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番外・お似合いの二人①
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ことり、カサカサ、ことり、カサカサ、という音がする。何の音だろうとゆっくり目を開けた。
「ん、…おはよう、長谷川くん。」
「あっ、お、おはよう。……ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。」
私は裸の体に布団を巻き付けて起き上がり、床に足をつけてベッドに座った。
長谷川くんは寝室にある棚の引き出しから何かを探しているらしい。彼の周りの床に棚から出したのであろう書類や冊子が無造作に置いてあった。
「探し物?」
「あ、うん。……いや。」
歯切れの悪い返事にどうしたのだろうかと思うけれど、長谷川くんは棚の方を向いていて私と視線を合わせようとしない。
寝る前との対応の落差に、自分が寝ている間に何かをやらかしたのではないかと不安になってくる。
もしかして、寝言とか寝相が酷かったとか、変な顔をして寝ていたとか?
……それとも、セックスが終わったんだからさっさと帰れよ、という無言のアナウンス?いやいや、そんなはずは絶対ない。長谷川くんはそんな卑怯な人ではない。
何かの緊急事態なのかもしれない。
「……手伝おうか?」
「いや、大丈夫。…えっと、シャワーでも、浴びる?……あの、でも、その前にお願いがあるんだけど、いい?」
相変わらず歯切れが悪くそう言うと、やっと私の方を向いて、写真を撮らせてほしい、と彼は言ってきた。チラチラと顔色を伺うように、まるで後ろめたいことがあるような強ばった表情でこちらを見ている。
写真…?
最愛の恋人の写真を撮らせて欲しい、――例えばスマホの壁紙にしたいから――などという表情と声のトーンでは全くなかった。
だから『なんの用途で?』という疑問が口から滑り出た。
「……いや、嫌ならいいんだ。無理しなくていいから、…ごめん。」
何故か彼はとても苦しそうな表情をした。そしてもう一度『本当に、ごめん』と言った。
何故、写真を撮ることが『無理なこと』なのか。変な言い回しに更に不安が募り、長谷川くんの態度に納得のいく答えを探した。
――もしかして。
私はある可能性を思い付いてしまい、一気に体の温度が上がった。
今私は布団にくるまっているだけで昨日のまま、まだ何も身につけていない。
長谷川くんは、私のヌードの写真が撮りたいのではないだろうか。だから、こんなに言いにくそうに言っているのではないか。
そう考えるとしっくりきた。
昨日彼は自分には残念なところがあると言ってそれを見せてくれた。私と交際し同棲している妄想をしていたという告白は多少戸惑ったけれど、私への想いが感じられたし、いじらしくて愛おしいとさえ思った。
でも、残念なこと、というのはあれだけでは無かったのかもしれない。
もう一度彼の顔を見ると、背けられてはいるけれど、少し見える横顔だけでも悲痛な表情をしているのが分かる。
そして自分を罰するように、握りこぶしで頭を叩いたり髪の毛を引っ張ったりしている。
多分、自分の欲望と私への罪悪感の間で葛藤して、それでも口に出してしまったことを悔いている、そんな風に見えた。
残念なところを教えてほしいと言ったのは私だし、応じてあげたい気持ちはあるけれど物凄く恥ずかしい。
長谷川くんに限っては、例えば別れた後、その写真がどうなるのかなんてことは考えなくても大丈夫だろう。彼はいくら別れた女のものだといっても流出させたりするような人ではないから。管理だってきちんとしてくれるはず。そこは信用できる。
「い、いいよ。撮っても。」
私の言葉を受けて長谷川くんは驚いたようにこちらを見た。
自分は愚かな女だろうか。けれど長谷川くんが望むのならば出来る範囲で叶えたいと思ってしまったのだ。あんまり際どいのは流石に無理だけれど。
――どうせなら、綺麗に撮ってほしい。
私は布団を体に巻き付けたまま立ちあがり、ブラインドの角度を変えた。隙間から見える外はもうすっかり太陽が昇っていて、優しい日の光を部屋に届けた。
私は覚悟を決め、彼から1.5メートルくらい離れたところに立ち、自分の体に巻き付いている布団を下に落とそうとした。けれど、緊張で固くなった腕はなかなか動いてくれない。昨日彼に全てを見せたとはいえ、薄暗い部屋でだった。こんなに明るい部屋で写真に撮られるというのとは緊張感が全く違う。
しばらく何も出来ないまま見つめ合っていると、彼がハッとしたように何かを探しだした。カメラ、もしくはスマホだろう。視線が離れたその瞬間、私の腕の力が抜けて布団を手放すことが出来た。
冷気に包まれた体は寒さを感じるはずなのに、自分がしている行為のせいか逆に熱くなった。それに心なしか下腹部の方が気だるい甘さを持ち始めている気がする。
私はそんな自分が恥ずかしくて下を向いた。
私にもそんな趣味があったのだろうか。それとも大好きな長谷川くんの家で、彼にありのままを見られ、それを形にして残されるといった倒錯的な行為に酔わされているのだろうか。
勝手に瞳が潤む。頬も赤くなっているかもしれない。化粧をしてからにするべきだっただろうかと思い付いて、そのことを長谷川くんに言おうと顔を上げると彼もスマホを手に、ちょうどこちらを向いた。
「―――えっ?えっ?えええっーー!?」
「えっ?」
長谷川くんの混乱しているような『え』と、それを受けての私の『え』が代わる代わる部屋に響く。やがて二人とも口を閉じ、状況を確認する為に混乱しながらも頭を一生懸命働かせた。
長谷川くんは顔は真っ赤にさせ、くるりと後ろを向いた。私も耳まで熱くしながらしゃがみ込み、落ちている布団で体を隠した。
「どういうこと?」
こう独り言のように呟いたのは、私だったのか長谷川くんだったのか。ひょっとしたら二人で同時に口に出したのかもしれない。
混乱していてもこれだけは分かった。
私はとんでもない勘違いをしたのだ。
勝手に彼をその手の趣味がある人に仕立て上げてしまった申し訳なさと、恥ずかしさで頭が爆発しそうだった。
部屋を明るくして自分の局部等を見せつけるなど、露出狂のすることだ。
どうしよう。
顔が上げられないと思っていると、バッグに入ったままの私のスマホが鳴った。
「ん、…おはよう、長谷川くん。」
「あっ、お、おはよう。……ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。」
私は裸の体に布団を巻き付けて起き上がり、床に足をつけてベッドに座った。
長谷川くんは寝室にある棚の引き出しから何かを探しているらしい。彼の周りの床に棚から出したのであろう書類や冊子が無造作に置いてあった。
「探し物?」
「あ、うん。……いや。」
歯切れの悪い返事にどうしたのだろうかと思うけれど、長谷川くんは棚の方を向いていて私と視線を合わせようとしない。
寝る前との対応の落差に、自分が寝ている間に何かをやらかしたのではないかと不安になってくる。
もしかして、寝言とか寝相が酷かったとか、変な顔をして寝ていたとか?
……それとも、セックスが終わったんだからさっさと帰れよ、という無言のアナウンス?いやいや、そんなはずは絶対ない。長谷川くんはそんな卑怯な人ではない。
何かの緊急事態なのかもしれない。
「……手伝おうか?」
「いや、大丈夫。…えっと、シャワーでも、浴びる?……あの、でも、その前にお願いがあるんだけど、いい?」
相変わらず歯切れが悪くそう言うと、やっと私の方を向いて、写真を撮らせてほしい、と彼は言ってきた。チラチラと顔色を伺うように、まるで後ろめたいことがあるような強ばった表情でこちらを見ている。
写真…?
最愛の恋人の写真を撮らせて欲しい、――例えばスマホの壁紙にしたいから――などという表情と声のトーンでは全くなかった。
だから『なんの用途で?』という疑問が口から滑り出た。
「……いや、嫌ならいいんだ。無理しなくていいから、…ごめん。」
何故か彼はとても苦しそうな表情をした。そしてもう一度『本当に、ごめん』と言った。
何故、写真を撮ることが『無理なこと』なのか。変な言い回しに更に不安が募り、長谷川くんの態度に納得のいく答えを探した。
――もしかして。
私はある可能性を思い付いてしまい、一気に体の温度が上がった。
今私は布団にくるまっているだけで昨日のまま、まだ何も身につけていない。
長谷川くんは、私のヌードの写真が撮りたいのではないだろうか。だから、こんなに言いにくそうに言っているのではないか。
そう考えるとしっくりきた。
昨日彼は自分には残念なところがあると言ってそれを見せてくれた。私と交際し同棲している妄想をしていたという告白は多少戸惑ったけれど、私への想いが感じられたし、いじらしくて愛おしいとさえ思った。
でも、残念なこと、というのはあれだけでは無かったのかもしれない。
もう一度彼の顔を見ると、背けられてはいるけれど、少し見える横顔だけでも悲痛な表情をしているのが分かる。
そして自分を罰するように、握りこぶしで頭を叩いたり髪の毛を引っ張ったりしている。
多分、自分の欲望と私への罪悪感の間で葛藤して、それでも口に出してしまったことを悔いている、そんな風に見えた。
残念なところを教えてほしいと言ったのは私だし、応じてあげたい気持ちはあるけれど物凄く恥ずかしい。
長谷川くんに限っては、例えば別れた後、その写真がどうなるのかなんてことは考えなくても大丈夫だろう。彼はいくら別れた女のものだといっても流出させたりするような人ではないから。管理だってきちんとしてくれるはず。そこは信用できる。
「い、いいよ。撮っても。」
私の言葉を受けて長谷川くんは驚いたようにこちらを見た。
自分は愚かな女だろうか。けれど長谷川くんが望むのならば出来る範囲で叶えたいと思ってしまったのだ。あんまり際どいのは流石に無理だけれど。
――どうせなら、綺麗に撮ってほしい。
私は布団を体に巻き付けたまま立ちあがり、ブラインドの角度を変えた。隙間から見える外はもうすっかり太陽が昇っていて、優しい日の光を部屋に届けた。
私は覚悟を決め、彼から1.5メートルくらい離れたところに立ち、自分の体に巻き付いている布団を下に落とそうとした。けれど、緊張で固くなった腕はなかなか動いてくれない。昨日彼に全てを見せたとはいえ、薄暗い部屋でだった。こんなに明るい部屋で写真に撮られるというのとは緊張感が全く違う。
しばらく何も出来ないまま見つめ合っていると、彼がハッとしたように何かを探しだした。カメラ、もしくはスマホだろう。視線が離れたその瞬間、私の腕の力が抜けて布団を手放すことが出来た。
冷気に包まれた体は寒さを感じるはずなのに、自分がしている行為のせいか逆に熱くなった。それに心なしか下腹部の方が気だるい甘さを持ち始めている気がする。
私はそんな自分が恥ずかしくて下を向いた。
私にもそんな趣味があったのだろうか。それとも大好きな長谷川くんの家で、彼にありのままを見られ、それを形にして残されるといった倒錯的な行為に酔わされているのだろうか。
勝手に瞳が潤む。頬も赤くなっているかもしれない。化粧をしてからにするべきだっただろうかと思い付いて、そのことを長谷川くんに言おうと顔を上げると彼もスマホを手に、ちょうどこちらを向いた。
「―――えっ?えっ?えええっーー!?」
「えっ?」
長谷川くんの混乱しているような『え』と、それを受けての私の『え』が代わる代わる部屋に響く。やがて二人とも口を閉じ、状況を確認する為に混乱しながらも頭を一生懸命働かせた。
長谷川くんは顔は真っ赤にさせ、くるりと後ろを向いた。私も耳まで熱くしながらしゃがみ込み、落ちている布団で体を隠した。
「どういうこと?」
こう独り言のように呟いたのは、私だったのか長谷川くんだったのか。ひょっとしたら二人で同時に口に出したのかもしれない。
混乱していてもこれだけは分かった。
私はとんでもない勘違いをしたのだ。
勝手に彼をその手の趣味がある人に仕立て上げてしまった申し訳なさと、恥ずかしさで頭が爆発しそうだった。
部屋を明るくして自分の局部等を見せつけるなど、露出狂のすることだ。
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顔が上げられないと思っていると、バッグに入ったままの私のスマホが鳴った。
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