審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第二章 わたし、めりーさん

季節外れな桜の香りが漂う、了

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 普段よりも俺の気配に気づかなかったようで、樋脇が目を見開いた。よっぽど師堂との会話に集中していたということか。俺は樋脇を睨みつけると、樋脇は拗ねたように視線を逸らした。

「もうっ、何で言ってくれなかったの」
「あ? 俺が言うと思ったかよ」

 師堂がそう言うも、樋脇の視線の先と合っていない。いったい何を見ているのか。師堂もすぐに樋脇の様子に気付き、舌打ちをした。それから俺を一瞥し、

「まっ、お前には用がねえわ」

 そう言い放ってから、樋脇へと近づいた。眉を顰めて師堂を見つめるが、ずんずんと自分の方へと向かってくる師堂に、樋脇は少し後ずさった。支柱の近くにいたせいで逃げ場所も無く、コンクリートの壁に寄りかかる。
 そして樋脇の頭付近の壁に強く手をついて、顔を近づけようとする。その肩を、俺は抑えるように掴んだ。

「あんだよ」

 師堂がそのままの姿勢で、顔だけ少し振り返って睨み付けた。

「何してんだ」
「は? お前に関係あるかよ」
「あるから、こうしてお前を制してんだ」
「へえ? 俺とこいつの話に割り込むほどの関係って何だろうなあ」

 師堂はそこで樋脇に言った。この状況が掴めない樋脇は口を半開きにし、目を見開いている。瞬いて師堂の顔を上目遣いで見てから、俺の顔を見た。

「ちょっと待って。この状況についていけないんだけど」

 男としてのプライドを傷つけられたせいか、樋脇は師堂の胸板を突き返した。しかしビクともしない。既視感があるな、この状況は。

「その強気な態度も好印象だぜ、樋脇」
「……君って月島君に似てるよね」
「あ? おもしれえこと言い出すよな、マジで」
「冗談は言ってないつもりなんだけど」

 師堂はそれを聞き流し、ご機嫌麗しく樋脇の頭を軽く撫で上げ、「例の件、よろしくな」と耳元で囁いた。すぐに俺が師堂を突き飛ばし、二人の間に割り入る。師堂は「おうおう、一丁前に番犬気取りかよ」と大笑いし、教室から出て行った。
 完全に師堂の気配が消えてから、俺は樋脇へと体を向ける。樋脇は顔を逸らしたまま、何も言わない。ほんの少しだけ頬が赤らんでいて、胸にどす黒い感情が沸き立つ。

「どういうことだ?」
「……何のこと」
「師堂と随分仲が良さそうだったな」
「全然だけど」
「そうは見えなかった」

 俺は樋脇に近寄り、腕の中に囲う。壁ドンの見本は三回も見たからな。
 樋脇との距離が近い。ふわり、と桜のような香りがする。香水でもつけているのか、と狼狽える樋脇をじっと見つめる。間近で樋脇の顔を見たことがなかった。すると樋脇は口を開閉して、「待っ、なんで、もうばか」と捲し立てるように呟いた。

「あいつとどういう関係なんだ」
「……それ、君が訊く?」
「ああ」
「……別に黒川くんが気にする関係じゃないよ。ただ協力者になって欲しいって勧誘されただけ」

 口籠りながら、樋脇が返す。

「それで?」
「えっと、一回だけ手伝ってもらったし、一度限りなら協力しようかなあって」
「……結界の件だな?」
「黒川くんが何を言っているのか、ちょっと分からない」
「分かってんだろ」
「分かってない、知らない」

 樋脇は顔を真っ赤にして、乱暴に言う。

「間近で見ないで。絶対にみっともない顔してるから」

 そう言うと、顔を隠すように両腕を交差させる。絶対に見たい。樋脇は顔を見られることに羞恥を抱いているだけではない、俺の顔も好きなんだろう。さっきまで俺の顔を見ては、少しぼんやりとし、瞳が蕩けだしそうだった。だが今は恥ずかしがって、話を続ける暇もない。それは俺も同等で、「見せろ」と詰め寄ったその瞬間――。

「く、黒川くんが樋脇くんをいじめてる……!!」

 甲高い声が響いた。声の聞こえて来た方向に顔を向けると、癖っ毛のショートヘアで、前髪を二本のパステルカラーのヘアピンで抑えているクラスメイトが硬直していた。

「え、なんだって?」
「何してるの~?」

 慌てるような声、間延びするような声も夫々聞こえ、我がクラスのアイドル三人衆(そう呼ばれている)が教室に入ってきた。右から、前川、斉木、二葉だ。

「うっわ、本当だ。黒川くんってそういう人間だったの?」
「最低~。と言いたいけど、どういう状況なの~?」

 引いた目で俺を見た斉木とは違い、二葉は樋脇に訊いた。顔を隠していた両腕を下ろし、樋脇が目元を赤くしながら、「ご、誤解だよ?」と言う。

「ちょっと、さっき助けてもらってさ……黒川くんに。それで、慰めてくれたと言うか、事情を聞かれたと言うか」
「あっそう。何もないなら良いんじゃない」

 斉木は興味無さそうに吐き捨てる。

「うん……。もう僕、行くね」

 樋脇は俺の顔を一度も見ず、近くの自分の椅子に置かれた鞄を手に取り、脱兎の如く教室から逃げ出した。

「……本当に何も無かったの?」

 前川がおそるおそる俺に訊く。

「いや、俺の前に何かあったのは事実だ。それに俺の聞き方が悪かったのもあると思う。勘違いとは言え、お前らにも迷惑を掛けて悪かった」
「私たちに実害は無いんだし~~別にどうでも良いかも~~」
「でも……」

 それでもなお疑う前川に、「本人たちが言ってんだから、良んだろ」と斉木が返した。

「俺も帰る。じゃあな」

 普段からあまり関わりのない女生徒たちと話していても、ただ居心地が悪いだけだ。俺は教室を後回しにした。
 ……だが。

「俺が樋脇をいじめる、か。その響きも悪くはないな」

 口端を上げて、俺は階段を下りていく。


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