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闇雲に探す
しおりを挟む「どうして?」
「……したく、ない。」
「今のところはってこと、だよね?」
アザリ君の言い方はそんな感じではなかった。
でも、少しの希望に賭けて聞いてみた。
「……この先も、ない。」
アザリ君は泣きそうな顔をして残酷なことを言った。
そんな顔するなんてずるい。私の方が泣きたい気分なのに。
私は女として『したくない』とアザリ君に言われている。
消えて無くなりたい気分だ。
「じゃあ、なんで、キスしたい、だなんて言ったの?」
「っ、ごめん、なさい。」
違う。謝ってほしいわけじゃない。
でも、これ以上追い詰めてはいけない。余計に好かれなくなるだけだ。
彼は、やはり昔の記憶がないと私を好きだと思ってくれないのだ。
最近いい雰囲気になってきて、私のことを好きになってくれたのかも?なんて期待していたけど、今の私じゃ抱きたいほどの魅力がないということだ。
魔女にするということは、魔力を与え続け、長い時間を一緒にいるということで、そこまでのことをアザリ君は考えていないのだ。
私の記憶を失う前のアザリ君は、魔女の話をした時、責任を持って魔力を与え続けてくれると言っていた。
でも今のアザリ君はそう思っていない。
今の私と昔の私ではそんなに変わりはないはずなのに。
それは、以前のアザリ君の私に対する思いが『刷りこみ』によるものだと確定したということを意味するのではないか。
ショック過ぎて、私は考えることをやめたくなった。
「アザリ君、ご飯、食べよっか。」
私たちはお通夜のような夕食を済ませ、布団をなるべく離すようにして寝た。
寝て起きたら何かいい考えが浮かぶかもしれない。
だって、アザリ君が大して私を好きじゃなくても、諦めることなんて出来ないのだ。
今朝もアザリ君は、仕事に出掛ける私を抱き締めようとした。
私はそんな気分にはなれず、彼を避けるように部屋を出てきてしまった。
きっと、アザリ君の中でハグとキスは挨拶なんだ。
アメリカ人と一緒で親しい人への挨拶。
ただそれだけなんだ。
私はため息を吐いた。
吐く息が白くない。
「もう、4月だもんね。」
そんなことを歩きながら一人、呟いた。
アザリ君と出会ってもう一年になる。
長かったのか、短かったのかわからない。色々なことがあって短くも感じたけど、アザリ君がいない日々は、気が遠くなるほど長く感じた。
あの、寂しくて苦しい日々には絶対戻りたくない。
だったらすることは一つしかない。
アザリ君に、昔の私の記憶を思い出してもらう。その思いが『刷りこみ』でも何でもいい。魔女にしてもいいと思えるほど好かれたい。
私はあるかどうか分からない、記憶の封印を解く鍵を探すことにした。
ディルは『五感のうちのどれかが、何かによって刺激されれば』と言っていた。
触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚。
見当もつかない。
でも私との記憶を封印したのだから、私に関わる何かのはずだ。
取り合えず、選択肢の少ないものから潰していくことにした。
「ただいま。」
「…おかえり。」
アザリ君が家にいてくれてホッとする。
けど、もう彼は私を、抱き締めようとはしてくれなかった。
朝、あんな風に避けたのだから、当たり前だ。
「凄い荷物だね。言ってくれれば荷物持ちしたのに。」
そう言って、買い物袋を持ち、冷蔵庫にしまうために中身を出してくれた。
赤ワインと、シャンプーと親子丼の材料。それに、スモークサーモンと…。
味覚と嗅覚に関する、考えつくものを全て買ってきた。ハーブティーと味噌汁と小松菜はもう食していたので違うことは確定している。ちなみにシャンプーとは、青山くんの使っていたものだ。これを鍵にはしないだろうとは思ったけど、一応買ってみた。
アザリ君は『今日は随分豪華だね』と言いながら全ての料理に手をつけてくれたけど、思い出した気配は微塵もなく全敗だった。
一番期待していた、赤ワインもグラスに入れた分は飲んでくれたけど、それも違うようだった。
味覚は鍵じゃない。
「アザリ君、これ匂い嗅いでみて。」
私はシャンプーとコンディショナーのキャップを開け、鼻先に持っていった。
「……どう?」
「え?香り?い、いいかもね。」
これも駄目か。
私はガッカリしながらシャンプーとコンディショナーを洗面台の下の収納にしまおうとした。
「それ、爽子が使うんじゃないの?」
「うん。」
以前もこんな会話をしたことをふと思い出した。抱き枕に香りを吹きつけていた時だ。
あの時のアザリ君の不思議そうな顔を思い出して、ふっと笑顔になってしまった。でも何も表情の変わらないアザリ君を見ると、それを思い出したのは私だけだったようだ。
収納の一番奥に、シャンプーとコンディショナーを置き収納の扉を閉めた。
青山くんのシャンプーは使わない。使わないけどこのシャンプーはなかなかのお値段がする。だから次にカフェにテイクアウトで行った時に、青山くんに事情を話して、欲しければ渡してこようかと思っている。
私はため息を一つ吐いて、次の鍵候補のことに頭を巡らせた。
食べ物でも香りでもなければ、次は視覚にしよう。確か、アザリ君がお気に入りで毎週見ていたドラマがあった。それは恋愛ドラマで、私も一緒にソファーに並んで見たこともあった。
DVD化されているだろうか。
「あの、アザリ君が好きだった火曜日にやってたドラマあったよね?それのタイトルなんだっけ?主演が――」
「あ、あのさ、ひょっとして僕の記憶の鍵を、見付けようとしてる?」
「あ、……うん。」
やっぱり気が付くよね。昨日の今日だもん。諦めの悪い女だと思われたかな。
怖くなって表情を伺ってみると、彼は情けない顔をしていた。
「爽子は、僕と一緒に住むの、嫌になっちゃったの?」
「……え?」
思いもよらないことを言われポカンとしてしまう。
「だって、思い出すまでしか爽子と一緒に暮らせないんでしょ?そういう、契約をしたから。」
「……へ?」
私はまた、間違いを犯すところだった。
『私を忘れて』と言って記憶を無くしてしまったアザリ君に対して『思い出すまで一緒に住んでほしい』は、そう解釈されてしまっても仕方がない。
でもすぐに否定はしなかった。だって、アザリ君の言っていることはおかしい。
ずっと一緒に住みたいって言っているように聞こえるから。
付き合いたくはなくても一緒に住みたいなんてまるで『都合のいい女』ではないか。
「僕は、もういらない?」
アザリ君は、私が『うん』と言えば泣いてしまいそうなほど悲痛な顔をしている。
なぜそんな顔をするのか。胸がとても苦しくなる。
「いらないわけ、ないっ。ずっと一緒にいたいよ!…でも私のこと好きじゃないのに、そういうこと言うの、ほんと、やめて。」
「……僕が、爽子を好き、じゃない?」
「うん。昨日の、そういうことだよね?」
「違うよ。す、好き、だよ。」
アザリ君は、顔を真っ赤にしている。
「……はい?」
「僕は爽子が、好き。」
その真剣な眼差しは、嘘を言っているようには見えない。
昨日のことは聞き間違いだったのだろうか。いや、そんなはずない。
「だって、体の――」
「それは、しない、けど。」
すぐさま否定されて余計に混乱する。
意味が、分からない。
私のことが好きで、ずっと一緒に住みたいのにセックスはしたくないなんて、中学生だってそんなこと言わないんじゃないだろうか。
「アザリ君、そこ座って。」
私は座布団を指差した。
「どういうことだか、話してもらえる?」
彼はまるで捨て犬のように、肩をすぼめて座布団に座った。
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