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新たな契約
しおりを挟む「乗り心地、最悪。しかも、こんなダサい服を着せられるなんて。」
ディルが後部座席から文句を言ってきた。
「運転が下手で、すみません。」
でももう片方の苦情は受け入れられない。私のせいではないからだ。
真冬に上半身裸の男の人を二人も車に乗せていたら、警察に職務質問をされてしまう。
そうしたら、二人は身分証も持っていないし厄介なことになるはずだ。
「こんなことなら転移すればよかったわよ。」
ディルには羽を隠す為に、量販店で買った裾が長い大きいサイズのトレーナーを着せた。
アザリ君には、羽がないのでジャストサイズのパーカーを着せた。
成体になれば、羽を出し入れできるとアザリ君は以前、言っていた。
こうして見ると、ほとんど人間と変わりが無い。
均整の取れた体に、美しく整った顔は、ある意味人間離れしていると言えるが。
服を着慣れていないはずなので、色々文句もあっただろうに、アザリ君は何も言わなかった、
「大体、悪魔は気配だって消せるのに、お嬢ちゃんが…。」
対して、まだ文句の止まらないディルに私は苦笑いをしながら、話題を別の方に持っていった。
「あの、青山さん、本当にいいんですか?」
彼はこれからディルに代償を払うのだ。それは何なのかを聞いても青山くんもディルも教えてはくれなかった。
「大丈夫。それに、ディルには爽子ちゃんの胸だけ取り上げるような技能はないんだって。」
「えっ、そうなんですか!?」
驚いて、ミラー越しにディルを見ると、意地悪そうな顔をして笑っていた。
「そうよ。お嬢ちゃんの胸の脂肪だけ吸い上げるようなことは不可能なの。何よりそんなもの、全然美しくないし。」
私は、切り取られたぶよぶよとした脂肪の塊を想像して『確かに』と思ってしまった。
「でしたら、その分も慰謝料に上乗せしてください。」
「……わかった。後で電話する。」
渋る青山くんに、何とかそう言わせて、その話題は終了した。
無事Sハイツに着き、ディルと青山くんを車から降ろし、お別れをした。
「爽子ちゃん、さよなら。」
青山くんの少し寂しげな表情が気がかりで、何か言葉をかけようと思ったけれど、ディルが私の耳元で囁いた言葉でそれは吹き飛んでしまった。
「アザリシェルムだって、もちろん転移は出来るわ。だからね、手錠なんてホントはすぐ外せるの。それがどういう意味だか、お嬢ちゃんにはわかる?」
ディルは私にウィンクをして『バイバイ』と手を振った。
アザリ君は、自分の意思でここまでついて来てくれた、という意味だろうか。
それはひょっとしたら、"想いの欠片"が戻ったお陰なのかもしれない。
そんなことを考えながら、アパートの部屋へと入って行く二人を見送った。
次に向かうところは、レンタカー屋だ。車の返却手続きをしなくてはならない。
「アザリ君、手、ごめんね。」
私はそう言って、アザリ君の右手と私の左手を手錠で繋げた。
ディルはああ言っていたけど、手錠は単に私が安心をしたいが為の保険だ。
いざとなったら外せても、その時にちょっとでもアザリ君が躊躇してくれる枷になればいい。
本当は手を繋ぎたいけど、さすがにそれは了承してはくれないだろうから。
そこまでは踏み込めない。
私を好きだと語っていた瞳は、今は窓の外に向けられているのだから。
手錠をしてハンドルを握り動作確認をしてみる。
少し、運転しづらいけど、そんなに距離もないし街中だし大丈夫だろう。
彼は、何も言葉を発せず、ただ窓の外を見ていたが、私が運転しやすいように右手をハンドルの近くに持ってきてくれている。
その態度を見る限り、この状況を不本意ながらも受け入れてくれたのだと勝手に解釈することにした。
その後、レンタカー屋の店員や、道を歩く人に好奇の目で見られながら手錠をした二人は並んで歩いてアパートまで帰った。
恥ずかしかった。
私たちを見た人は、きっと"そういうプレイ"なんだなと思ったことだろう。
でも、私はアザリ君を離したくないのだ。
二度と。
「狭くてごめんね。」
アパートへ連れ帰ることになるとは、この部屋を出るときは思ってもみなかった。
前の部屋より物がないがらんとした部屋はアザリ君がいてくれるだけで、暖かい雰囲気になった気がした。
しかし、アザリ君は何か腑に落ちないのか、部屋を見回している。
「部屋が、違う。」
「あー、うん。引っ越してきたからね。以前の部屋は、さっき青山くんを送って行ったあのアパートなの。」
「……本当に、我はお前と暮らしていたのか?」
「うん。」
「……我を、あそこから出してくれたのは、お前なのか?」
筆おろしをしたのは私なのかって聞かれてるんだよね。
「うん。」
「……覚えて、いないのだ。ただ、忘れなくてはならない契約をしたことだけは、思い出せる。」
アザリ君は、私から目を反らした。
「うん。それは私のせいなの。私がアザリ君に『忘れて』って言っちゃったから。」
私はアザリ君と暮らした5カ月間のことを、順を追って話した。
私が青山くんを好きだったことも、筆おろしの時のことも。
筆おろしのことは聞きたくないかもしれないと思って、顔色を伺いながら話をしたのだけれど、アザリ君は表情を変えることなく、黙って私の話を聞いていた。
「本当に酷いことをしたと思ってる。」
あの時の私は、それがアザリ君の将来にとって一番いい選択だと思っていた。
今思い返してみると、あんなに傷付ける必要があったのかは、ちょっとわからない。
そもそも私がもう少し早く、自分の気持ちに気が付いていれば良かった話なのだ。
「なぜだ?お前は愛しい男との思い出が出来たし、我はあの部屋から自由になれた。いいことだらけではないか。」
それはアザリ君が、私を好きでなかった場合の話だ。
今の彼には、私がどれだけ酷いことをしたのかわからないのだ。
「アザリ君は、本当に私が好きだったの。」
本人を目の前にして、こんなことを言うのは恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
「……何度言われても信じられん。」
アザリ君は、私の顔をまじまじと見ている。
――あれ。なんかそんな顔されると、ちょっと自信がなくなってきた。
そういえば私、アザリ君に好きだって言われたっけ?青山くんの姿の時に言われた好きは、私の為に言ってくれたものだったから、あれはノーカウントだ。
あれ?
「かっ、欠片っ。想いの欠片が私のことを好きな証拠でしょ?」
私は、なくなりかけていた自信を取り戻した。
そうだ、私のことを何とも思っていない青山くんがあんなに執着したのだ。
ディルは小さな欠片だと言っていた。欠片であれだけ影響されたのだから、元の想いはもっと強いものだったはず。
けれど、アザリ君は、ピンときていないようだった。
「そもそも、我がお前を好いていたら、あの男に欠片を埋め込み、幻覚の術をかけたりなどしないのではないか?」
確かに普通はそうだ。
でも。
「アザリ君は、私の為を思ってそうしてくれたんだと、思う。」
「理解できぬな。」
アザリ君は、私がでたらめを言っていると思っているのだろうか。
彼をここに連れて来て、一緒に生活をすれば、私のことをすぐに思い出してくれるものだと思っていた。けれどこれはかなり時間がかかりそうだ。
「アザリ君、私と契約して。」
「契約?あの男の幻覚は、ディルが解いたではないか。」
「別の、お願いがあるの。」
「何だ?」
「私のことを、思い出すまで、一緒に住んでほしい。」
アザリ君をじっと見つめると、彼は僅かに眉を下げ、瞳を揺らした。
「我との契約の見返りは、高くつくぞ。」
彼のルビーのような瞳が、人間を唆すように、妖しく光る。
クラクラした。
成体になると、色気が増すのか。
こんなに胸が高鳴ってしまうのは、悪魔に誑かされているからなのか。
「っ、アザリ君のことを、好きな気持ち以外だったら、私は、何でも差し出す。…や、約束する。」
それに無償で『想いの欠片』を引き取ってもらっていた。
もともとアザリ君の一部だったとは言え、泣き落としに近いような感じで、仕方なく引き取ってもらったのだ。
その分も上乗せしてもらって構わない。
「……いい、度胸だ。」
こうして、また私は、悪魔と契約をしたのだった。
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