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気持ち悪い
しおりを挟むなぜ彼がこんな時間に私の部屋に。
すぐさま玄関のドアを開けようとして気が付く。
アザリ君を隠さなきゃ。
上半身裸の男の人が一緒にいたら、恋人だと誤解されてしまうかもしれない。
アザリ君に『絶対出てきちゃ駄目だよ』と小声で言って私の部屋の戸を閉めようとした。でもアザリ君が私の手を掴み、それを止めた。
「爽子さん、お隣さんと付き合えるよ。今ならお隣さんに幻覚の術をかけられる。」
私はやっと気が付く。
アザリ君が言っていた『付き合える』は、青山くんに何らかの幻覚を見せて、私を好きになってもらうということなのだ、と。
「それはやめて。とにかく、ここに隠れてて、青山くんに絶対見つからないようにして。」
外からまた、私を呼ぶ声がした。
今度こそ、私の部屋の戸を閉めて、玄関に向かう。
「い、今、開けます。」
カチャリと内鍵を開けると、なだれ込むように青山くんが入って来て、私に抱きついた。
「爽子ちゃーん。」
「え。」
ずっと恋い焦がれていた青山くんの腕の中にいる。そう認識した途端、顔に熱が集まった。
何、急になんで?
今日もチャットではそっけなかったのに。
逆上せている頭で、今の状況がどうして起こっているのかを考えた。
でも、青山くんの発した言葉によって、それもままならなくなってしまった。
「会いたかった。」
それは体がふにゃふにゃになって、力が抜けていくような、甘い囁きだった。
彼は私の腰に回していた腕に力を入れた。
より密着することによって、硬くなった彼の欲望を知ってしまう。
「ねぇ、しよ?」
これは本当にあの青山くんなのだろうか。彼は見るからに草食系で、性欲とは一歩離れた場所にいるような、潔癖さのようなものがある人だと思っていたのに。
彼は私の返事を待たずに、私を抱き締めたまま靴を脱ぎ部屋に入って来た。
そして唇を奪われる。
「んっ。」
青山くんの吐く息と唇からは、アルコールが感じられた。
彼は酔っ払って、性欲が高まってしまい、ここに来たのだ。
ぼんやりとする頭でも、それだけはわかる。
だからこんな形で彼に抱かれてはいけない。そう思うものの、彼のキスによって更に力の入らなくなった体は言うことを聞かなくなっている。
「ベット行こ?」
彼は唇を一旦離し、私に囁く。
ベットは駄目。だってあの部屋にはアザリ君がいる。
「だ、駄目っ。」
私は力の入らない腕で彼を押し退けようとした。
けれど、私の抵抗とも言えない抵抗に彼が屈するはずもなく、強引に腰を抱かれ、青山くんは私の部屋に向かって行った。
「あのっ、青山く、…さん、の部屋で…。」
その部屋に入られるのだけは阻止しなければ。アザリ君の存在を知られたくないのもあるけれど、アザリ君に私の今の顔を見られたくない。きっと欲望にまみれ蕩けきった顔をしているはずだから。
「俺、女の子、部屋に入れない主義だから。」
青山くんはそう言うと、唇をまた合わせてきた。
お酒の味のする舌が、私の口内を犯す。
だめ。私は彼を止められない。
「んっ、あのっ、押し入れっ!…に、物を入れたいん、です。へ、部屋が散らかって、いるので。」
私はアザリ君に押し入れに入って、隠れてほしくて、唇をなんとか外し、わざと大きめの声でそう言った。
「気にしないよ。」
もつれ合うようにして、とうとう私の部屋の戸の前まで来てしまった。
彼は、私の腰を抱き締めながら、戸を開けた。
――アザリ君、お願い隠れていて。
願いを込めてぎゅっと目を瞑っていると、頭上から怒りに震えた声がした。
「……なん、だよ、あれ。」
私の腰に添えられていた手が離れていった。
アザリ君を見られてしまった。そう思った。
けれど青山くんの視線の先を辿ると、そこにあったのは、違うものだった。
「っ、何なんだよっ。」
彼はまたそう言うと、私の部屋に入り、壁をまじまじと見た。
アザリ君にばかり気を取られていたけど、もっと隠しておかなければいけないものが、あったことを私は失念していた。
そこには、青山くんの隠し撮り写真や、細かい個人情報の書かれたメモが張ってある。
それらを一通り見た後に彼は、手でなぎ払うように写真やメモを剥がしていった。
「お前っ、ストーカーかよ。」
さっきまでの甘ったるい雰囲気など微塵も感じさせないような、侮蔑の込もった目で睨まれる。
「気持ち悪いんだよ。」
青山くんは吐き捨てるようにそう言うと、私の部屋を出て行った。
私はその場にへたり込んだ。
青山くんに軽蔑された。
彼に言われた『気持ち悪いんだよ』が、頭の中に何度もこだまのように響いている。
泣きそうになっている自分に気付き、自嘲する。
泣きたいのは、私ではなく青山くんだ。あんな狂気じみたものを見せられたのた。隣にストーカーが住んでいるなんて悪夢だろう。
「爽子さん、僕。」
いつの間にかアザリ君が側にいた。
「ごめん、一人にして。」
私は自分が本当に情けなくなった。
アザリ君を押し入れに隠し、彼が見ているかもしれないところで青山くんに抱かれようとした。挙げ句にストーカーがばれて不様に振られるところまで見られてしまった。
「爽子さん、まだ間に合うよ。見たことを忘れさせることは出来ないけど、幻覚を見せられれば、まだ付き合えるかもしれない。もう一回この部屋に来てもらえれば…。」
アザリ君は、へたり込んでいる私に目線を合わせるように、側に座った。
もう一回部屋に来てもらうことなど不可能だ。顔を合わせることさえ難しいだろう。
それに青山くんに幻覚を見せ、付き合えるようになったところで空しいだけだ。私は偽りの気持ちが欲しいわけじゃない。何より青山くんに悪い。
「もう、いいの。」
私は、のそのそと立ちあがり、床に散らばった写真とメモをかき集め、ゴミ箱に入れた。
しかし、アザリ君がすぐにそれらをゴミ箱から、拾い上げた。
「これ、爽子さんが一生懸命集めたものでしょ。捨てちゃうなんてダメだよ。」
「っ、キモいだけだから。」
その写真やメモは、私の一方通行の身勝手な想いの欠片たちだ。
青山くんにとっては恐怖でしかない。
「そんなことない。だって、僕だったら、嬉しい。」
アザリ君の顔が苦しそうに歪む。
――違う、歪んで見えるのは私の堪えている涙のせいだ。
「爽子さんに、こんなに想われてたら嬉しくて、きっと泣いちゃう。」
彼の言葉を聞いて、とうとう私は声を上げて泣き出してしまった。
「爽子さんを、…抱き締めても、いい?」
私はアザリ君の胸の中で、体の水分が無くなってしまうほど、涙を流した。
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