座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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 生贄に生贄はギャグらしい。要はそういう事だ。
 どういう話でそうなったのかは分からないけれど彦三郎は生贄なのだ。

 そんなことはちゃんと分かっている。

 だけど、さすがに食われるのは御免だ。

「なあ、前のお世話係ってどんな人なんだ?」

 だから、という訳ではないがカマをかけた。
 食器は沢山あった。しけっているとはいえ布団はあった。

 調理器具もかなり古く使えないものが多かったものの一式そろっていた。
 家は人の手が入らないと荒れ果てるというのは分からない。人の手に座敷童が含まれるのかを俺は知らない。

 けれど、俺より前にここに人がいたことは事実だろう。

「庭師は年に数回来てるよ。
それから、門脇の家の人間が二か月に一回家の空気の入れ替えと見張りのために来てる事、位兄さんも知ってるだろ?」

 俺が聞きたかった事はその事じゃない。
 その位彦三郎は知ってる筈だ。

 けれど、彦三郎が怒るのが怖くてそれ以上口が開かない。


 こういうのは間違ってる!! って子供みたいに叫べればいいのにと思う。
 そもそも、自分が正しいのかも分からない。

 閉じ込めている彦三郎の世話をしていることが正しい事なのかも分からないのだ。
 けれど、近所のスーパーのおばあさんの話しだとかなり前だけれど、彦三郎の世話をしていた人は他にもいた。

「……たまに兄さんみたいな人がうちに住み込むな」

 怒ると思っていた彦三郎はポツリとそう答えた。





「だけど、大体は早くて数日でいなくなる。」

 門脇も考えて血筋じゃない人間を住まわせたりもしたんだけどな。
 気配はしちまうみたいだな。
 声をたてて彦三郎は笑った。

 Web上で怪談になってやしねえかと探したんだけどそれっぽいものは無かった。
 兄さんみたいに居付いて、こんな風に会話ができたのはいつ以来だ? 多分最後が節子だな。

 結婚するって出てったけど、時々手紙をくれたよ。

 懐かしそうに彦三郎は目を細めた。
 多分初めて聞いた彦三郎の家族の話しだと思った。

「節子は、祭りが好きでな」

 よく話してくれたし色々買い込んじゃあ、あーだこーだ言ってたよ。

「そうか」

 祭りがどんなものを想定してるのかは分からなかったけれど、縁日の様な出店が出ているのをぼんやり眺めるのは好きだ。
 最近めっきりそういったものに行ってない事に気が付く。

「なら折角だから、今日は焼きそばにしようか」

 縁日といえばやきそばだろう。たこ焼きは残念ながら、タコの入手が今日中には難しい。
 山を一つ越えた向こうにある大きなスーパーに一日がかりで買い出しに行かなければ無理だ。けれど、もらったホットプレートにタコ焼き用の鉄板も付いていたのだから今度やってみよう。

 焼きそばなら確かスーパーに売っていたからそれがいいと思った。




「ああ、これは知ってるな!祭りで節子が買ってきてくれたから」

 機嫌が良さそうに彦三郎は言う。

「今もよく食べる食べ物なんだな」

 それは酷く懐かしそうに聞こえた。

「テレビでやってるだろ。例えばカップ焼きそばとか」
「ん?あれと同じもんなのか? 結構、違って見えるな」

 麺を啜りながら彦三郎は言う。

「まあ、レトルトはな」

 一応きちんと野菜も入れたし、冷凍とはいえシーフードミックスも入っている。
 見た目からいって少しだけカップ焼きそばとは違うだろう。あれはあれで美味いけれど、もはや別の食べ物だ。

「そういえば、ドラマとかで焼きそばってあんまり出てこないかもな」

 何となく、屋台感が出るかもしれないと思い縁側で炒める作業はした。
 屋台感が出ているのかは分からない。

 夏の一番暑い時期はもう過ぎていて、秋になっていた。
 一つの季節が終わってようやく聞けた彦三郎の家族の話しに勝手に少しだけ仲良くなれた気がした。

 目の前に広がる庭には紅葉の木があって紅葉が美しい。
 その近くに名前の知らない気があって、その葉も真っ赤に色づいている。

「なあ、あれは何の木だ?」
「ああ、ありゃ百日紅《さるすべり》だな」

 夏に花が咲いていただろうと彦三郎に言われ、初めてこの家を訪れた日に咲いていたピンク色の花を思い出す。

「あの木か」

長い期間楽しめる種類の木を植えていることを知り少し面白く思っていると、彦三郎が嬉しそうに笑った。

「門脇の人たちは皆、俺のために庭を手入れし続けてくれているんだ」

 彦三郎の声はどこか誇らしげで、逆にそれがイライラした。

「庭に出れないんだから意味がないだろ」

 外に出ることをできなくしているのが門脇の人間なのに、外に美しい景色を作ったからと喜ぶのはとても歪に思える。

「まあ、そこのところはしょうがないだろ」

 彦三郎ははっきりと返した。



 彦三郎の中でも、門脇と自分の関係をつかみ切れていない感じがした。

 今ここに座敷童として存在していることに対して、折り合いが付けられていないのかもしれない。
 もし、自分がそうなったらと考えてもずっと折り合いなんかつけられないのかもしれない。

 そうやって長い期間で得た愛着と、ここに閉じ込められている恨みが渦巻いている。
 それが彦三郎なのかもしれない。

「そもそも俺は一回死んでるんだ。だからこの世に残ってる自体が、もうどうしようもないくらい奇跡だろ?」

 だから、外に出れないんじゃなくて、出たら消えてしまうかもしれないが正解だ。そう彦三郎は言った。

「消えるのは妖になっても怖いものか?」

 家に縛られて、会う人間といえば、ほとんど俺だけで、それでもここに存在することに感謝みたいな気持ちが芽生える位、消えることは怖い事なのだろうか?

「晴泰は死ぬのが怖いか?」

 彦三郎はニヤリと笑いながら言う。

「働きもせず、家にも居づらくて、一度くらい死にたいと思ったことはあるだろう?」

 そこは受け流すべきだったのに、思わず体がギクリと固まってしまう。
 彦三郎が笑みを深める。それは彼の見た目の年齢とは全くそぐわないもので、ああ、彼は妖怪なのだと断絶感がわく。

「何故、晴泰は死なないんだい?」

 それは無邪気な子供の様な、けれど老獪な男の様な言い方だった。

 死んでしまいたいと思ったことはある。
 実家で何もできず一人でいると、夜中そんな気分になることは何度もあった。

 けれど、だからといって実際には手首を切ったことも、ロープを買ったこともない。
 どこか遠くへ行ってしまいたい気持ちと、安心できる家に帰りたくてどうしようもない気持ちの両方が混じった様などうしようも無い気持ちんなっているだけなのだ。

 それに、それと死ぬかもしれない恐怖が違うことももう知っている。
 それは彦三郎が教えてくれた感覚だ。
 食われるかもしれない恐怖と、消えてしまいたい気持ちは全然別物だった。

「人も怪物も簡単には死ねやしないのさ」

 それだけ言うと彦三郎は話しをすることに飽きてしまったみたいに再び焼きそばをすすり始めた。

 俺もこれ以上は話せそうなことは無くて百日紅の美しい紅葉を見ながら、大して美味くもない焼きそばに箸をつけた。

* * *

 自分の運命みたいなものが悲しくならないのかと思った。

 座敷童の文字列を、宛がわれた部屋で一人、インターネットで検索をする。
 幼くして亡くなった子供の霊が等と書かれてる文章をみて、大きく息を吐きだす。
 

 もう何度目か分からない確認のための行為だ。

 そもそも、インターネット上に表示される民話の座敷童と彦三郎が同じものなのかさえも分からないのだ。
 意味のない行為だと分かりつつも時々調べてしまっていた。




 俺は彦三郎の事を何も知らない。
 人づてに聞いた話で江戸時代に彦三郎が生れたことは知っているが、何故死んで、何故座敷童になって、ここに閉じ込められているかは知らなかった。

 聞いてみようと思った事はあったが、誰かに対して「で、あんたなんで死んだのか?」なんて話題に出していいものなのか、分からなかった。

 そもそも、彦三郎と仲良くすること自体、頼まれていないのだ。

 監視をして下手な行動をさせない。
 キレると良くないので適度にストレスを発散させてやる。

 俺に頼まれているのはそれだけだった。

 それだって、一度彦三郎を怒らせてしまった後に親戚に聞いて教えてもらった事だ。

 そもそも、健やかな精神とやらを求めるのであれば、それこそ心理カウンセラーでもなんでも雇えばいいのだ。

 本家は金持ちだ。その位の事は充分可能だろう。

 それなのに、頼まれたのは俺。しかもお礼は住むところと食べる物以外はほとんどこずかいみたいなものだ。前の監視役の節子だって話を聞く限り似たようなものだ。

 本家は彦三郎に対して何か恩の様なものはまるで感じてはいないように見えた。

 ただ、この家で飼い殺しにできればそれで充分なのだ。

 こみ上げる様な気持ち悪さがあった。

 割り切らなければならない。それが大人ってやつだ。
 けれど、子供のままの姿の彦三郎を見ていると大人って何だろうと思ってしまう。

 この仕事は辞めるべきなのかもしれない。
 最初の日に思った事を真剣に考えた方がいい気がした。




* * *

 それから数日後の買い物の帰り、少しばかりいつもよりにぎやかなのに気が付く。
 見ると小さな神社の前に何軒も屋台が出ていた。

 多分これが、彦三郎の食べた「やきそば」の出どころなのだろう。

 その中の一軒、目についた屋台があった。

 それはりんご飴を売っっていて、つやりとした飴がかかった小さなリンゴがとても綺麗に見える。
 屋台からぶら下がる電球に照らされて、真っ赤に光るそれはやたら美味そうだ。
 横に綿飴の屋台もあった。綿飴の機械を彦三郎が欲しがっていたこともちゃんと覚えていた。
 だけど……。

「二本ください」
「食べ歩き用ですか?」

「……いえ」

 セロファンで飴を包んでもらう。
 子供だましかもしれないと思ったけれど、何となく買ってしまいたくなったのだから仕方が無い。

* * *

「……ほれ」

 どうぞ、とも何とも言えず、犬に渡す様になってしまった。
 彦三郎はセロファンを取って口をつける。

「こりゃあ、甘えな」

 祭りの話も、世話役の節子の話も何もしない。
 別に俺もそれでよかった。

「……今も、こんな小せえ林檎があるんだな」

 けれど、最後に彦三郎は懐かしそうにポツリと言った。

 今度は綿飴も一緒に買ってきてやろうなんて柄にもなく思った。
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