Evergreen

和栗

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※乱暴な表現が出てきます。どうしてもこの話を載せないと次に進めませんので、掲載いたします。
苦手な方はスクロールをお控えください。
最後はハッピーエンドです。
ご了承いただけた方のみ、ご覧ください。
















雨が降っているけど、今日は休みなので和多流くんと本屋に行く約束をしていた。
大きい本屋に行くので楽しみだった。
「あ、ごめん、電話出ていい?」
「え?うん」
家を出ようとした時、和多流くんの携帯が鳴った。
すぐ終わると思ったし、仕事の連絡だと思ったのでうなずいた。
「もしもし?」
最初の一言で仕事じゃないと分かった。多分友達。
笑顔になり、うんうんと相槌を打っている。
「いいよ。じゃぁこれから迎えに行くね」
あれ?
迎えにって、どういうこと?
おれと出かけるんじゃないの?
モヤっとしたまま顔に出さないように傘をいじる。
駐車場までは必要だから、持って行かないと・・・。
「ごめん涼くん、これから、」
「うん、全然いいよ。大丈夫。いってらっしゃい」
約束を断られたくなくて、聞き分けの良いふりをして笑顔で答える。
和多流くんはキョトンとすると、すぐにおれの腰に手を添えた。引き寄せて顔を近づける。
「違うでしょ。怒っていいんだよ、これは」
「怒らないよ。なんか、急な用事でしょ?」
「・・・涼くん、いつになったらおれのこと怒ってくれるのかなぁ・・・」
「・・・お、怒ってほしくて予定入れたの?」
「そうじゃないけど、でも理由も聞かないでいってらっしゃいって言うからさ」
「・・・せ、性格悪いよ。おれが、怒れないの知ってるくせにさ」
時々和多流くんはわざとおれを怒らせようとする。
すっごく気分が悪いけど、またいい子のフリをしてしまう。
おれが素直に怒って、ちゃんと溜め込まないで自分の気持ちを伝えられるようにするためだと分かってるけど、おれは別にそこまでしてほしいなんて言ってない。
おれは穏やかに過ごしたいだけなのに。
「・・・ごめんね。今のはおれ、最低だったね」
「・・・早く行ってあげなよ。おれ、家にいる」
「涼くんも行こう」
「邪魔になるからいい」
も、ってなんだよ。おれが先だったのに。
おれが、恋人で、おれの、恋人なのに。
なんで、他人が出てくるんだよ。
「本当に、ごめんね。本当は怒ってほしくて、つい・・・。嫌な気分にさせたね。でも、出かけよう。約束してたし」
「・・・おれ、多分機嫌悪いままだよ」
「うん、おれが悪いからそれでいい。本当にごめんね」
「・・・誰かくんの?」
「シロくん達をディーラーまで送りたいんだ。今日納車なんだって」
「・・・今日・・・」
この、大雨の中?取りに行くなら、成瀬さんも一緒だろう。休みだし。でも、なんで今日?
待ち合わせ場所まで車で行き、2人を拾って目的地へ向かう。まぁ、通り道だったから、いいけど・・・。
2人だと少しギクシャクしていたので、シロさんと成瀬さんの話を聞いて少しだけおかしくて、笑った。
2人と別れた後、またギクシャクし始めたけど。
「涼くん、本屋の他に寄りたいところある?」
「ないよ」
「おれ寄りたいところあるんだけど、いい?」
「いいよ。車の中で待ってるし」
「一緒に行こう」
「行かないよっ」
あ、しまった。
パッと和多流くんを見ると、感情の読めない表情でおれを見ていた。
目を逸らして窓の外を見る。
今の言い方、絶対ダメなやつだ。
まだ怒ってんのかって、呆れられたかも。
せっかく雰囲気を和ませようとしてんのにって、思ってるかも。
頭の中がぐしゃぐしゃになってきた頃、車が突然左折してコンビニに入っていった。一番隅っこの駐車場に頭から突っ込むと、エンジンも切らずにおれの手を握ってしっかり目を合わせた。
「え、あ、」
「ごめんなさい」
「え!?」
「ごめん。本当にごめんなさい。嫌な気持ちにさせてしまった」
「・・・あ、や・・・おれが、引きずってるだけで・・・」
「それが普通だよ。怒らせようとしてごめん。せっかくのお休みに最低なことして、ごめんなさい」
「・・・・・・っ、な、なんで怒らせようとするの。喧嘩しない方が楽しいし、なんか・・・穏やかで、いられるのに・・・」
「涼くんに、喧嘩して仲直りして、もっとお互いを好きになって大事にしあえる気持ちを知ってほしいから」
「おれ、和多流くんが大事だよ」
「おれも。でも涼くん、いつもいい子すぎるから不安になる。おれのこと怒ってくれていいのにって、もっと怒って感情をぶつけていいのにって、我慢しないでほしいと思ってるんだ」
「・・・!別に、今日じゃなくても、よかったじゃんか・・・!不安なら、普通に・・・、」
「ほら、いつも途中で止まっちゃうんだ」
手が離された。
和多流くんは窓の外を見つめ、深くため息をつく。
なんだよ。なんだよ、勝手にしといて。
つい車から降りると、雨が冷たかった。
一瞬で冷静になり、すぐに後部座席のドアを開けて滑り込む。
毛布にくるまってうずくまると、少ししてから静かに車が動き出した。
もやもやして、苦しくて、キツく目を閉じる。
時々和多流くんの求めることが分からなくてイライラする。
どうしたら、ああいうことをしないでくれるんだろう。
穏やかでいたいのに。笑って過ごしたいのに。普通に、仲良く、していたいのに。
どれくらいの時間うずくまっていたのか分からないけど、突然車が停まった。
ハッと目を開けて顔を上げようとすると後部座席のドアが開いた。
「涼くん」
「あ、な、なに・・・?」
「ちゃんと、話をしよう」
「・・・今、無理・・・」
「今じゃなきゃ、ダメ」
「・・・おれのこと放り投げるの?ここどこ?」
「どうしてそうなるの!ねぇ、どうしてそう思うの!」
大きな声で言われて体が固まる。
恐る恐る顔を上げると、怒った顔の和多流くんが雨に濡れていた。
「わ、和多流くん、濡れてる・・・」
「だから何」
「風邪、引いちゃうから・・・こっち、」
「ねぇ、どんな恋愛してきたの」
「え?」
「今まで、どんな恋愛してきたの。どうして放り投げると思うの。おれが、君に、そんなことできるとでも思ってるの?」
「・・・」
「おれって、信用されてないの?」
悲しそうに笑う。
今、和多流くんに適当な、中途半端な返事をしたら、いなくなってしまいそうだった。
起き上がって手を伸ばし、しがみつくように抱きしめる。
「抱きしめてほしいなんて言ってないよ」
「・・・ごめんなさい」
「謝ってほしくない。おれは、話がしたい」
「・・・」
「・・・濡れてるよ。寒くないの」
「・・・お、おれ、おれ、・・・和多流くんと、付き合う、べきじゃ、なかった・・・!」
「・・・何それ、酷いな・・・」
「おれ、和多流くんのこと傷つけてる・・・!和多流くんの言ってること、理解できない!」
「・・・そう」
「なんで怒ってほしいのか、理由言われても、分かんない!おれ、和多流くんと付き合っちゃダメだった!すごく、傷つけてる!」
がく、と体のバランスが崩れた。シートに押し倒され、ドアが閉まる。
静かにシャツのボタンもベルトも外され、和多流くんも前をくつろげた。
あ、これ、きっと、苦しい、・・・。
無言で腰を押し付けられて、無理やり切り裂くように押し入れられた。
「い、たいぃっ・・・!い゛、いぃっ・・・!あゔぅ・・・!」
「・・・」
「ごめん、なさいっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「・・・君なんか」
「い゛だいぃ・・・!いた、痛いよぉ・・・!ごめんなさいっ、ごめんなさいぃ・・・!」
「・・・っ、、」
「かはっ、はっ!はぁ!い、ぐぅう・・・!いだぃ、痛い・・・!」
「・・・どうして、やめてって、言わないの?・・・おれのこと、そんなに、どうでもいいの・・・?おれって・・・そんなに、」
「わ、わ、わた、わたる、和多流くんだから、和多流くんだから!」
「・・・訳わかんないよ」
「好きになってごめんなさいっ、ごめんなさい・・・!好き、ごめん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
ぽとぽと、と顔に何か落ちてきた。目を開けると、和多流くんの涙だと気づいた。
手を伸ばして、震えながら指の腹で目元を撫でる。
そんな顔しないで。
泣かないで。おれ、大丈夫だから。
おれが、悪いんだから。
人の気持ちに寄り添えないおれが、だめなんだから。
「好きなんだ・・・?」
「・・・好き、」
「・・・どうしてかな」
「わた、」
「どうして、今ようやく、信じられて、しかも、安心までしちゃうのかな・・・おれ・・・最低だ・・・」
ずるりと和多流くんが離れて、痛みだけが残った。
抱きしめないと消えてしまいそうで怖くて、必死に抱き止め、涙が止まるまでそうしていた。


******************


カチ、と小さな音がして目を開けると、和多流くんはシートの下に座って背中を向けていた。
タバコの香りがして煙が浮かぶ。
驚いて体を起こすと、びくりと肩が揺れて振り返った。
「和多流くん、まだ吸ってるの?」
「・・・うん、時々ね・・・」
「知らなかった。・・・おれも、吸うよ。寂しい時とか、なんか、嫌なことあったり、すると・・・」
「そうなんだ」
あ、かわされた。
すぐに顔を背けられ、言葉が途切れる。
あんなに怒って、感情を剥き出しにして、おれにぶつかってくる姿を初めて見た。
ずっと、我慢していたのかもしれない。
おれがあまりにも鈍感で、馬鹿すぎて、浅はかで、気遣いに欠けていたから。
もう耐えきれなくて爆発したんだ。
前のおれみたいに。
でも、おれの時なんかよりずっとずっと苦しくて、辛くて、もがいてももがいても浮かび上がって来れなくて、爆発させるしかなかったんだ。
こんなに優しくて頼もしくて穏やかな人を、おれは、傷つけて怒らせて後悔させてしまった。
どうしたら、和多流くんが穏やかに暮らせるんだろう。どうしたら笑ってくれるんだろう。どうしたらよかったんだろう。
おれと出会わなきゃよかったんだ。
おれと出会ったから、今こんなに苦しい思いをしてるんだ。
「ふ、う、うっ・・・」
「・・・泣かないで。痛いよね。ごめん」
「お、おれ、おれ、」
「おれね、無理、させたくなかった。させたくないって思ってたのに、押し付けようとした。焦ってたんだ。好きになってもらいたくて、ずっと一緒にいたくて、おれは君を傷つけた。君が、不器用だってちゃんと分かってたのに、心が追いつかなかったんだ」
「う、う、やだ、・・・」
「・・・ごめんね。隣にいる資格なんかない。本当にごめんなさい。・・・警察、行こう。被害届を出してください。おれは、君をレイプしたから」
「ひっ、ひっ・・・れ、れいぷ、なんて、」
「おれは罰せられないといけないから。行こう」
「う、うー・・・!う、ゔぅっ・・・!やだ、やだぁ・・・!いやだぁ・・・!」
「・・・もう少し落ち着いたら行こう。ね」
「誰も、呼んでくれなく、なっちゃ、」
「え?」
「なまえ、な、なまえっ・・・!おれの、名前・・・!誰も、呼んで、くれなく、なっちゃうぅっ、」
「・・・っ」
「呼んで・・・!和多流くん、・・・!おねが、い、しますっ・・・!おねがいじまず、おねが・・・!」
「そんなこと!お願いすることじゃ、ないよ!」
大きな体が勢いよくおれを抱きしめた。
安心する。離したくない。つきあうべきじゃなかった。好きになるべきじゃなかった。だけど、もう、離せない。離れられない。
「呼んで、いいの?おれ、勘違いするよ?おれ、期待するよ!?」
「呼んで、・・・!大好き、です・・・!和多流くんが、好き、ごめんなさい、好きになって、ごめんなさい・・・!」
「っ、・・・涼、」
「和多流くん、好き・・・!大好き、・・!」
「涼、好き・・・涼、涼・・・」
「もっと、」
「涼、くん・・・」
「和多流くん・・・好きで、ごめんなさい・・・」
「・・・すごく、嬉しい・・・」
「キス、したいよ・・・お願いします・・・」
「お願いすることじゃ、ないってば・・・」
和多流くんが顔を見せる。
涙でぼろぼろだった。おれも多分、同じ。
頬を両手で挟まれ、何度も何度もキスをする。
気持ちいい。
腕がだらりと垂れて、必死に唇に集中する。
舌を絡めて、吸って、噛んで、口の中を味わった。
腰が震えて内腿をこすり合わせる。
「んくぅ・・・」
「すっご・・・きもちいー・・・もっと、したいな・・・」
「ん、んっ・・・」
唇と舌を追いかけてかぶりつく。
頭の中がふわふわする。
和多流くんの髭が顎に当たるたびに嬉しくて、目尻が下がるのがわかった。
うっすら目を開けると、和多流くんの視線とぶつかった。
その瞬間、唇から腰にかけて一気に感電したように、快感の波が襲った。
「ふぁっ!?あ、いく!」
「うん、いって」
「あ、だめだめ!あぶ、」
「んんっ、」
キスが激しくなる。
ペニスが大きく震えていた。
腰がガクガク跳ねて、内腿をさらに擦り合わせる。
下腹部にたまる熱がうごめき始めた時、唇が離れた。
和多流くんが嬉しそうに笑っていた。
おれを見つめて、ひどく、愛おしげに頬を撫でる。
あぁ、笑ってる・・・嬉しい・・・!
「あっ、あぁんっ・・・あ゛ぁ゛~・・・!」
「すごい・・・涼、可愛い・・・」
「あ、あぁあ~・・・!いってる、ずっと、い、いぃっ・・・!」
「上手・・・すごく、可愛い・・・」
ペニスからこぼれる精液は、ひどくゆっくりと落ちていく。
体は痙攣し、ずっと震えていた。
ずっと快楽の中にいるみたいで、このままいき続けたらどうしようと不安になるくらい気持ち良くなった時、一気に体の力が抜けた。
脱力し、もたれかかる。
しっかりと抱きとめてくれた。
「涼・・・可愛い・・・。疲れたね・・・」
「はぁ、はぁ、あぁっ、あ、やだ、まだ気持ちいい、」
「うん」
「和多流くん・・・おれ、おれ・・・」
「ごめん、ごめんね。怖い思いさせて、ごめんね」
「れ、れいぷじゃ、ないもん・・・!違う、あれは、」
「ん、ありがと・・・」
「ごめん、なさい、・・・ちゃんと、話したい・・・さっき、嫌な態度ばっかりとって、ごめんなさい・・・!」
「もう謝らないで」
「話し、する・・・!ちゃんと、聞くから・・・!おれ、馬鹿だけど、ちゃんと、」
「涼は馬鹿じゃない。勘が良すぎて、損をしてるだけだよ」
「だって、だってぇ・・・!」
「泣かないで。もう、泣かないで・・・。怖いこと、しないから・・・怖い思い、させないから・・・」
優しく抱きしめられる。
いつもの和多流くんだった。
背中に手を回して離れないように抱きしめ返す。
和多流くんが少しだけ鼻を啜った。


******************


「おれね、今の仕事する前に全然別の仕事してたんだ」
「え、そうなの?」
自販機で買った紅茶を飲みながら、後部座席に並んで座り和多流くんは言った。
外に出た時結局また濡れたので、服は一番後ろの席に放り投げた。下着一枚で過ごそうとしたので、毛布を広げて手招きをすると、緊張したようにゆっくり近づいて、肩に触れた。
膝の間に無理やり座ると、少し安心したように背中から抱きしめてくれる。
フロントガラスに落ちていく雨粒を何度も見送って、太い指を握りながら振り返る。
「なんの仕事?」
「営業マン。成績トップ。あははっ。見えないでしょ」
「へぇえ・・・。うん、見えないや」
「同期と付き合ってた。おれ、その時すっごく傲慢で、高圧的で、いつも人のことも彼氏のことも馬鹿にしてたんだよね」
驚いて言葉を失った。
今の姿から全く想像できない。
「それがかっこいいと思ってたんだよね。馬鹿だよねー。恥ずかしくて、殺してやりたいよ。酷いこと、たくさんしたんだよ。涼くんにしたみたいに、レイプみたいなことたくさんした」
「・・・」
「・・・会社で、噂が広まった。おれとその人が付き合ってるって。黙っていれば噂なんてされなくなると思ってたんだけど、ある日の朝のミーティングでその人、言ったんだよね。噂は本当だけど、無理強いされたって。レイプされてるって」
「えっ!?は?!」
ざっと心臓が冷えた。
自分の時のことを思い出した。
おれは嫌だったけどあいつがしつこくて、おれは女の方が好き、気持ち悪い、何度も、言われて言われ続けて、心が死んでしまったこと。
まさか和多流くんも同じことがあったなんて。
「おれ否定できなかったんだ。レイプは事実だったから。上司に問い詰められるわ親に連絡行くわ、会社全体に広まって取引先にも広まって契約切られるわ、大変だったんだ。でも自分が招いたことなんだなって、ちゃんと分かってた」
「な、なんで、なんでそこまでされなきゃならないの!?人権が、和多流くんの、人としての、権利が、」
「おれはその人の人権を、尊厳を奪っていたから、何も言えない」
「でも、」
「会社辞めて、田舎に逃げた。おれおじいちゃん子なんだ。全部話したら、すっげー怒られたんだけど、おれがゲイで男と付き合ってた事には怒らなかった。あの時代の人にしちゃ頭の柔らかい人でね。じいちゃんにパソコンも教わったんだよ」
「・・・ひどすぎるよ、どうして、居場所を奪うの・・・どうしてそこまで傷付けるの・・・」
「人ってさ、異物を嫌うじゃない。弾き出してさ、輪を乱さないように、平穏にくらしたいんだよ」
「異物なの?」
「おれ本当に最低だったからね。ゲイだろうがそうじゃなかろうが、本当に最低。人と会うのが嫌でしばらく部屋に閉じこもってたもん。携帯も壊したし、何もできなくした。自分が嫌でたまらなくなって、涙も止まらなくて、どうしてあんなことしたんだろうって思ってた。後悔しても遅すぎて、謝罪もできなかった。もっと優しくなりたいって思って、穏やかに過ごしたくて、自分を変えなきゃって思ったんだ」
「・・・うん」
「・・・ウェブデザインの専門学校出て、就職して、フリーになったころにようやく安心したんだ。これで人と関わるのも最低限だなって。その時に涼くんと会ったんだよ。雷が落ちたみたいに体が痺れた」
手を握られた。少しだけ指先が震えていた。
寒いのかと思ったけど、怖いのかもしれない。
おれに本当のことを話すのが、怖くて、たまらないのかもしれない。
暖めるように指先を包む。
肩に和多流くんの額が触れて、心臓が跳ねた。
人肌ってどうしてこんなに気持ちがいいんだろう。
「この人といたら、優しくなれるかなって思った」
「・・・和多流くん、」
「穏やかに過ごせるかなって、思った。一目惚れだったんだよ。他の人に取られたら絶対後悔すると思って、声、かけたんだ」
当時の和多流くんとのことを思い出す。あの頃、こっちの大学に来てまだ日が浅くて、1人が嫌で飲めもしないのにバーに行ったんだ。
追い出されるかと思ってドキドキして隅っこに座っていたら、和多流くんが来てくれた。
やらしい感じはしなくて、大人で、話題が豊富で、楽しかった。友達になろうって言われて、涙が出るくらい嬉しかった。
「付き合いたいなって思ったのは、もっと後だったけどね。怖かったんだ。また同じこと繰り返したらどうしようって怖くてね・・・でも、結局同じことして、ボロボロにした。自分が愚かで、恥ずかしくて・・・ごめんなさい。謝って許されることじゃないのに、どうしても、これしか言えない」
「・・・んと、おれ、ボロボロになってないよ・・・?」
「・・・関係とか、今まで築き上げてきた大事な時間とか、壊したよ」
「そ、なの?・・・そうなんだ・・・」
「・・・誤魔化しちゃダメだよ。怖かったでしょ?おれが」
「・・・うん」
「・・・もう戻れないや。おれ、多分また同じことしちゃう」
「おれが怖かったのは、優しい和多流くんを傷つけて、泣かせちゃったことだ」
顔が上がる。
振り返ってじっと目を見つめると、少し伏せられた。
おれのこと、きっと、怖いと思ってる。
「なんで怒ってほしいのか、分かんなかったけど・・・今分かった。試してたんだね。離れていかないか、自分のことを好きかどうか」
「・・・ははっ。バレた?そうだよ」
「怖いんだよね。またいつ裏切られたらどうしようって、前の彼氏のこと思い出しちゃうから」
「うん。怒っていいんだよって、ちゃんと怒らないとって涼くんのためを思って言ってる、みたいな言い方してたけど、違うんだ。ウザいよね。ごめんね」
「・・・ウザくない」
「気を遣わないで」
「・・・不安にさせてごめんね」
「勝手に疑って不安になってただけ。おれ、馬鹿だから。・・・付き合うんじゃなかったって言われて、そりゃそうだよって、思った。おれだったら、おれみたいなやつ嫌だもん」
「・・・え?」
「え?」
「・・・あれ?んっと、違うよ。おれ、は、あの、えーっと、えーっと・・・!あーもうだめ!おれ理系だもん!うまい言葉が出てこない!」
「うん、そっか・・・まぁ、おれもどちらかというとそうだから、分かるよ。はっきり言っていいよ。おれ、絶対文句言わないし縋りついたりしないから、」
「それが違う!違う違う!おれ和多流くんのこと手離せなくなってて、でもおれのせいで苦しいならなんで付き合っちゃったんだろうって、なんで気づかなかったんだって自分にむかついてんの!だっておれのせいじゃん!和多流くんのしてほしいこと全然理解してなくてさ、好きだよって言われてそれにぬくぬく甘えてて、おれ、好意を伝えること、疎かにしてたじゃん!だから不安になったんじゃん!」
「・・・」
「さ、さっきの、怖かったけど、怖かったのはお尻が裂けること!和多流くんじゃないよ?おれが怖いのは、痛いことなんだから。・・・んっと、ど、どうしたら、安心できる・・・?どうしたら、また、笑ってくれる?どうしたら・・・あの、・・・まだ好きでいさせてもらえるかな・・・。また、好きになってもらえるかな」
「・・・ずっと、好きだよ」
声が震えていた。
ポロポロと涙が落ちて、慌てて手で受け止める。
熱くて、重たくて、綺麗で、ずっと見ていたかった。
「ごめん、ごめん・・・無理やりして、ごめん、」
「あ、いや、平気だよ。和多流くんだから・・・。和多流くんの方が痛かったよね?ね?」
「ごめ、あんま、見ないで、」
「どうして?おれの泣き顔はたくさん見たくせに」
「情けない、」
「可愛いよ。・・・話を聞いてる時ずっとドキドキしてた。知らない和多流くんを知って嬉しかったし、なんか、もう、たまらなくなって・・・、・・・ごめん、途中から、勃ってた・・・」
「・・・あ、あははっ!嘘だぁ、」
「本当だよ!触っていいよ?あの、おれ多分なんだけど、和多流くんが思ってる以上にウザいくらいに和多流くんが好きでたまんないし、つーか毎日エッチしたいしベッタベタにくっついてたいし、和多流くんが仕事中も机の下に潜り込んでちんこ咥えたいとか思ってたし、キッチンに立ってるの見て後ろからいたずらしたいとか寝てる時に触って遊んだりしたいって常日頃思ってんだから!わー!何言わせてんだよバカ!!」
胸を押すと、ぐっと手を掴まれて抱きしめられた。
腰を抱き抱え、すとんと膝の上に下ろされる。
和多流くんのやわらかなペニスが秘部に触れている。
立ち上がった自分のペニスが恨めしい。
「涼くんは、優しすぎるよ」
「和多流くんにだけだよ」
「本当?」
「うん。こんなに馬鹿正直に話せる人、今まで他にいなかったもん。・・・おれ今めちゃくちゃ怒ってるわ。レイプされてないし、こんなことまで言わされて、まだ信用されてないんだから」
「ん・・・ごめんね」
「・・・和多流くんは、おれと別れたい?」
「ていうか正直フラグが爆上がりだから内心めちゃめちゃ焦ってる・・・。心臓バクバクしすぎて気持ち悪いし・・・」
「そのフラグは振られるフラグでしょ?ないね。はい、今なくなったよ。和多流くんの気持ちだけ教えて」
「・・・都合良すぎない?あんなことしといて・・・」
「どうしてもレイプ感が抜けないならあとでおれに尽くしてよ。それであいこ」
「えー・・・おれガチで尽くすよ?ウザくない?」
「うん」
「・・・はー・・・涼くんのドM」
「え?どっちかって言ったらSじゃない?今のって・・・」
「おれの尽くし方忘れたの?」
びくりと腰が跳ねる。
お尻が疼いた。
や、ばい・・・どうしよう・・・痛いのに、欲しくなってる。
「・・・もう垂れてるよ」
「ひゅわっ!?」
指先で撫でられて、体が飛び跳ねる。変な声が出て慌てて口を抑えるけど、和多流くんは口元を震わせていた。
「い、今の、かわいっ・・・」
「や、あの、普通の!普通のがいい!家事代わりにしてくれるとか、」
「そんな当たり前なこと、言われなくてもさせてもらうよ。したいもん」
「おれお尻!今は!あの!」
「お尻以外も知ってるよ」
「わぁあ!やっぱなし!違うことにする!」
手のひらが腰を撫で始めて、慌てて身を捩る。
鼻を啜りながら目を少し腫らして、今すごく嬉しい、と微笑まれ、どうしようもなく胸がぎゅーっと苦しくなった。
ダメだ、おれ、かなりやばい。かなり好き。本当に、手離せない。いっそのこと閉じ込めたいって思ってしまう。
「涼くん?」
「うー・・・」
「・・・それは、嫌だから泣いてるの?」
「ぢがゔ!ばがー!嫌なら嫌って言うよおれだってぇー!」
「・・・あぁ、もう、どうしよう・・・大好きで、苦しい・・・」
「じゃぁ、さぁ・・・別れるとか、考えないでよ・・・もう、それで十分だよ・・・」
「うん、ありがとう・・・ごめんね。もう、試さない」
「試しても、いいけど、・・・あんまり溜め込んでからしないで・・・びっくりしたから」
「うん。・・・ねぇ、本当に、隣にいてもいい?」
「うん。和多流くんの隣にいていい?」
「うん。一緒にいよう」
触れるだけのキスをして、抱きしめ合う。
気持ちよくて、ポロポロと涙が溢れた。


******************


あの日は家に帰ってから、ずっと2人でくっついて映画を観たり、ドラマを観たり、時々うとうとしながら少しだけ肌に触れて過ごした。
ふわふわと夢の中にいるみたいで、気持ちがよかった。
和多流くんは時々鼻をすすって、幸せだ、と呟いていた。
「ただいまぁ」
「あ、おかえり」
仕事が落ち着いている和多流くんが、家事をこなしてくれている。
カバンを置いて隣に立つと、手元を見ながら言った。
「スーツに匂いつくから、着替えておいで」
「うん」
「なんかね、レトルトのタレで新しいの出てて、買ってみた」
「ん」
「もうできるよ、」
こちらに向いた時、顔の前にラッピングされた小さな袋を差し出す。
驚いた様子で火を止めると、これ何?と指をさした。
「プレゼント」
「えぇ?誕生日じゃないよ?」
「おれにスウェットくれたでしょ。誕生日でもないのに。プレゼントって。お返し」
「・・・くれるんだ?」
「あげます。はい」
かさかさと静かに音を立てて、袋の中を覗き込む。あ、と小さく声を漏らすと嬉しそうに中身を取り出した。
「スマホのケースだ」
「ん」
「へぇー。背中のところに定期とか入れられるんだ。でもおれ電車乗らないよ?」
「名刺とか入れとくかなーって」
「これスリムでいいね。ポケットみたいなのがついてるやつとかあるけど、これ蓋を開けると中がポケットになってんだ」
「ケースさ、壊れて結構たってたじゃん。だから、あげる」
「ありがとう」
「・・・ん」
「あっ」
自分のスマホを取り出して、和多流くんに見せる。
同じケースに入れたスマホを見て、照れたように笑った。
「お揃いとか、外で持つの憧れてたんだ」
「おれも。色まで同じだ。嬉しいな。涼くんも名刺入れてるの?」
「うん、まぁ・・・」
歯切れの悪い返事になってしまった。
和多流くんと初めて会った時に貰った、プライベートの電話番号が走り書きされた名刺をまだ持ってるなんて、言えなかった。
初めて会った時っておれ、まだ19歳になったばかりだったんだよな・・・。
その時に一目惚れしてずっと片思いしてたとか、もう、離れらんないじゃん。
「・・・壊れたらすぐ言ってね。また、お揃いの、買うから」
「・・・うん。ありがとう」
「へへっ」
「今日、頑張っちゃお」
「何を?」
「ん?」
するりと手が伸びて、お尻を撫でた。びくりと肩が跳ねる。
「ゆっくり、したいな」
「・・・もー、いいって・・・」
「また、全身撫でてあげる。今度は唇でね」
「ん、も・・・やだって、」
「本当に?ここ窮屈そうだよ」
前を撫でられて、腰が引ける。
でも、期待している自分もいて。
少し戸惑いながらも、身を預けて目を閉じた。
和多流くんは嬉しそうにおれの背中を撫でた。



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