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第二章 わたし、めりーさん
16.盤面の裏側
しおりを挟む時は放課後。教室はあっという間に夕焼け色になり、机に反射するほど眩しかった。俺は最後の疑問をぶつけるために、樋脇を呼び出そうとしていた。だが、どうやら先客がいたようだ。
「何の用だよ、樋脇」
教室に入ろうとした途端に、師堂の声が聞こえて来たので、すぐに身を翻し壁に背を寄せた。
「君が立川くんをけしかけたんだよね」
「ほお? なんでそう思った?」
「事実だから分かるんだよ。それで何が望みだったの?」
「はっ。望みなんて無いに等しいに決まってんだろ」
師堂の楽しげな笑い声が聞こえてくる。そっと廊下の窓から覗くと、教室の支柱の傍に立つ樋脇と、向かい合うようにして悠然と構える師堂が見えた。距離は机を二つほど挟んだ程だ。
「そう。つまり僕の力量を量りたかったんだ」
静かに囁く樋脇の声が聞こえてくる。
「まあな」
「それでどうなの? お眼鏡にかなったかな?」
「ああ。俺から見たお前は、そこまで頭が回る訳でも、器用な性格じゃねえってことが分かったぜ。でもな、お前は俺たちを守り切ったし、あの女まで使いやがった。俺でさえ、手が出ねえ女だからな」
「……なるほどね。クラスメイトたちの携帯を回収させた時に気付いたんだね、君は」
師堂は肯定しなかったが、ニヒルに笑った。
「お前は俺の目的まで分かってんだろ?」
「ふふ、それはどうかな」
探り合う二人に、俺は頭に血が上った。あいつは俺が見てない隙に、そうやって面倒な奴を引っ掛けるからな。どうしてくれよう、と手が戦慄く。
「立川くんにはなんて言ったの?」
「あ? あー、まっ、『千堂が黒だってクラスメイトに知らせたいのか?』って囁いただけで、こちらの思わくに乗ってくれたな」
「師堂くんって本当に酷いよね」
「ほお? 本心は?」
「……狡いひと」
うっすらと笑みを含む声音だった。今まで聞いたこともないほど、色気を纏う。
「お前だって分かってんだろ。今回、このクラス全体が巻き込まれた理由を」
「……」
樋脇は黙り込んだ。師堂も最初から返答を期待していないらしく、「沈黙は肯定だな」と笑う。沢村がこの場にいたら、ブーメランだとでも言いそうだ。
「呪が見える」
「そう」
「間接的に悪いのは、黒川だな」
俺の名が聞こえ、息を呑む。――俺が悪いだと? 呪とは『怪異』を指すのか?
怪異に関しては俺にも責任はあるだろう。クラスメイト全員を実験体にしても構わないと考えているからな。
「そこまで見通せるなら、僕もいらないんじゃない」
「そうとは言ってないだろ。俺には味方が必要だ」
「僕じゃなくて沢村さんはどう?」
「……何か打算があるのか?」
「どうかな」
樋脇ははぐらかすように言う。俺だけじゃなく、樋脇も沢村に何かしらの能力があると踏んでいるのかもしれない。むしろ樋脇は俺よりも沢村と接点がある筈だからな。知っていてもおかしくはない。
「でも、沢村さんは運がとても良いんだよ」
「へえ?」
「答えを知るひと。誰だか分かる?」
「……話の流れだと、沢村になるがな」
「メリーさんの正体を知っていたのは沢村さんだけ。何故なら、あの時に出た電話の伝承通り、沢村さんの後ろにメリーさんがいたんだから。でも、君もその役割を有していたのかもね」
「と、言うと?」
「話を聞いただけで、君もメリーさんの正体を知った。だから立川くんに狙いをつけた。そうなんでしょ」
「お前はどうなんだよ」
「僕は知らなかったよ、立川くんに声を掛けられるまでは。別にメリーさんの正体が誰だろうと関係ないし」
樋脇がそう言うと、師堂は「ふ」と柔らかく笑った。
「お前が――」
師堂が口を閉じる。何が起こったのか、と窓を覗き込むと、師堂は何故かこちらを見ていて、目が合ってしまった。
「どうかしたの?」
「少し待ってろ。――おい、聞いてんだろ。盗み聞きして、そのまま帰るつもりなのか?」
俺に向けて師堂が煽った。鋭い視線を向けられ、俺は降参するように両手を挙げて教室に入る。
「黒川くん…!?」
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