座敷童様と俺

渡辺 佐倉

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「仕方がねーな。俺が切ってやるよ」

 彦三郎は確かここに、と戸棚をあさる。

 なんでこんな事になったのかと言えば、近所に髪の毛を切れるところが無かったのがいけない。いや、違う。俺が髪の毛が鬱陶しいと一言口を滑らせてしまったのがいけなかった。

 彦三郎はそんな俺の気持ちを無視してドラマでしか見たことのない、和風の古臭い戸棚をごそごそとやる。
 出てきたのは所謂裁ちばさみだった。

「これは良く切れるぞ」

 彦三郎はニヤリと笑う。
 俺を食べたいと言った事のある妖怪がそうしている姿に、思わずゴクリと息を飲む。

 そうじゃない。それももちろん問題ではあるのだが、今一番の問題はそれでは無かった。

――ジャキン

 試す様に彦三郎ははさみで切る仕草をした。

「いやいやいや。別に俺は床屋でもカットサロンでもなんでも行けるからな!!」
「行けるんなら、なんでそんなボサボサなんだよ」

 最もな質問だ。だけどそんなもんは俺の勝手だ。
 一瞬鬱陶しいと思っただけで今はこれっぽっちもそんなことは思ってはいなかった。

「それ言ったらお前だって充分ボサボサだろ。
まず、俺がお前の髪の毛を切ってやるよ」

 そもそも俺が!お世話係なのだ。お世話されてどうするんだよ。という気持ちで彦三郎に返す。

「年長者の言うことには従っておくべきだろ?」

 もっともらしい事をいう彦三郎だが、そもそも見た目が子供なのだからまるで説得力が無い。
 どちらかというと、同い年位の感覚で話をしてしまっているのだ。

「大丈夫だ。安心しろ!」

 彦三郎は自信ありげに言う。

「お前の何を信用しろっていうんだよ」
「なんてったって、俺は座敷童様だからな!」

 何をそんなに威張れる要素があるのか分からなかった。
 少なくとも、髪の毛を綺麗に切れるかという事とは何の関係も無いように思える。

「それとも、門脇のご当主様にお前が言うことを聞かないって、泣きついた方がよかったか?」

 思わず首を横に振る。
 これではサラリーマン時代と何も変わらない。
 上手く立ち回れなかった会社員時代を少し思い出してしまい固まる。

 ため息をつきながら、せめて片付け位は楽な方がいいと気が付いて、新聞紙を取りに行く。
 彦三郎の趣味なのだろうか。この家は新聞を取っていた。
 まあ、彦三郎の読んでいるところは一回も見たことが無いのだが。

「これが終わったら、俺もお前の髪の毛切るからな」
「どーぞ。どーぞ。」

 にこやかに彦三郎は返した。
 何か含みがある感じはしたけれど、やっぱり駄目といわれる以外、思い浮かばなかった。


* * *

 どこで作業をするか悩んで、一番太陽の光がよく入る南側の部屋でやることにした。
 新聞紙を敷いて、その上に台所にあった椅子を置く。
 大きく深呼吸をして、もう一度彦三郎を見る。

 彦三郎はニヤニヤと笑顔を浮かべたままだ。

「さあどうぞ、お客様?」

 まるで子供のやるおままごとの様だ。
 俺も、こいつの中身も、大人なのに。

 諦めて椅子に座る。

「よし!」

 彦三郎が俺の髪の毛をつかむ。
 渡した櫛はどうした!それに自分の記憶にある床屋は、そんな大量に髪の毛をつかんだりはしなかった筈だ。
 それは格安カットであっても、そうだった。

――ジャキン

 はさみから妙に良い音がした。


「少しずつ切れば良いんだからな」

――ジャキン

「そんなに短くしなくて大丈夫だからな?」

――ジャキン

「別に無理しなくてもいいんだぞ?」

――ジャキン、ジャキン

 少なくとも、彦三郎のはさみに迷いは無いように思える。
 鏡を持ってきておけばよかった。
 今どういう状況に陥っているのか、これではまるで分からない。

「あのさ……。せめて、ハゲだけは作らないように――」

 彦三郎を見ると、ニヤリと笑ってそれからもう一度はさみのジャキンという音が響いた。




 鏡を見て、あーという変な声が出た。

 最悪の事態は免れた。けれど、酷いかそうでないか? と聞かれたら、そりゃあもう酷い有様だった。

「なんであんなに自信満々だったんだよ」

 おそらく節子が残した手鏡なのだろう鏡を見ながら先ほどまでの彦三郎の暴挙を思い出す。
 ハゲはできていない。良かったことはそれだけだ。

 バラバラになってしまった毛先は、よく言えば前衛芸術風というか正直パンクバンド位のものだ。

「どうするんだよこれ……」

 もう一度プロに切りなおしてもらっても髪の毛は相当短くなってしまう。
 顔が窓ガラスに反射した自分の顔を見る時、髪の毛以外の印象が出来てしまう事が怖かった。

「まあいいや」

 けれど自分の口から出た言葉に内心自分でも驚く。

「次は彦三郎だよな」

 どうせなら、同じ様にどうしようもない髪形にしてやる。
 それなのに彦三郎は気にした風もなく、ああ頼んだぜといって俺にはさみを渡した。
 



 端から、公平な取引等存在はしないのだ。

 案の定俺が髪の毛を切った彦三郎の頭も凄かった。
 多分髪の毛っていうものは真っすぐ切ろうとしては駄目なのだ。変な風に真っすぐと真っすぐが重なって前衛芸術になる。

 すきばさみでも買ってくるかと考えるがそのはさみを買いに行くのも正直まずいんじゃないかという髪形だ。

「まあ、仕方が無いだろ」

 洗えば少しはましになるかもなと笑いながら言う彦三郎にもはやどうでもいいかという気分になる。

 それに切り落とした髪の毛がバラバラと落ちていて、それの掃除もしなくちゃいけない。

「なるべく早めにどっか予約して切りなおしてもらうから……」

 と言ったところでようやく彦三郎が外に出れない事実に思い至る。
 それなのに彦三郎はくつくつと笑っている。

「悪いな兄さん。妖の類は基本髪の毛は生え変わらない」
「は?」

 ずっとこのままなのかとショックを受けていると、そういう事じゃないと笑われる。

「明日兄さんが目を覚ますころには元通りだろうな」
「はあ!?!?」

 思わず大きな声が出る。彦三郎が余裕な理由が分かった。
 髪の毛を切るということは彦三郎にとっては関係のない事だったのだ。

 よく考えれば大人にならないのだ。ずっと子供のままの妖怪に新陳代謝の様なものは無いのかもしれない。

「はあ!?」

 もう一度声が出た。心配して損した。
 彦三郎は面白そうに笑っている。

 結局髪の毛を切りなおさないといけないのは俺だけだ。

「しょうがないから、今日の夕ご飯は俺が作って差し上げよう」

 上機嫌のまま彦三郎は言った。



* * *

 山を一つ越えたショッピングモールに入っていたのは美容室が一軒だけだった。

 美容師には家族が間違えて切ったと伝えた。
 弟か妹さんですか? と聞かれて返答に困った。

 見た目は弟でもおかしくないのかもしれないけれど、彦三郎は俺より随分と年上なのだ。

 曖昧に濁すと「このくらいなら何とかなりますよ」と美容師は髪の毛をカットしてくれた。

 あまりにも短すぎて頭が軽い気がして店を出てから何度も髪の毛を触って確認する。
 やはり短すぎる。

 居心地の悪さにも似た感覚を感じながら、日用品を買って家に帰った。

 だから家に帰って彦三郎に「案外短い髪も似合うな兄さん」と言われるとどっと疲れが出た。

 露骨にため息をつくと、彦三郎が笑った。
 自分も少しだけ面白い様な気分になってしまうので笑わないで欲しい。
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