審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第二章 わたし、めりーさん

災厄の影

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 誰もいない暗い街路を、月の仄かな灯りと、人工的で眩しく輝く光が照らし出していた。淡く双方の光が混じり合ったサイクルの端は、人工的な光に押し負けて、自然の風流さがかき消えてしまっている。
 そこへ無遠慮に踏み入れた誰かさんの足先が、目に飛び込んでくる。

「よお」
「え……?」

 僕はその声に驚き、顔を上げた。
 街灯でくっきりと姿が見える。――師堂くんだった。

「どうしてここに?」

 とうによる夜中だ。

「お前がそう訊くのか?」

 にやにやと笑って、僕へと近づいてくる。

「ちょ、ちょっと……」

 僕が慌てふためく姿が愉しいのか、目と鼻の先で立ち止まり、大きな体躯を曲げてまで僕の顔を覗き込んだ。

「ふーん……」

 じろじろと瞳を眺められる。

「こりゃ天性かねえ。似たような人間も何度か見たことはあるが、やはり魂の問題なのか?」
「魂って、師堂くんには何が見えているのさ」

 天性って何。僕の魂は酷すぎるって言いたいのかな。そ、れは勿論……僕なんかより、沢村さんや立川くんの方が純粋で、月島くんみたいに優しくなんてないし。時折、自分が迷子になった気分に陥る。本当にこれで良いのか、なんて思うし、でもこれ以上、心の柔肌に触れられたくはない。
 睨みつけてやれば、

「そりゃさ、お前が俺に用があって、今から俺ん家に乗り込もうとしてただろ?」
「……!」

 僕は目を開いた。

「そこまで分かっちゃうの?」
「お前の場合はすげえ分かりやすいってだけだ。っつうかよ、お前さ、趣味悪いな」

 師堂くんは僕の背後へと一瞥してから、僕を見た。

「黒川にしろ、それにしろ。こいつなんて、俺がお前の腕を折りかけた時だって、お前の顔を眺めて愉しんでただろ」

 視えているのか、師堂くんには。

「……まあね。僕が嫌がると嬉しがって、何でもお願い事を聞いてくれるから、仕方ないってカンジかな」
「へえ? そんじゃ、俺がお前に迫っても悦ぶのか?」

 そう言って、師堂くんは僕の腰に手を回して、引き寄せた。なんとか離脱を図ろうとしたが、月島くん同様に胸板は厚いし、腕の力は強いし、身じろげない。
 僕は師堂くんの顔を見上げ、固まった。間近から見る師堂くんも随分と彫りが深く、頼りがいのある男の子だ。金髪の跳ねた毛先が少し枝毛になっている。髪を染めると、やはり痛むものなんだろうか。耳元で鈍く光るシルバーのピアス、薄い唇、そして少し垂れ目がちで、こちらを見下ろす瞳には悪戯っぽさが窺える。――って、え!?

「ちょ、見つめ合ってたの、僕たち」
「割と前からだけどな」
「離れてよ、本当に嫌だ」
「つれねえな」
「これぐらいなら喜ぶだけだし、僕で実験なんかしないで」

 どん、と胸板を叩くと、師堂くんは素直に離れた。

「黒川なんか辞めちめえよ」
「は?」

 思わず低い声が出る。

「あいつは分かってねーよ、自分がどれだけ残酷で、救いようがねえって」

 師堂くんは真剣な顔つきで、淡々と言った。

「何言ってるの。黒川くんは自分のことしか考えてないし、頑固だし、融通が利かないし、でもかっこいいじゃない」
「誉め言葉が容姿しか出なかったけどな」
「……初めて視線が合った時に、僕なんかを視てくれたから」

 声が掠れる。まやかしに踊らされずに、俺を視てくれたのが、――。

「優しい奴に見えんのか?」
「どうかな。僕と思考は合わないだろうね。目指している先は同じでも、そこから先は全く違うから」
「……お前はよ、まだ出会ってねえ、いつしか訪れるかもしれねえ悪意に踊らされ、目の前の悪意が善意にすり替えられていることに気付いてねえ」
「それって、黒川くんのことを言ってるの……?」

 師堂くんは黙り込んだ。それだけで彼の言いたいことは察したが、黒川くんがもたらすだろう、その時を僕が奪い取ってしまえば良い。

「まあ、おいおい考えれば良いことだろ。それより、俺に何の用だよ?」

 最初から話題を転換した師堂くんに言われたくないなあ。

「例の黒川くんが今回のことで、情報が欲しいんだって。君の」
「黒川っつうより、沢村がだろ?」
「同じ陣営でしょ」
「グループのことか? そんなら、お前は俺んとこに入るか?」
「嫌だよ」
「うわ、即答かよ」

 肩を竦めてから、

「俺もしがない村人でね」

 師堂くんは軽々と言い切った。

「それは分かってるでしょ。君の周りはどうなのかって話」
「んなの、お前もよく分かってんじゃねーかよ。無駄な行動すんなよ」
「だって沢村さんのこと、無下には出来ないからね。君の家まで行ってすぐに帰るつもりだったのに、ここまで君が来ちゃったんだよ」
「俺だって、お前が来るから、何かあったのかよって出迎えてやったのによお」

 僕たちは暫く睨み合ってから、僕は携帯を取り出した。沢村さんのメールへと特に情報なしと打っておく。
 沢村さんのことだから、時間帯を見て驚愕してしまうのだろうけれども、今は余裕がないからごめんね。

「帰るね」

 そう言って、背中を向ければ、今度は腕を引っ掴まれた。

「ちょ、」

 また昨日同様に、みしみしと骨が軋む音も聞こえてくる。

「折角来たんだし、茶ァでも飲んでけよ」
「痛いって! またこのパターン!?」
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