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* * *
妖は夢を見ない。
一部例外もいるらしいが基本夢は見ないらしい。
そもそも本当は毎日、規則的に眠る必要だって無いのだ。
だからこれは多分晴泰の夢だ。
晴泰が、俺自身の事を夢に見ているのだ。
◆
自分が生れたのは、所謂寒村というやつだった。
生まれつき色素の薄かった自分は悪目立ちしていた。
けれど、当時の自分は色素なんて言葉は知らなかった。
親の記憶は無い。
遠い親戚だという女の元で暮らしていた。
「痛っ」
腕を見ると、血が出ている。それが石を投げつけられたことによる傷だということは、もう分かっている。
何度もやられた事だけれど、それでも当時はつらかった。
傷を左手で押さえて、あたりを見回す。
あぜ道の向こうに近所の子が見えた。ゲラゲラと面白そうに笑っている。
叫んでやりたかったけれどやめた。
喧嘩になるとどういう目に合うかをちゃんと知っている。
誰も自分の言うことを信じないし、自分が言いがかりをつけたということにされる。
だから、縮こまって受け流すしかないのだ。
人生どうにもならないものだということは、この頃には既に身に染みて分かっていた。
だから、村に食べる物が亡くなった年、今まで聞いたことも無かった人柱の話が出た時もそんなものかと思った。
実際、座敷童ってやつになった後調べてみたところ、歴史的な大飢饉だったらしく村としてにっちもさっちもいかなくなっていたのだろうことは分かった。
口減らしをするときに誰から減らすか。
弱いものからだろうというのは、ようやく少しだけ割り切れる様になってきたからそう思えるのだろうか。
神様がお決めになると村長《むらおさ》は言った。神主様も頷いた。
それは子供でなければいけないらしいということも言われた。
だから、神様がお決めになった証の紙が自分の家の前に貼られてた時もそういうものかと思った。
ここで死ぬものと思っていた。
多分みじめだったのだろうけれど、そう感じられるだけの余裕は当初無かった。
山のふもとの祠の横に埋められることになった。
長雨の降る外を見ながらその日を待つ。
尊い事だと親戚の女は言った。けれどどことなく安堵が見て取れる。
それをもう自分の世話をしなくてよいのだという意味だとは当時は最後まで気が付かなかった。
村長の決めた日は大雨が降った。
それでも叩きつける様な雨の中、村人たちは自分を埋める穴を掘った。
祠の横でただ、その様子を眺めている。
「気味の悪い子だ」
と村人の誰かが言った。
その言葉は言われなれている。
パラパラと自分の拳位のサイズの岩が落ちてきた。
ゴゴゴと聞いたことも無い嫌な音がした。
「山鳴りだ!!」
誰かがそう言った。
「彦、お前はここにちゃんといる様に!」
大人の中の一人が自分に言うと、みんな一斉に走り出した。
何が起きているのか分からなかった。
土にのまれてもがき苦しんだ記憶は正直あまりない。
次にまともに記憶があるのは、大きな屋敷の畳の上でのものだ。
そこが、自分が埋められたはずの場所に建っている建物だと知ったのは随分後になってからだ。
畳の匂いと日差しの匂いがする家だった。
ここはどこだろうと歩き回るがよく分からない。
けれど、女中と思われる人間と出会う。
「あのっ……」
声をかけるが無視されてしまう。
怒られると思ったのに不思議な反応だった。
外に出ようと思ったのに、この屋敷には玄関も勝手口も見当たらない。
ぐるぐると歩き回って、疲れた気がして少し畳の部屋の隅っこで休ませてもらう。
誰に話しかけても誰も自分に気が付かない様に見える。
もしかしてここが極楽ってやつなのかもしれない。
実際腹もすかないし、疲れても少し休めばすぐに動ける。別に眠くもならなかった。
日付の感覚もおかしかった。
お日様も、月明りも見た気がするのに、今がいつなのかもよく分からない。
「最近、変な足音が聞こえる気がするんです」
女中が二人でひそひそ声で話している。
「私も聞いたわ。子供みたいな軽い足音」
この家には子供がいるのだろうか。少なくとも自分は見たことが無かった。
「気味が悪いわ」
多分別の日、豪華な身なりをする人がそう言っているのを聞いた。
よく言われていた言葉だった。
それで初めて、あれ? と疑問に思った。
「霊能者を呼びましょう」
そんな話も聞いた。
それが本当の話なことは、屋敷がその日とても物々しい雰囲気だったので分かった。
彼が着ていたのが山伏の恰好だということだけは辛うじて分かった。
一度村に来て、その恰好が天狗に似ているということを聞いた。
後ろの方から恐る恐る覗いていると、目が合う。
久しぶりに誰かと目があった。
その事に驚いたのだけれど、山伏の恰好の男の方がもっと驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「どうされましたか?」
恰幅のいい男、恐らくこの屋敷の主であろう男が山伏に聞く。
「いえ。この家にはとても珍しいものが住んでおります」
「珍しい?」
「ええ。座敷童がおります」
山伏は「これは福の神がいらっしゃるのも同然ですのう」といって笑った。
「あの、子供の足音や気配は」
「おそらく座敷童でしょう」
そう言うと、山伏の恰好をした男は一歩また一歩こちらに向って歩み寄ってきた。
「やあ、初めまして。座敷童殿」
「座敷童?」
「ああ。君は自分が何になったのかも知らないんだな。
君はこの家についている座敷童となったんだよ」
昔話でぼんやりと聞いたことがあったかもしれないけれどよく分からなかった。
けれど、もう人じゃなくなったという事だけはようやく理解できた。
「ここは君のうちだから、ずっといてくれるとうれしいな。
菓子は好きかい? 絵本は?」
「おれ、字が読めないから」
言ってから恥ずかしくなる。
なのに山伏の恰好の男は、目を細めて少しだけ悲しそうな表情になるだけだった。
「じゃあ、お菓子と、そうだな字の読み方の本をこのおうちの人にお願いしてあげよう」
男は言った。
「あの、どういう事でしょう? そこに何かいるんですか?」
家の主は山伏に聞く。
「こちらに、座敷童殿がいらっしゃいますよ。
彼がこの家についている限りこの家には福が舞い込むでしょう」
長くついてくださるために菓子とそれから子供の好む絵本、あと気配のするときに読み書きの教本を読んであげて下さい。
あと、と付け加えるための言葉だろう何かを山伏が主に耳打ちをした。
それは聞き取ることが出来なかった。
妖は夢を見ない。
一部例外もいるらしいが基本夢は見ないらしい。
そもそも本当は毎日、規則的に眠る必要だって無いのだ。
だからこれは多分晴泰の夢だ。
晴泰が、俺自身の事を夢に見ているのだ。
◆
自分が生れたのは、所謂寒村というやつだった。
生まれつき色素の薄かった自分は悪目立ちしていた。
けれど、当時の自分は色素なんて言葉は知らなかった。
親の記憶は無い。
遠い親戚だという女の元で暮らしていた。
「痛っ」
腕を見ると、血が出ている。それが石を投げつけられたことによる傷だということは、もう分かっている。
何度もやられた事だけれど、それでも当時はつらかった。
傷を左手で押さえて、あたりを見回す。
あぜ道の向こうに近所の子が見えた。ゲラゲラと面白そうに笑っている。
叫んでやりたかったけれどやめた。
喧嘩になるとどういう目に合うかをちゃんと知っている。
誰も自分の言うことを信じないし、自分が言いがかりをつけたということにされる。
だから、縮こまって受け流すしかないのだ。
人生どうにもならないものだということは、この頃には既に身に染みて分かっていた。
だから、村に食べる物が亡くなった年、今まで聞いたことも無かった人柱の話が出た時もそんなものかと思った。
実際、座敷童ってやつになった後調べてみたところ、歴史的な大飢饉だったらしく村としてにっちもさっちもいかなくなっていたのだろうことは分かった。
口減らしをするときに誰から減らすか。
弱いものからだろうというのは、ようやく少しだけ割り切れる様になってきたからそう思えるのだろうか。
神様がお決めになると村長《むらおさ》は言った。神主様も頷いた。
それは子供でなければいけないらしいということも言われた。
だから、神様がお決めになった証の紙が自分の家の前に貼られてた時もそういうものかと思った。
ここで死ぬものと思っていた。
多分みじめだったのだろうけれど、そう感じられるだけの余裕は当初無かった。
山のふもとの祠の横に埋められることになった。
長雨の降る外を見ながらその日を待つ。
尊い事だと親戚の女は言った。けれどどことなく安堵が見て取れる。
それをもう自分の世話をしなくてよいのだという意味だとは当時は最後まで気が付かなかった。
村長の決めた日は大雨が降った。
それでも叩きつける様な雨の中、村人たちは自分を埋める穴を掘った。
祠の横でただ、その様子を眺めている。
「気味の悪い子だ」
と村人の誰かが言った。
その言葉は言われなれている。
パラパラと自分の拳位のサイズの岩が落ちてきた。
ゴゴゴと聞いたことも無い嫌な音がした。
「山鳴りだ!!」
誰かがそう言った。
「彦、お前はここにちゃんといる様に!」
大人の中の一人が自分に言うと、みんな一斉に走り出した。
何が起きているのか分からなかった。
土にのまれてもがき苦しんだ記憶は正直あまりない。
次にまともに記憶があるのは、大きな屋敷の畳の上でのものだ。
そこが、自分が埋められたはずの場所に建っている建物だと知ったのは随分後になってからだ。
畳の匂いと日差しの匂いがする家だった。
ここはどこだろうと歩き回るがよく分からない。
けれど、女中と思われる人間と出会う。
「あのっ……」
声をかけるが無視されてしまう。
怒られると思ったのに不思議な反応だった。
外に出ようと思ったのに、この屋敷には玄関も勝手口も見当たらない。
ぐるぐると歩き回って、疲れた気がして少し畳の部屋の隅っこで休ませてもらう。
誰に話しかけても誰も自分に気が付かない様に見える。
もしかしてここが極楽ってやつなのかもしれない。
実際腹もすかないし、疲れても少し休めばすぐに動ける。別に眠くもならなかった。
日付の感覚もおかしかった。
お日様も、月明りも見た気がするのに、今がいつなのかもよく分からない。
「最近、変な足音が聞こえる気がするんです」
女中が二人でひそひそ声で話している。
「私も聞いたわ。子供みたいな軽い足音」
この家には子供がいるのだろうか。少なくとも自分は見たことが無かった。
「気味が悪いわ」
多分別の日、豪華な身なりをする人がそう言っているのを聞いた。
よく言われていた言葉だった。
それで初めて、あれ? と疑問に思った。
「霊能者を呼びましょう」
そんな話も聞いた。
それが本当の話なことは、屋敷がその日とても物々しい雰囲気だったので分かった。
彼が着ていたのが山伏の恰好だということだけは辛うじて分かった。
一度村に来て、その恰好が天狗に似ているということを聞いた。
後ろの方から恐る恐る覗いていると、目が合う。
久しぶりに誰かと目があった。
その事に驚いたのだけれど、山伏の恰好の男の方がもっと驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「どうされましたか?」
恰幅のいい男、恐らくこの屋敷の主であろう男が山伏に聞く。
「いえ。この家にはとても珍しいものが住んでおります」
「珍しい?」
「ええ。座敷童がおります」
山伏は「これは福の神がいらっしゃるのも同然ですのう」といって笑った。
「あの、子供の足音や気配は」
「おそらく座敷童でしょう」
そう言うと、山伏の恰好をした男は一歩また一歩こちらに向って歩み寄ってきた。
「やあ、初めまして。座敷童殿」
「座敷童?」
「ああ。君は自分が何になったのかも知らないんだな。
君はこの家についている座敷童となったんだよ」
昔話でぼんやりと聞いたことがあったかもしれないけれどよく分からなかった。
けれど、もう人じゃなくなったという事だけはようやく理解できた。
「ここは君のうちだから、ずっといてくれるとうれしいな。
菓子は好きかい? 絵本は?」
「おれ、字が読めないから」
言ってから恥ずかしくなる。
なのに山伏の恰好の男は、目を細めて少しだけ悲しそうな表情になるだけだった。
「じゃあ、お菓子と、そうだな字の読み方の本をこのおうちの人にお願いしてあげよう」
男は言った。
「あの、どういう事でしょう? そこに何かいるんですか?」
家の主は山伏に聞く。
「こちらに、座敷童殿がいらっしゃいますよ。
彼がこの家についている限りこの家には福が舞い込むでしょう」
長くついてくださるために菓子とそれから子供の好む絵本、あと気配のするときに読み書きの教本を読んであげて下さい。
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