

 樋脇が手のひらを口許に当てる。

「僕にはさっぱりだったけれど、占うことが出来るのなら占っておけば良いんじゃないかなって言っておいたから。明日の朝にでも、立川くんに聞いてみたらどう? ただそれだけ。君たちに伝えておきたかったんだ」
「GJ過ぎない? 今日立川くんが占ってくれたら、明日は少し楽になるし」
「――お前は動かないのか?」

 割って入るように、言葉を切り込んだ。

「僕? このメールのこと?」

 樋脇が瞬く。

「だって、こんなのあり得ないと言うか……ちょっと不安だけど、心配するほどのことじゃないって思うんだよね」

 沢村の手前、明言することが出来ないのだろう。だが、怪異に対応しようとしている俺たちを気遣うように、あり得ないと零してから慌てて言い募る姿は愛い。いや、違う。可愛いのは事実だが、それを言いたかった訳じゃない。演技に惑わされるのもたまには良いかもしれないが。

「でも沢村さんたちが動いてくれるなら、猶更安心するよ。人手が足りなかったら、僕も呼んで。何かお手伝いが出来たら、嬉しいから」

 沢村にはそう微笑んでから踵を返すが、俺とすれ違う時だけ鋭い視線を投げかけてきた。沢村を巻き込んだことに怒っているに違いない。もしくはクラスメイトか?
 樋脇が出て行った後で、沢村が「ああ~~~神様仏様樋脇様!」と叫んだ。樋脇も信仰の対象なのかよ。

「実を言うと、最初の頃は樋脇くんのことも嫌いだったんだけど、今はもう癒しよ……心のオアシス……」
(黒川と違ってさ)

 心の声が漏れていたので、「聞こえているんだが」と言うと、

「マジですか」
「お前の言葉を借りればマジだな」
「さいですか」
「――そんで、お前は樋脇をどれだけ信頼しているんだ?」

 そう言葉を投げかけると、沢村が目を見開いた。

「そりゃクラスメイトの中では一番信頼してるけど……そんなこと聞いてどうするの? 別に私と樋脇くんは付き合ってないわよ」
「……それは分かってる。でも距離、近いだろ」
「うええ、男の嫉妬は醜いわよ」
「樋脇も男だろ」
「……確かに。考えたこと無かった」

 憑き物が落ちたかのように、沢村が真顔で言う。

「なんて言うか、樋脇くんって浮世離れしたところあるから。それこそ仙人みたいな?」

 沢村の感性を疑うべきか。

「お前のことだから、樋脇に恩でもあるんだろ」

 沢村が肩を揺らした。――図星だな。
 どういった絡繰りがあるのか、想像もつかない。沢村の過去にも何かあるとは、踏んではいる。死にたいと願っていた少女の理由、真意。おそらく一度はそれを救っている樋脇の狙い。あいつも鬼ではない。ただ単に見ていられなかったと言うこともあるだろう。だがそれにしても優遇が過ぎる。裏があるとしか思えない。

「お前って分かりやすいよな、本当に」

 図星ではあっても、俺に見抜かれていることに不満なんだろう。唇を突き出して黙り込む沢村に、俺は口の端を上げた。

「何があったんだ?」
「……ただ、前に助けてもらっただけ」
「へえ?」

 そっぽを向いて答える沢村。これ以上踏み込んでも情報は得られない。俺は含み笑いを浮かべ、「兎に角、行動を起こすのは明日からだ」と話を戻した。
 窓の外を見れば、既に直黒だった。窓硝子が反射し、俺たちの姿が映る。沢村も窓硝子を見て、すぐに顔を反らした。得体の知れないものまで映りそうな色に恐ろしさを覚えたようだ。
 まだ夏前だと言うのに、日が暮れるのが早い。これもまた怪異による影響なのかもしれない。フィールドはいち生徒――いや、もしくはこの教室か? そう考えると、学校の外まで浸食、接触しようとしているのかもしれないな。

「俺たちの命が掛かっている以上、明日は早々に行動を起こす」
「そうね。また明日、情報を集めましょ」

 沢村が鞄を持って立ち上がるのを待ち、共に教室から出た。

「あら。有言実行してくれるの?」
「お前に何かあったら、あいつらに怒られるだろ」
「……身に覚えがないけど、なるほど」
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