22 / 42
再会
しおりを挟むお前は、誰だ、とアザリ君は言った。
表情を伺ってみても冗談を言っているようには見えない。
アザリ君は、私を覚えていないのだろうか。
成体になると以前のことを忘れてしまうのだろうか。
忘れ去られるなんて、嫌いになられた方がまだましだ。
どうして。
「わ、私は、爽子よ。覚えてないの?」
無理をして笑顔を作ったけれど、声が震えてしまっていた。
「お前など知らぬ。」
私をチラリと見ただけでアザリ君は答えた。
「5カ月間、一緒に暮らしたよね。毎日『おかえり』と言ってくれたじゃない。」
「知らぬ。」
「一緒に、ハーブティーも飲んだじゃない。アザリ君が淹れてくれることもあったんだよ?」
「嘘、だな。悪魔は飲食を必要とはせぬ。」
「嘘なんかじゃない。だって、ワインも飲んで、酔っ払って私に――」
「だから知らぬと言っている。」
呆れたように、ため息混じりに言われて心が折れそうになる。
「っ、ほ、本当に何にも覚えていないの?」
「くどい。」
「……。」
アザリ君に否定されてしまうと、本当にそんなことなどなかったのかもしれないと思えてくる。
だって、アザリ君はあの部屋の中にしか存在しなかった。誰か他の人に会ったりもせずに、二人だけで生活していたのだ。だから彼自身がそれを否定するならば、なかったことになってしまう。
それこそ、私は幻覚を見ていただけなのかもしれない。
目の前が真っ暗になった。
私は何も言うことが出来なくなり、二人の間には、暫しの沈黙が流れた。
「お前の望みは何だ?」
感情のない赤い瞳で見つめられ、本来の目的を思い出す。
「アザ、……あなたが掛けた幻覚の術を解いてもらいたいの。」
「お前には術など掛かっておらぬが。」
私は、ディルに言われた、青山くんの中にある"想いの欠片"の話をした。
「あなたが"欠片"を引き取ってくれないと、幻覚が解けないと言われたの。」
私は必死で説明したけど、アザリ君は興味が無いとでも言いたげに視線を外した。
「お前に対する想い?そんな感情を持ったことも、ましてや誰かに植え付けたりなどした覚えはない。」
「覚えてなくても、そうなの。アザリ君、お願い。」
私は彼の腕を両手で掴み、懇願した。幸い手を振りほどかれたりはしなかった。
「私を、助けてほしい。」
アザリ君の顔をじっと見つめると、彼も仕方無さそうではあるがこちらを向いてくれた。
「だから我の名を、……お前、指を、どうした。」
アザリ君は、腕を掴んでいる私の手を見ている。
小指には、儀式の為に切った傷口があり、そこから血が滲んでいる。
血がアザリ君に付いてしまうかもしれないと、手を腕から離そうとした。
しかし、その手をアザリ君は掴んだ。
「……ええっ!?」
私は、痛みよりも驚きで体を硬直させた。
私の指を、アザリ君が口に含んだのだ。
「あ、あの、アザリ、君?」
戸惑う私を見て、彼は唇を指から離し目を見開いた。
「我は、何をした。」
彼自身も戸惑っているようだった。
その表情は、以前のアザリ君を少しだけ思い出させた。
私は胸が苦しくなり、自分の気持ちを告げずにはいられなくなってしまった。
「聞いて、アザリ君。……私は、アザリ君が好きなの。」
まだ、戸惑った顔をしているアザリ君の手を握り、言葉を続けた。
「だから、あなたが私を忘れているのは、とても悲しい。」
彼にとって私との思い出など、嫌なことの方が多いのかもしれない。
でも――
「"想いの欠片"を受け入れてほしい。そして私のことを少しでも思い出してほしい。」
私を好きだったということを思い出して。
お願い。
断らないで。
私は彼の胸に顔をつけた。そして恐る恐る両腕を背中に回し、アザリ君を抱き締めた。
彼はビクリと体を震わせたけれど、拒絶はしなかった。
「……ない。…無理。…く…した。」
彼が小さな声で何かを呟いている。言っているのかまては聞こえなかった。
胸から顔を上げ、視線を合わせもう一度『お願い』と言うと、彼は泣きそうな顔をした。
「……はな、せ。」
「嫌。離したらいなくなるんでしょ。」
私は、どんな手を使ってもアザリ君と離れたくなかった。
きっと、彼は力尽くでは私を振り払えないだろう。するのならばとっくにしているはず。
このまま抱きついていれば、離れることはない。
「っ、だめだ、契約を、したの、だ。」
「契約?誰と?何の契約をしたの?」
「……誰?……分から、ない。分からないが、ただ、忘れる契約、だった、と。」
アザリ君は、少し動揺した風に頭を押さえ、頭を横に振っている。
「……え。」
――忘れる、契約。
契約者を思い出せないのは、忘れる契約のせい?
アザリ君が私を覚えていないのは、私のせい。
あの時『私を忘れてほしい』と言ったから、文字通り彼は私の存在自体を忘れる術を自分にかけたのだ。
アザリ君は契約を忠実に守っただけだった。
私は、自分の馬鹿さ加減に呆然となった。
しかし、そうならば余計に、彼を逃がすわけにはいかないと思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる