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相手が怖いから、何となく逃げてそれで適当なことを言って。
それがまともな人間関係だとは思えない。
けれど、その相手が人間でない場合はどうなるのだろうか。
子供を相手にしているのか、老人を相手にしているのか時々分からなくなる。
俺に金を払ってくれるのは、彦三郎自身ではない上に、この前のアレだ。怖がっていないと言えば嘘になる。
けれど、実際彼といる時には彼を怒らせない様にと思ってしまうのだ。
一度、「子供、怒らせない方法」でインターネットを検索したけれど、集合住宅で他の部屋に迷惑をかけない方法などはまるで参考にならなかった。
そもそも、彼の心は子供なのか? 自分が勝手に声の印象でバイアスをかけてしまったのではないのかさえも分からない。
彦三郎と打ち解けてどうするのかも分からない。
分からないことだらけだ。
前社会人として会社で働いていた時でさえ、周りの人間の個人的事情に興味は無かった。
今も、心を通わせてこそ仕事はできるみたいな話には懐疑的だ。
それならば、仕事だと割り切って彦三郎と接するのが一番なのかもしれない。
自分の中の理屈で何度もそう結論づけようとしているのに上手くできない。
この仕事のような何かだって、辞めたいと思ってる。
その筈なのに、実際は何もできてやしないのだ。
彦三郎と友達になりたいのか?
そんな馬鹿なことを考えて即座に否定する。
ありえない。好きなものが一緒とか気が合うとか、そんなものは何一つない。
唯一の共通点が、この前まで引きこもりの様な生活をしてた点くらいだ。それだって、彦三郎の今の生活を引きこもりと呼ぶのならという注釈付きだ。
◆
「ホットケーキってのは美味い食いもんだな」
最初は、インターネットの動画を見て二人で作ったホットケーキを、彦三郎は気に入ったらしく何度も一人で作っている。
器用にホットケーキをひっくり返す手つきは正直もう俺よりも手馴れているかもしれない。
焼きあがったホットケーキのうち一皿を俺に渡す。
バターとホットケーキシロップがかかっている。
小さい頃食べたホットケーキは蜂蜜がかかっていた気がするが、彦三郎はそれよりもメープルシロップの少し混ざった市販のものが好きだった。
「ありがとう」
受け取ると、麦茶もあるぞと渡される。
別に彦三郎は不器用な訳でも、物覚えが悪い訳でも無かった。
ただの何も知らない子供みたいなものなのかもしれない。
「なんで、今まで作らなかったんだ?」
また怒るだろうかと思ったのは、口に出してしまった後だった。
けれど彦三郎は見た目に似合わない自嘲気味な笑みを浮かべてそれから「一人で食う飯って案外味気ないものだよ」と言った。
しかも人間と違って生きるために別に食わなくても死なないから、まあ面倒だよな。
フォークで切ったホットケーキを口に運びながら言う。
それは少しだけ分かる。仕事で疲れた時は、正直何かを食べる気力もわかなかった。
彦三郎には、家族か友達かなにかそんな人が近くにいればいいなと漠然と思う。
「そういえば、妖怪? って他のやつと交流とかってないのか?」
夏の暑い時期に食べるホットケーキは不思議な気分だが美味い。
アイスクリームを買ってきて、今度は乗せて食べようと思った。
「は? 何だい藪から棒に。付き合いのある妖怪はいるぜ」
まあ、俺はここから出られないから、たまに向こうから会いに来るだけだけどな。
彦三郎は言った。
まるで当たり前の様に、その辺に妖怪がいる様な口調だった。
「そんなに、その辺にいるものなのか?」
恐ろしい事実に思わず唾を飲み込む。
「別に、今まで気が付かなかっただけだろ。
今までと何にも変わりないのに、何を怖がってるんだ」
面白そうに彦三郎が笑う。
言われてみればその通りなのだけれど、やはり気の持ちようなのかもしれない。
怖いものは怖いだろ。そんな得体のしれないものが近くにいるという事自体が普通はなんか嫌なものだろう。
なのに、彦三郎は心底不思議そうな顔をする。
「もしかして、兄さん俺が怖いのかい?」
ニヤリ、というよりはニタリという感じの笑みだった。
それは、子供がいたずらを成功させたときに見せる様なものとはまるで違う笑みだ。
「まあ、怖いよな。信じられないよな」
ケタケタと彦三郎は笑う。
「だけど、その割には兄さん、俺の作ったものは普通に食べるし俺の世話も丁寧だよな。
しかも普通に話しかけてくるし」
そりゃあ、怖い相手に対する態度じゃないだろ。
面白そうに笑われる。けれど、俺は実際に彦三郎を怖いと思っているのだ。
的外れに聞こえる言葉にどう返していいのか分からない。
年下の子供にやり込められている様な気分になった。
「ああ、兄さんは俺以外にも、みーんな怖いのか」
彦三郎は面白そうに笑った。
「別に、そんなことは……」
その否定が彦三郎の事を怖くないと取り繕うための物なのか、それとも皆を怖がっていないというための物なのか自分自身でもよく分からなかった。
別に、誰かを怖いと思った事は無い。
仕事が上手くできなかったのも、こういう時に相談できる友達がいないのも、まるで厄介払いの様な形で家族にここに来ることを決められたことも別に相手が怖かったからではない。
それなのに言い返した言葉に、彦三郎は笑みを深める。
妖怪の感性は分からない。
はっきり言っておかしいのかもしれない。
明らかにあてずっぽうだとしか思えないのに、まるでそれが真実みたいな態度を取る。
「そりゃあ、俺を否定しない訳だな」
彦三郎はホットケーキの最後の一口を頬張ると「ごちそうさん」とどこに向ってかよく分からない挨拶をして、それから立ち上がる。
「まあ、もう俺には人間同士の事は分かんねえからな」
それよりも、今度はワタアメってやつの作り方教えてくれよ。彦三郎は俺については興味がなさそうに言う。
ほっとした。
その感情に気が付かないように、考えをワタアメに巡らせる。
最初に作るのが綿飴じゃなくて本当に良かったと、兎に角今言われたことだけを考える様にした。
それがまともな人間関係だとは思えない。
けれど、その相手が人間でない場合はどうなるのだろうか。
子供を相手にしているのか、老人を相手にしているのか時々分からなくなる。
俺に金を払ってくれるのは、彦三郎自身ではない上に、この前のアレだ。怖がっていないと言えば嘘になる。
けれど、実際彼といる時には彼を怒らせない様にと思ってしまうのだ。
一度、「子供、怒らせない方法」でインターネットを検索したけれど、集合住宅で他の部屋に迷惑をかけない方法などはまるで参考にならなかった。
そもそも、彼の心は子供なのか? 自分が勝手に声の印象でバイアスをかけてしまったのではないのかさえも分からない。
彦三郎と打ち解けてどうするのかも分からない。
分からないことだらけだ。
前社会人として会社で働いていた時でさえ、周りの人間の個人的事情に興味は無かった。
今も、心を通わせてこそ仕事はできるみたいな話には懐疑的だ。
それならば、仕事だと割り切って彦三郎と接するのが一番なのかもしれない。
自分の中の理屈で何度もそう結論づけようとしているのに上手くできない。
この仕事のような何かだって、辞めたいと思ってる。
その筈なのに、実際は何もできてやしないのだ。
彦三郎と友達になりたいのか?
そんな馬鹿なことを考えて即座に否定する。
ありえない。好きなものが一緒とか気が合うとか、そんなものは何一つない。
唯一の共通点が、この前まで引きこもりの様な生活をしてた点くらいだ。それだって、彦三郎の今の生活を引きこもりと呼ぶのならという注釈付きだ。
◆
「ホットケーキってのは美味い食いもんだな」
最初は、インターネットの動画を見て二人で作ったホットケーキを、彦三郎は気に入ったらしく何度も一人で作っている。
器用にホットケーキをひっくり返す手つきは正直もう俺よりも手馴れているかもしれない。
焼きあがったホットケーキのうち一皿を俺に渡す。
バターとホットケーキシロップがかかっている。
小さい頃食べたホットケーキは蜂蜜がかかっていた気がするが、彦三郎はそれよりもメープルシロップの少し混ざった市販のものが好きだった。
「ありがとう」
受け取ると、麦茶もあるぞと渡される。
別に彦三郎は不器用な訳でも、物覚えが悪い訳でも無かった。
ただの何も知らない子供みたいなものなのかもしれない。
「なんで、今まで作らなかったんだ?」
また怒るだろうかと思ったのは、口に出してしまった後だった。
けれど彦三郎は見た目に似合わない自嘲気味な笑みを浮かべてそれから「一人で食う飯って案外味気ないものだよ」と言った。
しかも人間と違って生きるために別に食わなくても死なないから、まあ面倒だよな。
フォークで切ったホットケーキを口に運びながら言う。
それは少しだけ分かる。仕事で疲れた時は、正直何かを食べる気力もわかなかった。
彦三郎には、家族か友達かなにかそんな人が近くにいればいいなと漠然と思う。
「そういえば、妖怪? って他のやつと交流とかってないのか?」
夏の暑い時期に食べるホットケーキは不思議な気分だが美味い。
アイスクリームを買ってきて、今度は乗せて食べようと思った。
「は? 何だい藪から棒に。付き合いのある妖怪はいるぜ」
まあ、俺はここから出られないから、たまに向こうから会いに来るだけだけどな。
彦三郎は言った。
まるで当たり前の様に、その辺に妖怪がいる様な口調だった。
「そんなに、その辺にいるものなのか?」
恐ろしい事実に思わず唾を飲み込む。
「別に、今まで気が付かなかっただけだろ。
今までと何にも変わりないのに、何を怖がってるんだ」
面白そうに彦三郎が笑う。
言われてみればその通りなのだけれど、やはり気の持ちようなのかもしれない。
怖いものは怖いだろ。そんな得体のしれないものが近くにいるという事自体が普通はなんか嫌なものだろう。
なのに、彦三郎は心底不思議そうな顔をする。
「もしかして、兄さん俺が怖いのかい?」
ニヤリ、というよりはニタリという感じの笑みだった。
それは、子供がいたずらを成功させたときに見せる様なものとはまるで違う笑みだ。
「まあ、怖いよな。信じられないよな」
ケタケタと彦三郎は笑う。
「だけど、その割には兄さん、俺の作ったものは普通に食べるし俺の世話も丁寧だよな。
しかも普通に話しかけてくるし」
そりゃあ、怖い相手に対する態度じゃないだろ。
面白そうに笑われる。けれど、俺は実際に彦三郎を怖いと思っているのだ。
的外れに聞こえる言葉にどう返していいのか分からない。
年下の子供にやり込められている様な気分になった。
「ああ、兄さんは俺以外にも、みーんな怖いのか」
彦三郎は面白そうに笑った。
「別に、そんなことは……」
その否定が彦三郎の事を怖くないと取り繕うための物なのか、それとも皆を怖がっていないというための物なのか自分自身でもよく分からなかった。
別に、誰かを怖いと思った事は無い。
仕事が上手くできなかったのも、こういう時に相談できる友達がいないのも、まるで厄介払いの様な形で家族にここに来ることを決められたことも別に相手が怖かったからではない。
それなのに言い返した言葉に、彦三郎は笑みを深める。
妖怪の感性は分からない。
はっきり言っておかしいのかもしれない。
明らかにあてずっぽうだとしか思えないのに、まるでそれが真実みたいな態度を取る。
「そりゃあ、俺を否定しない訳だな」
彦三郎はホットケーキの最後の一口を頬張ると「ごちそうさん」とどこに向ってかよく分からない挨拶をして、それから立ち上がる。
「まあ、もう俺には人間同士の事は分かんねえからな」
それよりも、今度はワタアメってやつの作り方教えてくれよ。彦三郎は俺については興味がなさそうに言う。
ほっとした。
その感情に気が付かないように、考えをワタアメに巡らせる。
最初に作るのが綿飴じゃなくて本当に良かったと、兎に角今言われたことだけを考える様にした。
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