座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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 夏の暑さの盛りの頃だった。
 庭で洗濯物を干していると、後ろに気配がする。

 後ろを向いて、悲鳴が出そうになる。
 けれど、恐ろしいと思った瞬間、人は悲鳴すら出ないということをようやく知る。

 そこにいたのは、着物を着た“何か”だった。
 影の様な生き物に見える。

 確かにそこに存在しているのに、影の様に暗く、陽炎《かげろう》の様に揺らめいている。


 なんだこれは。

 幽霊というやつなのだろうか。

 異様なものを見ると、人は声も出せない。
 逃げた方がいい。
 吐きそうな気持の悪さが、胃のあたりからせり上がる。

 どうすればいいのか分からない。
 脂汗が滲んだ気がした。

「よう。久しぶりだな」

 彦三郎の声に、緊張感が一気にほどける。

「えっ、何?」

 思わず縁側を振り返ると、彦三郎は目を細めている。

「ああ、そちら影宮さんといって、まあ妖怪の友人ってやつだ」

 彦三郎に友人なんてものがいたのは、驚きだ。

「だっ、だっ……だ」

 だって言いたいのに言葉が出てこない。
 コールタールが何かは分かってはいないが、きっとこんな風に黒くてべっとりとしているに違いない。

「おい。そいつは俺のだ。
勝手にプレッシャーかけてるんじゃない」

 彦三郎が影に言う。
 すると突然、先ほど彦三郎が声をかけた時と同じように、吐き気が和らぐ。

 確かに相変わらず影のような妙な生き物はそこにいるのに、先ほどまでの様な感じはしない。

「――……」

 何かもごもごと言われた気がするのに、それが言葉として聞き取れない。

「悪かったとさ」

 彦三郎がこちらを見ていう。
 妖怪語か何かなのだろうか。彦三郎が通訳してくれたのだとようやくわかった。

「いや、うん。」

 許すとも許さないとも返せず、微妙な空気になる。
 いつもの俺の様子に彦三郎は気にすることも無く「まあ、上がんな」とだけ影宮さんとやらに言った。



 妖怪のお客さんへのお茶菓子というのは何を出せばいいのか。
 そもそもお茶とお茶菓子は出した方がいいのか、出さない方がいいのか。

 目の前でスマートフォンを検索しても何もでてきやしない。

 マナーだとか、常識だとか、そんな自分の中にあるものではどうしようも無い。

 仕方が無く彦三郎が好きだと言っていたチョコレートと、影宮さんとやらは着物を着ていたので多分というだけの理由で温かい日本茶を盆に載せ彦三郎の部屋に持って行った。
 部屋は片付いていた。
 少なくともいつもよりも。端へ寄せられた漫画だのゲームだのをちらりと見て思う。

 俺には出されたことの無い座布団が一枚ずつ、彦三郎の下と影宮さんの下に敷いてある。

「おっ、どうした?」

 部屋に入った俺に彦三郎が言う。

「お茶を……」

 そもそも、この人の口はどこについているのだろうと、思わず影宮さんをちらりと見てしまう。
 けれど、それも失礼なのかと思い、お茶とお茶請けを、影宮さんの前に差し出す。

「――……」

 相変わらず影宮さんは何を言っているのか分からない。

「ありがとさんって言っているよ」

 彦三郎が言うと、一瞬影宮さんの影がぼやけた気がした。
 目を二度三度瞬かせると、再び陽炎の様なけれど真っ暗な影に戻ってしまっている。

 頭を下げると部屋を出る。

「……新年っていってもなあ」

 廊下を歩いている最中、彦三郎の部屋からその言葉だけが聞こえた。



 座敷童ですら友達がいるのに、俺ときたら。そう思わなくもない。

 けれど、別にそれでいい様な気もする。
 誰とも関わらない方が楽だ。
 孤独に押しつぶされる、みたいな感覚になったことは無い。

 人ではない相手の世話をしていたってストレスなのだ。人相手ならなおさらだ。


 だから、教えていない筈のメールアドレスに本家の人間から当たり前の様にメールが入っていたのにはがっくりときた。
 トークアプリなら申請を許可をしなかったから、多分教えたのは父か母なのだろう。


 お盆に親族で集まるので、俺も参加するように。

 メールの趣旨はそれだけだった。
 昔、夏休みに何度か親族の集まりに参加したことはあったが別に、楽しかった思い出は無い。

 酒の匂いと、大きな笑い声と、じっとりとした夏の暑さ。そんなものしか覚えていない。

 なのに、当たり前の様に参加する前提で来るメールに嫌気がさす。
 そこにかぶせる様に母からお土産は何がいいと聞くメッセージが届く。

 偶然なのだろう。別に。

 ワタアメを作る機械と答えそうになってやめる。

 綿飴は別にそう何度も食べたいものでは無いだろう。
 少し悩んでから、ホットプレートと返事をした。
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